第四章「決戦・魔将軍」 Page-3
「――奴だな」
「ええ、間違いなく奴ね」
巨大な階段を降りた繊月達の視界の先には一体の魔物が待ち構えていた。
その姿形は先程と同じ蜘蛛型であるが、まずその大きさが違った。
スライアラクネがおおよそ三メートル程度の大きさなのに対して、前方の魔物はなんと二十メートルにも及ぶ体躯を誇っていた。
そして何よりその最上部にはこれまでの魔物と違い、人間の女性の上半身のような部位が生えているのだ。
『くっくっく、来たか人間。よくぞここまで貴様ら脆弱な生物が生きて辿りつけたものだな』
繊月達を視認した魔物がニヤリと口元を歪めながら語りかける。
人と同じような言葉を発する事からもわかる通り、そこにはこれまでの魔物と違い知性と共に表情から深い残虐性を伺える。
「……お前が今回の王都の襲撃を指揮した魔将軍ね?」
リリアンヌが敵意をむき出しにした視線を魔物へと向ける。
当然だろう。彼女にとっては奴は無数の王国の兵士の命を奪った元凶のような存在なのだから。
『ふっ、その通り。そうだな、冥土の土産に教えてやろう。我の名は魔将軍――』
「――ティランチュラ、だろ?」
繊月が魔物の声を遮るように、口を開く。
『ほぅ……貴様、我の名を知っているのか?』
「あぁ、よ~く知っているさ。周囲やこの砦にスライアラクネが大量に居た時はまさか、と思ったけどな」
『ほぅ……面白い……』
「センゲツ?奴の事を一体何処で――」
「あぁ、それはな――」
『――ふん、我の前で雑談とは随分と余裕だ、なッ!』
「ちっ! 話は後だ、来るぞっ!」
「っ! しまった……!」
突如としてティランチュラが三人の下へと足の先端に付いた爪を振りかざしつつ凄まじい速度で突撃を開始する。
その勢いは巨体から想像出来ない程に速く、鋭い。
それこそ先程までのスライアラクネの攻撃がまるで児戯に思える程に。
――ガキンッ!
だが、その爪は三人の目前でまるでそこに不可視の壁があるかのように弾かれる。
『なんだとっ!? 我の攻撃で破れない程の魔法壁だというのかっ!?』
ティランチュラがそれにメゲずに何度も何度も鋭い爪を叩きつけるが、まるでビクともしない。
それにより今度はその表情が徐々に驚愕へと歪んでいく。
「ふっ、お見通しなんだよ。お前が最初に攻撃を仕掛ける時は必ず突進攻撃をしてくるなんて、な」
「ぐっ……!」
「悪いが、お前はそう簡単には殺さない。知ってる情報を全部吐いて貰うぞ?」
『ち、ちぃっ! モケノー風情が生意気なっ!』
ティランチュラが今度はその巨体さが嘘のように身軽な動きで元居た位置に跳躍し飛び退いていく。
――だが、その位置には既に繊月が居た。
『なっ……!?』
「えっ!?」
「消えた……?」
「なぁ、知っているか、ティランチュラ? 第一位の魔法には空間転移っていうスキルがあるって事を」
好戦的な笑みを浮かべた繊月と、空中に居るティランチュラの視線がゆっくりと交錯する。
『ひっ……!』
――その時、魔将軍ティランチュラは生まれて初めて恐怖という感情を感じていた。
「――第三位魔法、裁きの雷」
『グギャアアァァァァァッ!?』
その直後、ティランチュラの多足へと蒼白い閃雷が落ちる。
それは一撃の下に全ての足を吹き飛ばし、完全に炭化させる程の威力を持っていた。
「すごい……。これが装備を取り戻したセンゲツの本当の力……」
時間にすればあまりにも一瞬の出来事にリリアンヌはその場から一歩も動けず、ただ感嘆の言葉を漏らしていた。
「……先程の爪の攻撃……我々では反応出来ない程の凄まじい物だった」
「……ええ。彼女が――センゲツが居なかったら私達はあの攻撃で多分死んでいたわね」
――その事実を実感した二人のの手が小刻みに震える。
それは死の恐怖か。否。
では敵の力に恐れを抱いたからか。否。
そう、それは一人の剣士として繊月の本当の力を目の前で見せつけられ、その圧倒的な力の暴風に魅せられているからだった。
『き、貴様……ただのモケノーではないなッ!? 何者だっ!』
苦痛に顔を歪め、至る所から緑色の鮮血を吹き出しながらティランチュラが叫ぶ。
「さぁ、何者だろうな。さて、とりあえず全部の足は破壊したし、これでお前は――」
『な、舐めるなぁぁあああぁぁぁ!!』
最早普通であれば動けない程の激痛を感じているはずのティランチュラだが、突如その蜘蛛部分の胴体が、まるで口を開くように裂け、そこに強い魔力が充填されていく。
その目の前には棒立ちの繊月の姿があった。
『この距離なら先程の転移魔法とやらは間に合うまいっ! 死ねッ、第六位魔法、炸裂闇弾ッ!』
「せ、センゲツ避けてぇぇっ!」
――ドォォオオオォォォンッ!!
「くっ……!」
「奴め……第六位の魔法まで使うとはっ……!」
恐ろしい程の振動と衝撃が周囲一体を覆う。
リリアンヌとリフィーリアの二人はその余波に吹き飛ばされないようにするので精一杯だった。
『フーハッハッハッハッ!! 足を破壊したからと言って慢心しおったな、モケノーッ! 我をここまで追い詰めた事には多少は驚かされたが、所詮は人間と同じ下等生物よなァ!』
炸裂闇弾の発射を終えたティランチュラが勝ち誇ったかのように高笑いする。
あれ程の威力の攻撃を至近距離で受ければ恐らく跡形も残っていないだろう。そう考えていた。
そう、それは正しい。
だが、それはあくまで相手が並の存在であれば、だが。
「――ふむ、HPにすれば四百くらいのダメージか」
――爆煙が晴れた所には無傷の繊月が居た。
「……ふっ、そうでなくては、な」
「センゲツっ、良かった無事だったのねっ……!」
『なぁッ!?』
「足を破壊されたお前が次に炸裂闇弾は知っていたよ。まぁそんな訳だからこの装備の防御力がキチンと動作するかのテストも兼ねて防御系強化スキルを全部切って敢えて攻撃を受けてみたけどこんなものか」
『馬鹿なっ……何故生きているのだッ!?』
「ありがとよ、テストに付き合ってくれて。あぁ、そうだ。とりあえずまた魔法を使われても面倒だし、お前の人間っぽい部分以外は破壊させて貰うぞ。 第四位魔法、処罰の雷」
『グアアァァァァッ!? ば、バケモノめェェェっ……』
蜘蛛部分の体を吹き飛ばされたティランチュラの顔からみるみるうちに戦意や生気が抜けていく。
恐らく今まで味わった事のない程の絶望を身に受けた事が原因だろう。
「さて、まだ外の兵士さん達の強化スキルが切れるまで少し時間の余裕があるし、質問タイムに移させてもらうとするか」
『ひっ……!』
――繊月と魔将軍との戦いは圧倒的な力の差の前にここに終わったのだった。