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俺と異世界と子供たち  作者: 石田ヨシカズ
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07話『子供の願う幸せ』

 異世界に来てから三日が経過し、俺は資料館に足繁く通っていた。


 まずはこの世界の事を知り、自身に何が起こったかを探ろうと考えたからだ。


 というのは半分建前。なぜなら異世界の知識というのは俺にとってはまさにファンタジーそのもの。あらゆる情報が新鮮で刺激的。つまり楽しいのだ。

 

 もちろん子供達の世話も怠っていない。お風呂だって入れられるようになったし、オムツも手早く替えられるようになった。子供達がどんな理由で泣いているのかも、なんとなくだが予想出来るようにもなったのだ。


 相変わらず夜泣きには翻弄されているけども。


 そしてシランも手が空けば、度々俺と交代して子供達を見ていてくれる。おばちゃんの件もあって心配だったが、どうやらシランには世話をされても平気なようだ。アルベルトさんは駄目だったが……。


 そうして有り難いことに、俺は資料館で知識を貪ることが出来ている。


 資料館と言っても小さな小屋ではあるが、小屋一杯に保管された資料や本は相当な数。歴史的な資料から、様々な図鑑、小説や子供向けの絵本なども取り揃えられてる。外観のボロさはともかくとして、雰囲気はちょっとした図書館みたいだ。


 最初に広げた資料は地理に関すること。まず自分が今何処にいて、この世界がどんな姿をしているのか確認しておきたかった。


 地図に描かれた世界は、大陸が東西南北に一つずつと、その周りに浮かぶ島々から成っていた。


 俺が今いる大樹の村は東の大陸、マラガ大陸の最東端にある。この地図の尺度がいくつで作成されているか分からないが、その大きさから他の大陸に渡る時は苦労しそうだ。


 そして北のヴォルテリア大陸、西のクォールツ大陸、南のアマランテ大陸。それぞれの大陸がそのまま国名として付けられているらしい。


 以前、アルベルトさんが言っていたように海の先は未だ踏破されていないのか、地図の端は黒い靄が描かれていた。こうして大地に立って、物体が地面に落ちるからには地球のように丸いとは思うのだが、そこはファンタジーの世界。もしかしたら何かしらの力で球状ではないのかもしれないし、本当に異界に繋がっているかもしれない。


 で、次に調べ始めたのはファンタジーよろしく、お楽しみの魔力や魔石、グリムやアーツについて。


 まず魔力とは、全ての生物に宿るエネルギーのようなもの。血液のように身体を循環しており、魔力切れを起こすと最悪死に至ることもあるらしい。もっとも、無くなる前に貧血のような症状が出るし、自然に回復することから魔力切れはそうそう起こらないという。


 魔力の保有量には個人差があり、鍛えることでその上限は上がるが、グリムやアーツとして扱えるようになるまではそれなりの鍛錬や素質が必要らしい。

 

 そしてそのグリムとアーツ。呼び名が違うだけで、要は俺の想像している魔法と大差無いようだ。


 グリムは自身の魔力を消費し、自然現象を起こし操るものを指す。黒馬の火球やシランの癒しの光はおそらくグリムに分類されるのだろう。


 対してアーツとは、武具などを媒介に魔力を消費し、自然現象を付与するもの。形状や用途は媒介に依存することから雷の矢はこれに当たるはずだ。


 グリムは変幻自在で込める魔力に上限がないが、使用者の強固なイメージと多くの魔力が必要。


 アーツは形状が限定されるがイメージが容易く消費も少ない。しかし媒介に依存する為、質の悪い武具ならば威力や効果は落ちてしまう。


 どちらも一長一短があり、魔力量や媒介の質が良ければ、それだけ大規模かつ高威力のグリムやアーツを扱えるというわけだ。


 そしてお決まりの属性という概念もある。地水火風の四属性を基本に、火と風を組み合わせると雷電、水と風を合わせると氷雪、などなど。このように組合せによって様々な属性に変化させることができるらしい。

 

 そして魔石。


 本来、生物にしか宿らない魔力を有した鉱物のこと。森でシランから少しばかり聞いたが、治療薬の作成や道具のエネルギー源として生活に欠かせない物。


 現にランタンの明かりやお風呂やトイレの水、コンロの様な道具から火を出す為だったりと、様々な物に使用されている。


 だが魔石の魔力も無限ではなく有限。当然使えば無くなる。


 そんな時は新しい魔石に替えるか、誰かが魔力を補充してあげればいい。しかも使った魔力は大気に還り、また何処かで新たな魔石が生まれるとのこと。実にエコ極まりない。


 なら、補充し続ければ替えなくてもいいね。となるが実はそうでもない。


 魔石は充電式の電池の様にいつかは補充が出来なくなり、やがて砕けて大気に還ってしうのだ。


 なんだじゃあ替えれば済むことだね。と軽々しく言う訳にもいかない理由がある。


 鉱脈などで魔石は採れるのだが、ある程度の魔力含有量が無いと使い物にはならない。つまり、そのある程度の魔石が取り放題という訳ではないのだ。


 世界中の人々が使えるほど出回ってはいるらしいが、魔石は壊れてから替えるよう大切に使いましょう。と、子供向けの教育本にも書いてあった。可愛いマスコット付きで。


 ただ、魔石の入手には例外がある。


 シランが仕留めた黒馬から手に入れた様に、世界に多種多様に存在するモンスターからも手に入れる事が出来るのだ。


 そう、モンスターだ。


 俺が勝手に呼んでいる訳ではない。だってモンスター図鑑なるものが十一巻まであるんだもの。しかも未だに発刊し続けているとのこと。


 開けば定番のスライムから厳ついオーガ、森で出会った黒馬も見つけることが出来た。まんまブラックホースと言うらしい。

 

 さらに他とは違う、真っ赤な表紙の本を開いてみると、"エル=ヴェア(極竜種)"なるものまで描かれていた。危険なものを集めた本なのか、載っているモンスターのほとんどが壁画のように描かれており情報の少なさが伺える。流石ファンタジー。夢があるがなんとも恐ろしい。


 また彼らは我々が生きていく上でなくてはならない存在でもある。


 爪や牙、内臓や皮など彼らの部位は素材として装飾品や武具などに活用され、肉は食用として出回る。そしてまた、彼らは時として家畜やペット、家族として扱われることもあるのだ。


 このようにこの世界ではゲームに登場するようなモンスターが存在している。


 それだけじゃない。子供達が混血種と間違われたとおり、エルフやドワーフといったゲームで馴染みのある種族に、魔人や亜人といった種族も存在する。


 俺達人間はモンスターを除けば最も短命であり、最も数が多い。その数の多さから居住域を広げ、今やマラガ、ヴォルテリア、アマランテを治めているのは人間だ。他種族との共存や交易なども積極的に行っているらしい。


 そして我々人間は、鍛錬によって伸ばすことの出来る魔力量の上限を知ることができない。


 自分の伸び代が分からないなんてことは当たり前だと思うが、こんな説明があるのには訳がある。


 魔人の存在だ。


 西のクォールツが彼らの国。


 彼らは褐色の肌に尖った耳、頭に"魔角"と呼ばれる角が生えている。魔角には魔力が内包されており、その色で各魔人が持つ魔力量が分かるという。


 灰、黄、緑、紺、橙、紅、紫、黒の順に魔力が多くなり、魔角の色が変わることは生涯無く、産まれた時から力の優劣が決まってしまうらしい。


 このことから魔人社会では、強者至上主義なのだという。全員がそのような殺伐とした考えであってほしくないと願っているが、実際会ったことが無いのだから分からない。


 会ったことが無いと言えば、エルフという種族は混血種ほどではないが、なかなかお目にかかれ無いらしい。謎に包まれている部分が多く、どの資料にも殆ど情報がないのだ。


 いわく、聖域と呼ばれる不可視の土地で生活しているとかいないとか。


 ただ共通して記されているのは、エルフは皆、白皙(はくせき)で金髪長耳の美男美女だということ。


 うむ。俺も男だ。ぜひ会ってみたい!


 そしてエルフとくれば、よく犬猿の仲として描かれているドワーフ。もちろんこの世界も例に漏れず存在する。


 というか、この大樹の村にも一人滞在していたりするのだ。


 村唯一の鍛冶場に住んでいて、鉄製品の作成や修理を一手に引き受けている。


 その姿は背が低く筋骨隆々で、髭や体毛を多く生やしている。また、鍛冶や鉱石、採掘の知識に長け、この技術において他種族よりも抜きん出ているとのこと。いわゆるドワーフ像そのまま。


 また彼らは気難しい性格ではあるが、一度気に入ればエルフにでも心を開くことのできる寛容さを持っている。そして独占欲がないのか、自分達の国を持とうとはしないのだという。その為、彼らは世界各地に点在し、気に入った場所で暮らすのが主流らしい。


 そして最後に亜人だが、これがどうにも資料によって記されている定義がバラバラなのだ。


 基本的には共通言語の"世界語"を扱えて、他種族を食さない、共存、交易の可能な人型の種族を指すらしい。


 ただ、姿形は関係なく世界語が話せればいいだとか、人型であればいいとか、そもそも亜人なんてものは無く彼らはモンスターであるとか、未だ上手く線引きが出来ないようだ。


 悲しいことにそれが原因で争いも絶えないとのこと。


 と、ここまでが三日間調べて分かったことだ。


 異世界の門についての文献や資料も見ようと思ったのだが、正直他の情報が楽しすぎて後回しにしてしまった。


 しかし、最も衝撃を受けたのが、知るはずもない異世界の文字を違和感無く読めていたことだった。


 異世界の知識への興味で二日目まで全く気が付かなかった。しかも、俺が今まで使っていた、"漢字"や"ひらがな"や"カタカナ"の形を脳内で思い出すも全く読めなくなっていたことに更に衝撃が走った。


 "佐久間悠一郎"という文字も、俺の名前だったはずなのに発する言葉と文字が噛み合ってくれない。かわりに異世界の文字で"サクマ・ユーイチロー"と書けるのだから、もう何が何だか……。


 正直これは考えても分からないだろうし、こういうものなんだと放っておこう。むしろ勉強しなくて済むのだから儲けものだ。


「さて、と」


 読み漁った資料を片付け、凝り固まった体をぐっと伸ばす。


 そろそろ家に戻ろう。


 子供達をシランにばかり任せるのは忍びないし、帰りにミルの実と生活用品を取ってくるようお使いを頼まれていたのだった。





「ごちそうさまでした」 


 手を合わせ食事を終える。うーん。今晩も美味しかった。毎度感心しているが、シランの料理はお世辞抜きでウマい。味付けに親近感があるのも理由の一つだが、丁寧な下ごしらえと繊細な味付けが成せる技なのだろう。


 前に一度手伝ったことがあるのだが、食材によって切り方や煮たり焼いたりするタイミングを細かに変えていた。

 

 他にも和食のように出汁をとったり数回に分けて味を染み込ませたりと、何でもかんでも材料をブチ込む男の料理しかできない俺には無理な芸当だった。


「美味かったぁ……」


「そうか」


 腹が満たされた至福感から出た言葉に、シランは心なしか満足げ。


 実は今日の夕食は俺とシラン、そして子供達だけだった。アルベルトさんは村周辺の見回りが終わってから食べるとのこと。


 正直初めてのシランとの食事はもっと静かで窮屈なものになると思っていたが、予想に反してそうはならなかった。有り難いことに、この前の異世界の料理の続きをシランの方から振ってきてくれたのだ。


 ただ今回はこの世界の料理が中心。驚くことに聞けば聞くほどこちらの世界の料理に酷似したものが多い。しまいには同じ名前の食材や香辛料があると言うのだから驚きだ。


 食事をしながら料理の話をする。なんとも不思議な感じだが、楽しかったのだから問題ない。


 それに料理の話をしている時のシランはどこか楽しそうで、初めての会った時の印象は今ではすっかり鳴りを潜めてしまっていた。


 ……相変わらず仏頂面ではあるけれど。


「サクマ」


「ん!? なに!?」


「……まぁいい。前から気になっていたんだか、食事の始めと終わりに手を合せるのは何故だ?」


 一瞬、ジロリと半眼で俺を見やるが、それでも興味が勝ったのか皿を片しながら聞いてくる。


「ああ、これは俺の国の作法みたいなものなんだよ。本来はお祈りの時とかにするんだけど、今回の場合は作ってくれた人と、食べた食材達に対して感謝を表してるんだよ」


 今は当たり前に合掌するよう教えられているが、そんな意味合いもあったはずだ。少なくとも俺はそのつもりで手を合せているし。


「作り手だけでなく、自らの血肉になってくれた者たちへの感謝、か。いい教えだな」


「だろ?」


 ま、俺が最初に考えた訳じゃないけどね。なんて考えながら皿に手を伸ばす。


「その教えは、お前がこの子達に伝えてやらないのか?」


「――――え?」


 その言葉に、俺の手はピタリと止まった。


「あれから三日が経った。そろそろ名前を与えてやってもいいんじゃないのか?」


 見ればシランはいつもの仏頂面なのに、あきらかに違う色が見て取れる。


「…………」


 俺は観念したように掴みかけた皿を重ね、静かに置く。


「私はお前が親になるべきだと思っている」


 名付けるという行為がどんな意味を持つのか、どうやら俺と同じ認識らしい。なら尚更――


「俺なんかが親になる訳にはいかないよ」


 当然のことながら首を横に振る。


「何故だ」


「…………」


 俺だって何も考えなかった訳じゃない。俺が引き取らなかったら誰が育てるのか、とか。村の人達に勘違いされた手前、育てない訳にはいかないだろう、とか。


 けれど、どうしても思わずにはいられなかった。人の気持ちを考えられなかった俺が、どうして親になれるのだろうかと。


「親が俺だと可哀想だからだ」


 我が子でさえも傷付けてしまうのではないか。


「それを決めるのはお前じゃない」


 あの時、俺の身勝手な言葉が絵里を傷付けたように。


「この子達が幸せになれる人を選ぶべきだ」


「お前の考える幸せが、どうして子供の願う幸せと同じだと思う」


 俺のせいで、あいつは今も苦しんでいる。苦しんで苦しんで。全部自分のせいだと思い込んで、自らを呪っている。呪いをかけたのは――俺なのに。謝ることすら出来なかった。いや。しなかった。


 だからこそ、俺だけが子供と一緒になる訳にはいかない。そんな俺だけが幸せを手に入れる訳にはいかないんだ。


 ――だというのに。


「子供達の親になるのは嫌か?」


「…………ああ」


「嘘だ」


 どうして。


 どうして心の片隅で、叶うのならば、この子達を育てたいと願ってしまうのか。


 ……俺は、本当に身勝手なクズだ。


「私は見てきた。サクマがこの子達を大切に想っていることを」


 もう、いいだろ。


「その身を挺して守ったことも」


 なりゆきだ。


「慣れないことでも懸命に世話をしていることも」


 やめてくれ。


「子供達に向ける眼差しも」


 何も知らないくせに。


「自分に嘘をつかなくていい。お前は――」


 言うな。


「お前はこの子達の親になりたいんだ」


「お前にっ! お前なんかに俺の何が――」


 脳裏に焼き付いた、絵里の悲痛な眼差しが浮かんだ。


 ――俺はまた、やってしまうのか?


 目の前の少女が背負っているものも、気持ちも考えず、浅はかで身勝手な言葉を投げつけてしまうのか? 絵里を傷付けた時のように。


 体は呼吸を忘れたかのように動いてくれず、目はシランを捉えているのに焦点が合ってくれない。


「……今日は……もう休むよ」


 沈黙のあと、やっと絞り出せた言葉がそれだけだった。


 シランの顔をまともに見ることが出来ない。籠を持ち、逃げるように階段へ向う。


「サクマ」


 呼び止めた彼女はどんな顔をしているだろうか? 怒っているのか。それとも俺の情けなさに呆れているのか。それとも……。


「村の人間があの子を抱いた時、何故泣いたか分かるか?」


 静かに話す声だけでは表情は読み取れない。


「親と認めたお前から引き離されて、不安になったからだ」


 親と、認めた?


「子供達を見れば分かる。お前を親だと、この世で一番頼るべき存在だと思っている。今のあの子達の幸せは、――サクマ、お前といることだ」


「…………おやすみ」


 振り返らず階段に足をかける。


 シランの言葉に対して、俺の口からはそれ以外出てはくれなかった。

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