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第四章「決戦・魔将軍」 Page-5



――ティランチュラとの決戦から一時間の時が流れた。

 砦を脱出した繊月達はすぐに外に居た騎士達と合流。その後、砦を二度と再利用できないように魔法により徹底的に破壊。

 さらにリーダーであるティランチュラが撃破された事で統率を失ったスライアラクネを、囮として森林地帯各地に散開していた兵士達と共に各個撃破。

 

 今はそれを終え、王都への凱旋の最中に居た。

 結果から言ってしまえば繊月の強化バフスキルの効果と、騎士達の奮戦により奇跡的に主力部隊からの死者はゼロ。

 さらに三手に別れた囮部隊からも死傷者は一割と、対魔物戦においては嘘のような数字が出ていた。


――ちなみに魔物との戦いでは部隊の三割、酷い時は七割を損失するのが当たり前だ。

 繊月が居た元の世界の軍では基本的に戦力の三割――つまり戦闘担当の六割が失われれば継戦や組織抵抗が不可能な事から全滅判定と言われ、それ以上の戦闘継続は不可能と判断される。

――この数字がこの世界での人類対魔物の戦いの苛烈さや壮絶さを物語っている。



───────────────────────────────────────────────────────────



「――ねぇ、繊月?」

「ん、なんだリリアンヌ?」

 周囲の騎士達が今尚圧倒的な勝利に浮かれている中、不意にリリアンヌが口を開いた。

「貴方は何故ティランチュラがあのように行動する事を知っていたの?」

「ああ。――まぁ夢で何度もアイツと戦っていた事があるとでも考えおいてくれ」

「ふふっ、なにそれ。そんな発言貴方以外だったらまず信じられないわね」

 リリアンヌがそう言って微笑む。

 その言葉の端々から繊月への深い信頼が伺える。


(――実際はEDENでアイツとは何度も戦ったから、だけどな)

――そう、繊月はEDENでティランチュラとは数えきれない程に戦って来たのだ。その理由は至って単純だ。

 それはティランチュラのドロップアイテムがそのレベル帯においては非常に美味しいからだった。

 およそ五十パーセントの確率でドロップするバイザンと呼ばれるオプション付与アイテムや、武器や防具の強化に必要な強化の粉というアイテム、それ以外にもそのレベル帯においては非常に優秀な武器や防具をティランチュラはドロップした。

 それ故に繊月はティランチュラの出現するダンジョンの攻略を仲間と共に毎日欠かさずに行っていたのだ。

 その過程で繊月はその行動パターンや攻撃手段を熟知していたのだった。

――他の魔物にも言える事だが、ティランチュラの命を奪う事への抵抗が少なかったのはその慣れのためだ。


(アイツはEDENじゃレベル38のボスモンスターだった。それが魔王軍の中で上位の存在だとすれば、今後も何とかなりそうだな……)

 繊月は内心で安堵する。

 この世界に転移するきっかけとなったレイドダンジョンに居るようなレベル100のモンスターや、それに準ずる難易度のダンジョンに居た高レベルのボスがこの世界にも居るという可能性を脳内で考えていたからだ。

 その場合、精霊達と協力しても苦戦は必死だろう。


「――ン……ツ……ンゲツ――センゲツ?」

「――っ!あぁ、すまん。ちょっとぼーっとしていた……。少し疲れてるのかも、な」

 リリアンヌの声で思考の海から慌てて現実へと戻ってくる。

(まぁ元の世界じゃ考えられなかったような事をしているせいだろう、な……)

――先程まで自身の双肩に数千の兵士の命がかかっていた。そう、自身と比べるとあまりにも弱い彼らは、今回の作戦の結果次第では死んでいたかもしれないのだ。

 そして、もし作戦が失敗していればその数千の命は数万、そして数十万にも膨れ上がるはずだった。 

 改めてそれを認識すると全身から血の気が引いていくのがわかる。

 恐らくそれらが意識せずとも自身の中で負荷となっていたのだろう。

――そもそも元の世界ではEDENでトッププレイヤーだったという事を除けば極普通の一般人に過ぎなかった繊月には、世界を救う行為や他人の命を背負っている今が異常な環境なのだ。

 そんな状況下でも潰れずにいられるのはリリアンヌやシルフのように支えてくれている存在が居るからか。

 それとも、薄々と感じてはいるが世界を移動し、環境や性別、さらに種族が変わった事で精神構造や心の在り方が変化したからか――


「ふふっ、無理もないわね。貴方はいつも最前線に立って並の人間じゃ出来ないような偉業を成し遂げてきたのだから」

「ははっ、偉業なんて大げさだよ。……俺はただ自分の目的のために出来る事をしただけさ」

――元の世界に帰るという目的のために。

 魔王を倒し、元の世界に帰るために必要な材料である魔石を回収するために。

 この世界を救うのは、その過程の一つに過ぎない。

 ――はずだった。

(だけど……俺は……)

  

「――いいえ、大げさじゃないわ。貴方は決して英雄としての名に恥じない働きをしてくれていた。」

 リリアンヌが凛々しい表情で、何処までも真っ直ぐな視線をこちらへ向けてくる。

(やっぱり美しいな……)

 繊月はそんなリリアンヌを素直に美しいと感じた。

 今回の作戦で繊月の双肩に数十万の命がかかっていたとすれば、リリアンヌの双肩には王都の数十万の人間だけではなく、王国中の人間の命が常にのしかかっていたはずだ。

 だが、リリアンヌはそんな重荷を背負いながらも疲れ一つ見せずに、そんな顔が出来るのだから。

 十六歳という元の世界ならまだ学校に通っているような子供であるにも関わらず、彼女はその肩に到底背負いきれなそうな重荷を背負い続けている。


「そんな貴方と共に戦えた事を私は誇らしく思うわ。そして心からの感謝を――」

 不意に並んで進んでいたリリアンヌの白馬が繊月の赤兎へと詰め寄る。

 そして彼女は馬の上で繊月の方へと身を乗り出すと――





「んっ……」

「――っ!?」

――繊月の頬へとその唇をそっと触れさせた。

「――好きよ、センゲツ」

 それを見ていた周囲の騎士達があげた歓声にかき消されつつも、その言葉は不思議と繊月の耳へとはっきりと届いた。

「っっっ!!??」

「ふふっ♪」

 リリアンヌが可愛らしくウインクをすると白馬を元の位置へと戻していく。


「き……キス、された……?」

 ぽかーんとしていた繊月の顔が徐々に真っ赤に染まっていく。

――この場にシルフが居なくて良かった。

 混乱に溺れる思考の中、そんな場違いな考えが一瞬脳裏を過った。




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