第四章「決戦・魔将軍」 Page-1
「っ……!」
――その甲高い音は決して人間が出せる音ではなく、一瞬でそれが魔物の声だとわかった。
「総員、至急森から出よ! 視界が遮られた状態では不利だ! 敵砦の前にて円壱型陣形にて一度迎撃を試みるっ!」
「「はっ!!」」
リリアンヌが号令を下すと同時に騎士達が下馬し、統率の取れた動きでリリアンヌと繊月を中心に陣形を組む。
そこに一糸の乱れは無く、彼らが精鋭であるという事を悠然と物語っていた。
「キシャアアアアアアっ!!」
それに遅れること数十秒、森から三メートル程の蜘蛛型の魔物が数にして約四十体出現する。
「す、スライアラクネだとっ……!?」
「しかもなんという数だ……」
騎士の誰かが絶望に濡れた声でそう呟いた。
(……スライアラクネ。EDENにも同名かつ同じ見た目のモンスターが居たな)
騎士の絶望具合を見るに、恐らくあの魔物はこの世界では相当な強敵なのだろう。
確かEDENでの奴らのレベルは25前後だったはずだ。
糸による鈍足デバフ攻撃や、噛み付きによる毒のデバフは多少厄介だが個別に対処すればさしたる脅威ではない。
唯一厄介な点をあげるとすれば、それは個別撃破に失敗し、集られた時くらいだろうが――
(まぁ、そうさせるつもりはないけどな)
「皆さん、その場から動かないで下さい」
「え?」
騎士何人かが訝しげな表情を浮かべるが、構わずに短杖を構えスキルを発動する。
「範囲攻撃力強化、範囲移動高速化、範囲聖盾、速度上昇霊気、致命上昇霊気、再生聖域」
その瞬間、騎士達の足元にいくつも魔法陣が浮き上がり、様々な色の魔力の光が周囲を包みこむ。
これらはそれぞれ、攻撃力の増加や、機動力の増加、そしてある程度のダメージや傷なら瞬時に無効化或いは回復する等の効果を発揮してくれる。
「なっ……!?」
「凄いっ! 力が、力が体の底から湧いてくるっ!」
「わ、私の強化魔法とは次元が違う……。これが英雄の力……」
今まで感じたことのないような、能力の向上を感じた事で騎士達の戦意が瞬時に高揚する。だが、繊月の狙いはそれだけではなかった。
(うん、以前の装備ならこれだけのスキルを詠唱無視するだけでMPがほぼ枯渇していたが、今は三割程度しか消耗していない)
そう、繊月は自身の装備の能力が正常に動作するかのテストも行っていたのだ。
結果としてそれは成功であり、失われたMPも装備に付与された《MP自然回復量上昇Ⅵ》や、《MP持続回復Ⅵ》のオプション効果によりすぐに回復していくのが感覚でわかる。
「なら、 栄光ある花々、範囲防御力強化、範囲耐性強化」
さらに以前の装備では使用できなかった、基礎能力を短時間だが大幅に向上させるスキルや、スライアラクネ対策にデバフや物理攻撃への耐性を引き上げるスキルを発動させた。
(これでもまだ、結構な余裕があるな。なら――)
「――これも行けるか。第一位魔法―― 栄光ある王の祝福」
その後、繊月が持つ強化スキルの中でも最上位に位置する第一位魔法の内の一つを発動する。
その効果は、他のバフスキルと違い再詠唱時間が2時間と非常に長く、とある高価な結晶アイテムを複数消費するという難点を持ちながらも、1時間もの間基礎能力の他に攻撃速度やHP及びMPの自然回復等を含むありとあらゆる能力値を大幅に向上させるという物だ。
この世界ではその結晶アイテムを入手、或いは生成するための素材があるか不明なため本来なら温存するべきか迷ったのだが、今の繊月にとって彼らには万が一にでも死んでもらう訳にはいかなかった。
(彼らには必ず生き残り、この戦場で俺が行った行動や能力、そして結果を語り継いでもらう必要がある)
そうすれば彼らがそれを行ってくれれば自信の噂や名は必ず広がり、今後王国内や他国で魔物と戦う時に必ずプラスの方向に働いてくれるだろうと考えたからだ。
故に繊月はここで出し惜しみをせず、尚且つこの場で最適かつ最短で最も隙がないスキルを使用したのだった。
ゆっくりと強化スキルをかける時間さえあれば他にも手はあったのだが、いつ敵が来るかわからない以上これが最善だと判断した。
「キシャアアアアアアアっ!!」
そして、それが正しかったと証明するかのように、一通りの強化スキルをかけ終えると同時に一斉にスライアラクネが襲い掛かってくる。
だが――
「人間を舐めるなッ! 魔物風情がッ!」
「うおぉォォォォ!!」
「赤き炎よ、我に従い敵を焼きつくせ! 第十位魔法、火球っ!」
「死ね、魔物がぁ!!」
周囲の騎士達が繊月の強化スキルの効果により並の兵士を凌駕した動きで次々とスライアラクネを撃破していく。
今この瞬間間違いなく彼らは人生で最高の立ち回りをしているのだろう。
「センゲツ様の魔法はすげぇっ! この俺がスライアラクネを一撃で倒せるなんてっ!」
「もしこれが一生続くなら王国で最強の魔術師なる自信があるぞ!」
それによりスライアラクネはみるみるうちにその数を減らし、兵士の中には軽口を叩く余裕が出来る者すら居た。
それもそのはずだ。
何しろ繊月が使用している強化スキルはその多くが最高レベルになるまでスキルポイントが割り振られており、レベル1のプレイヤーでも実力によってはレベル30程度のモンスターまでを相手にする事が可能になる程に強力なのだから。
「ぐぎゃぁぁぁっ!」
だが、油断故に、繊月が張った防御強化スキルの範囲から出てしまった一人の騎士がスライアラクネの爪にその腹部を貫かれ吐血する。
「ラーガンッ!?」
「な、何のこれしきッ!」
しかしスライアラクネ程度のレベルのモンスターによって与えられた傷は瞬く間に修復し、次の瞬間には騎士は意趣返しと言わんばかりにスライアラクネをその手に持った槍で貫き返していた。
それにより一瞬落ちかけた騎士達の士気が再び最高潮に達する。
「これなら、王国は、いや人類は魔物に勝てるかもしれない……!」
ミリアが大盾で一体のスライアラクネを粉砕しながらそう言った。
恐らくそれは、口には出さずともこの場にいる誰もが考えているだろう。
「ふっ!」
「はぁっ!」
「キシャアアァァァ……」
その後、最後まで残っていた三体のスライアラクネをリリアンヌとリフィーリアが返り値を浴びつつも手早く処理する。
強化スキルによる強化があるとはいえ、それらは剣に関しては素人の繊月から見ても美しく、見事な動きだった。
「よし、これで一通り敵は倒したな」
「えぇ。それじゃあ早速砦の内部に侵攻を――」
敵の殲滅を確認したリリアンヌは、直ぐに砦への侵入を指示しようとするが――
「残念だけど、増援よ」
「っ……!?」
だが、リフィーリアが大剣を上段に構える。
全員がその方向を見ると、今度は砦の方向から百体以上のスライアラクネがこちらに進んでくるのがわかる。
「な、なんて数だ……!」
「普通なら泣いて逃げ出すような光景だが……。センゲツ様の加護がある今の俺達なら……!」
しかし精鋭である騎士達は直ぐにそれに対処すべく陣形を整える――
「――光の白百合」
――が、繊月が放った魔法によりスライアラクネが一瞬で全滅する。
「――王都を救った奇跡の御業か……」
それを間近で見ていたミリアが尊敬の眼差しを向けながら静かに口を開く。
その光があの王都での奇跡と同じように前方の敵のみならず、森の至る所にも飛んでいっていた所を見る限り、恐らく三方向に別れ囮として戦っている彼らへの援護の意味もあったのだろう、とミリアは内心で察する。
「まぁ、範囲を最大まで広げても森の全域を覆う事は出来なかったので、撃ち漏らしはあると思いますけどね」
そんなミリアの思考を読んだかのように繊月が苦笑を浮かべつつ言った。
繊月は撃ち漏らしがあるとは言っているが、相当な数の光の帯が伸びていっているのが確認出来たため、あの一撃は少く見積もっても数百体のスライアラクネを討ち取っている事は想像に難くなかった。
「いえ、スライアラクネは並の兵士が相手にするには身に余る魔物です。そのためあの奇跡の御業にて救われた兵士の数は凄まじいでしょう。ここに来ている数千の兵士を代表してお礼を言わせて頂きます」
そう言ってミリアが頭を下げる。
「あぁ、頭を上げて下さい。俺はここに来ている皆さんの仲間として当然の事をしたまでです。――とはいえ、あの大物のスキルを詠唱無視で打ったので今ので大分魔力を消費してしまいましたけどね」
繊月は苦笑しながら、『少しの間無理は出来ませんね』と付け加えた。
――詠唱無視によるMP消費量の増大は、そのスキルの位階が上がれば上がるほど爆発的に増えていく。
故に、完全装備の繊月でも第二位かつ極限まで効果範囲を広げた光の白百合を発動するのにはかなりの魔力を消費していた。
すぐにMP再生を発動させているが、流石にここから完全に回復するのには少しだけ時間がかかるだろう。
何しろ装備によりMPの自然回復量等はあがっているのだが、その分MPそのものの最大値も三倍近くまで膨らんでいるのだから。
――とはいえ、そもそも以前の装備では無詠唱でこのスキルを発動する事は出来なかったのだから、速やかに兵士達を救うためには致し方無い行動だったと言える。
「ありがとう、センゲツ。貴方のおかげで救われた兵士達はきっとその事を死ぬまで語り継ぎ、誇るはずよ」
「リリアンヌまで……。これは俺がやりたくてやっただけだから気にするなって」
「ふふっ、貴方らしいわね。それでも私の大事な国民を救ってくれた事に違いはないからお礼を言わせてもらうわ」
「やれやれ、頑固なお姫様だな」
そう言うと互いにニヤリと笑い合う。
その仲の良い様子を見ていた周囲の騎士達も釣られるように笑みを浮かべていた。
「とりあえず貴方は一度回復に専念しなさい――と言いたいんだけどそうはいかないみたいね……」
「っ……!」
リリアンヌが再び表情を引き締めると、今度は地面から繊月達を囲むように八十体程のスライアラクネが出現する。
「ちっ、きりがないな」
繊月が苦虫を噛み潰したような表情をしながら、僅かに回復したばかりのMPで魔法を行使しようと短杖を構えるが――
「センゲツ様、ここは我らにお任せを」
――それを遮るようにミリアの大盾が構えられた。
「なっ!」
「魔将軍を撃破すれば恐らく配下の魔物は統率を失い敗走します。故に小物は我が引き受けますので、センゲツ様、リリアンヌ様、それにリフィーリア殿は砦の内部に侵攻を」
そう言ったミリアや騎士達の顔には固い覚悟が浮かんでいる。
恐らく、こうなった彼らを動かすには梃子でも難しいだろう。
「…………わかったわ。行くわよ、センゲツ、リフィーリア」
そんな彼らを見たリリアンヌは一瞬だけ逡巡するような表情を浮かべるが、すぐにそれを振り払うと砦に向けて走りだした。
――魔将軍の討伐に時間がかかり、バフが切れれば彼らは恐らくスライアラクネに蹂躙される。
当然リリアンヌはその可能性を承知しているが、恐らく今優先すべき事と、果たすべき責務を認識したのだろう。
人数人が並んで入れるかどうかという程の入り口の狭さ的にも大人数で入るのは得策では無い可能性があったというのも大きいはずだ。
何故なら、侵入後の内部の通路も同様の狭さだった場合、大人数で侵入してもその力や優位性をしっかりと発揮できないからだ。
もし、その状態で強敵であろう魔将軍と相対する事になれば下手な大人数でいくよりも、少数精鋭による機動力を活かした編成が有効なはずだ。
そうなれば、実力的にもこの中で最も優れている三人による編成が最善と言える。
「――すぐに戻ります。一部以外の強化スキルはあと40分は持つと思いますので。……回復聖域」
「セツゲツ様、感謝するっ!」
「……退路を頼む」
「任されたわっ!」
繊月はリリアンヌを追う直前に、傷を癒やす一帯を形成する魔法を彼らの足元に再設置すると、後ろを振り返る事無くリフィーリアと共に砦の内部に向かって走りだしたのだった。




