第四章「決戦・魔将軍」 Page-2
「ギシャァァァァ……」
「うげぇ……ホント内部も蜘蛛だらけだな……」
魔法でスライアラクネを撃破しつつも、真っ青な顔をしながら繊月が口を開く。
――砦の内部に侵入した三人を待ち受けていた物は、幅十メートル、高さ五メートル程の通路の至る所に張り巡らされた蜘蛛の巣――といっても作った魔物巨体さ故か、巣自体の大きさも人一人を簡単に拘束出来る程の大きさの――や、奴らの卵と思われる物、そして無数のスライアラクネだった。
それらを前衛のリリアンヌやリフィーリアが斬り伏せ、繊月が炎属性の魔法で焼きはらったりしながら慎重に、だが可能な限り迅速に三人は進んでいた。
――余談だが、繊月はそこまで虫が得意ではなく、開けた外ではなくこのような閉鎖空間に無数の蜘蛛がひしめき合っている光景を何度も見ている内に少し気分が悪くなっていた。それが上述の真っ青な顔の理由である。
そしてそれを証明するかのように、彼の頭から生えている黄金色の狐耳は普段はピーンと立っているにも関わらず今はへにょりと寝ている。
心なしか尻尾も元気なさげに垂れ下がっているように思える。
そんななんとも言えない光景を暗い砦の中での唯一の光源である、三人が持つ強い光を発する魔法が込められた魔石が照らしていた。
「――センゲツ、こっちの方向でいいのよね?」
内部に侵入して既に二十分程経過した時だろうか。不意にリリアンヌが確認を兼ねて繊月へと問いかける。
「あぁ。こいつの情報によれば最も巨大な魔力の反応がこの先にあるからな」
そう言いつつ繊月は何もない中空から――実際は繊月の中にあるインベントリからなのだが――取り出したのは一枚の地図だった。
これはEDENでよく使用していた、ダンジョンのボスや中ボスの位置の方向を指し示す首領探知と呼ばれる地図の魔法付加品だ。
一応これが無くてもドロップ目当てで周回クリアをしている内に自然とダンジョンの構造は覚えられるのだが、このアイテムがそこまで高価ではない事と、これがあると道に迷ったりするタイムロスが無くなるため、中々に便利で多くのプレイヤーが重宝していた。
「そんな魔法付加品まで持っているなんて凄いわね……」
「それが正しければ、魔将軍が居ると思われる場所までもう少し、か」
「ん、そういう事だ」
「っ……」
そんなやり取りをしていると、不意にリフィーリアが顔を歪めて足を止めるどうやら何かがあったらしい。
出会ってから数日とはいえ、ここまで数々の戦いを共に戦ってきたためその冷静さや実力がわかっている繊月からすると、そんな彼女が感情を乱すのは非常に珍しく思えた。
「どうしたんだ?リフィーリアさん」
その視線の先に何があるのか確かめるべく繊月はリフィーリアの側面にわざわざ回り込み、魔将軍の居る道とは別の方向にある小部屋を覗き込む。
――悲しい事に今の繊月の身長はリフィーリアと比べるとかなり小さく、後ろからでは前方の様子を伺う事が出来ないのだ。
「――うっ……酷いな……」
するとその先にあったのは、蜘蛛の糸に包まれたいくつもの人らしき肉団子だった。
――らしき、というのはその団子の所々に手や足等の人の部位らしき物の破片が生えているからだ。
中には少女の上半身が丸々肉団子から飛び出ている物もある。その表情には絶望と苦悶が浮かんでおり、見ているだけでその少女が辿ったであろう悲惨な末路が思い浮かんでくる。
恐らく、二日前に襲撃されたザールの部隊の兵士達だろうか。
「……魔物の中には人だけを襲って喰らう奴らが多いわ。まぁ、奴らにとっては私達人間はただの餌なのでしょうね」
リリアンヌが悲しげな顔をしながら口を開いた。
(そういえばリリアンヌと父親と母親も魔物に……。流れを変えないとな……)
「……魔物は人間だけを襲うのか?」
「ええ。魔物のほとんどは他の動物には基本的に手を出さない。理由はわからないけど奴らが襲うのはあくまで人間だけよ。まぁ人が騎乗している動物とか、使役している動物は別だけどね」
「なるほど、な」
なんとも質の悪い話だ。
「……先を急ぎましょうか。ここで私達が時間をかければかけるだけ外の危険性があがるわ」
「……そうだな」
「さぁ行きましょう、センゲツ、リフィーリア。彼らの事は魔将軍を倒した後に兵達に任せましょう」
恐らく本来ならここで彼らの死体をしっかりと処理するなり供養するなりした方が良いのだろう。
だが、外に囮として、今の三人にそれをする時間の余裕は無い。何しろ時間が経過すればするだけ彼らの命が危ういのだから。
「あぁ……そうだな。……リフィーリアさん?」
しかし、二人が歩みを進めても彼女はその場で立ち尽くしていた。
「な…………であな…が…ここ……?」
この位置からでは聞き取れないが、どうやら何かを呟いているようだ。
「――リフィーリアさん、大丈夫?」
「っ! ごめんなさい、何でもないわ」
それを訝しげに思った繊月が数歩近づいて再び声をかけると、我に返ったかのようにリフィーリアが肩を震わせる。
その後何処か気品さを感じさせるような礼をすると、繊月の横を通り過ぎ、すぐに前衛の立ち位置へと戻っていった。
(あの人……今、泣いていたか?)
その際に繊月はリフィーリアの目から一筋の涙がこぼれ落ちているのが見えた気がした。
だが、ここからでは彼女の背中を伺う事しか出来ないため今となってはそれを確認する術は無い。
「っ……また来たか。十四体の動体反応ありだ。警戒してくれ」
直後、繊月が全方位に張り巡らせている探知スキルが複数の反応を掴む。
その正体は確認するまでもなくスライアラクネだろう。これで砦に侵入してから六度目の戦闘だろうか。
なんともタイミングの悪い敵の襲来に内心で舌打ちをする。
「視認したわ。全く……あともう少しで魔将軍の下へたどり着けるというのに……」
「だからこそ、来たのかもな。二人は下がれ。さっきの戦闘で失ったMPは全快したし今回は俺が魔法で片付ける」
そう言って繊月が短杖を構えると――
「はぁああぁぁぁぁ!!」
――突如としてリフィーリアが大剣を上段に構えつつ、スライアラクネの群れへ
凄まじい速度で吶喊する。
「ちょっ、リフィーリアっ!?」
冷静な彼女らしからぬ行動にリリアンヌが素っ頓狂な声を張り上げる。
「くっ、フォローするぞ、リリアンヌっ!」
「え、ええっ!」
その後を追うように二人も慌てて駆け出す。
高レベルのバフがかかっているため、彼女の実力ならばそう簡単に負けないとは思うが、あの数相手に単独での吶喊は繊月には無謀な蛮勇にしか見えなかった。
「――死ねッ。下位二連剣戟ッ!」
「ギシャアアァァッ!?」
二人が到着するとそこには直ぐに撃破されたであろう二体のスライアラクネの死体が転がっていた。
そしてその隣にさらに一体の分割された死体が追加される。
だが、その背後からさらに二体のスライアラクネがリフィーリアを捕食せんと大きな口を開いて接近していた。
このままでは彼女は数秒後には奴らの胃袋の中に収まっているだろう。
(っ……間に合えッ!)
それを阻止すべく、繊月は素早く短杖を構え魔法を発動しようとするが――
「うぁあああぁぁぁぁッ!! 下位三連剣戟ッ!」
――リフィーリアはそれに人間離れした知覚で反応すると、スキルによる蒼い残像を残しながら素早い三連撃を二体に同時に浴びせ撃破する。
(疾いっ……!)
それによりただでさえスライアラクネの緑の血まみれになっている彼女の真紅のドレスが、返り血でさらに変色する。
まるで元からそのドレスは緑色だったのではないかと錯覚する程に。しかし、彼女がそれを気にした素振りは一切なかった。
(――第七位の大剣スキル……。 やっぱり第八位以上の剣の使い手かっ)
それは紛れも無く第七位に属する近接攻撃スキルであり、繊月の予想通り彼女が、第七位以上のスキルの使い手がほぼ伝説の存在であるこの世界においてトップクラスの剣士である事を示していた。
「――下位三連撃っ! 充填刺突っ!」
その奮闘に続くようにリリアンヌも二体のスライアラクネが居る地点へと突撃すると、細剣を突き出しながらニ連続でスキルを使用すると速やかに対象を撃破する。
(っと、今はそれを考えている場合じゃねぇな。さっさと敵を片付けないと……!)
「光粒子砲っ!」
その活躍に負けないように、繊月がスキルの名前を宣言すると短杖を前方へと振るう。
同時にその背後の空間が歪み、そこから数十本の光線が発射される。
それらは寸分違わず生き残っていた全てのスライアラクネを貫通し一撃で絶命させる。
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「――ふぅ。これで片付いたな」
安堵の溜息をつきつつ、チラッと視線をリフィーリアに向ける。
それに対し彼女はとても悲しそうな表情をしながら表情を向けながらも謝罪をする。
「……ごめんなさい。少し頭に血が昇っていたわ」
(やっぱり……泣いている)
「――さっきの小部屋の子……貴方の知り合いだったの?」
リリアンヌが静かな声でリフィーリアへと問いかける。
「…………ええ。私のたった一人の友達だったわ」
「っ……」
短い言葉だった。
だが、その言葉にはリフィーリアらしからぬ深い感情と、万感の思いが込められているように感じた。
(なるほど……それで魔物を見た瞬間激昂したのか。仇、だもんな)
――コクンっ
無言でリフィーリアが頷く。
「……そう。辛かったわね。――だけど、今は」
「わかっている。悲しんでいる場合ではないし、その時間もないという事も。そしてそれをわかっていながら暴走した私の愚かさも、ね」
「……わかっているならいいわ。……もう大丈夫なのね?」
――コクン
瞳を微妙に赤くしながらも、意志の篭った瞳を向けつつ再度無言でリフィーリアは頷いた。
「……そう。なら行きましょうか。――恐らくあの階段を下った先に魔将軍が居るわ」
そう言ってリリアンヌが視線を向けた先には一つの巨大な階段があった。
「――あの先に奴が居るな」
――ここに居る全員がその先から発せられる巨大な力を感じ取っていた。