私が闇と喧騒と戦い光と静寂を手に入れた話
私は神という存在を信じてはいない。
だがもしこの世に神という概念が存在するならば、それに一番近いのは私だ。
選ばれたなどと凡庸な事を言うつもりはない。
ただ気づいた時にはそうだった。
本当にそう思う。
私は奇跡を手に入れるとすぐさま空腹を満たした。
適当に見つけた床が油で滑り、清潔とは真逆にあるような店に私は入った。
その時食べたものは今の私からすれば生ゴミの様なものに違いないが、あの時ほど飯が美味いと思った事はない。
それほどに私は飢えていた。
それからは再び彷徨った。
食の次は住だ。
ボロボロの服装でボロボロの椅子を引きながら徘徊する私の姿はさぞかし奇妙だったに違いない。
私は寂れた裏通りを選んで通り、埃に薄れゆく色鮮やかな街々を自らの足で汚すように通り過ぎて行った。
いつでも夜だけは綺麗で私の心を落ち着かせた。
星ひとつ見えない星空はなんともシャープに見え、そこに孤独に存在する月は私を照らしていた。
どうしようもない無味乾燥なアスファルトが足の裏にへばり付いて私の行軍を阻害してきたが、その度に私は力強く片足を前に、次にもう片足を前にと進んで行った。
そして私は廃墟ビルに辿り着き、その中をしばらくの活動拠点にする事にした。
ホテルなどに泊まる事も充分に可能ではあったが、それでは駄目だ。
温かい食事に温かいベッドそんなものを手に入れたらどうなってしまう。
ぬるま湯につかってしまっては駄目なのだ。
今の私に安心というのはもっとも忌み嫌うべき敵でなければならない。
ただ生き返った事を喜んでいてはそれだけになってしまう。
一つの物事に一喜一憂してしまう。
そんなつまらない人間になってしまうのだ。
だからこんなボロボロに朽ち果てた廃墟が今の私には調度良い。
臥薪嘗胆。
まさに今の私にあるような言葉ではないか。
私は私が私になるまでは安心はしない。
それがどういう状態なのか。
それは私には解らない。
そうなった時には解るのだろう。
だからこそ研ぎ澄ませていなければいけない。
そうすれば私は私に成り得るだろう。
次の日から私は徹底的に怠けきった体を鍛え始めた。
ただひたすらに自分の体をいじめ続け、食事も体作りのみを考えてとった。
体幹のトレーニングは毎日とし上半身と下半身のトレーニングは別日に分け、それが終わると一日休息を取った。
休息日は本を読み漁った。
古い時代の兵法書や独裁者が書いた帝王学などを中心にし、人を統べる方法を学んで行った。
体を鍛えるサプリメントや本への資金は惜しまなかった。
いずれそれは何者のも変えがたい財産になるからだ。
いつ終わるか解らない先の見えない日々に心が張り裂けそうになる日もあったが、権力の椅子に座りしばらく瞑想すれば不思議に体と心が軽くなった。
本当にこの椅子はただの椅子ではない。
何も語りかけては来ないが私の行く末をそっと照らしてくれているように感じた。
そんな臥薪嘗胆な日々を3ヶ月程過ごした後、私は修行の終わりを感じた。
体も一回り大きくなり、読んだ本の内容も全て頭の中に叩き込んだ。
後はこの身に付けた種をだんだんと実にしていかなければならない。
まずは人がいると私は考えた。
何をするにもやはり人手がいるし、私を支える人材も必要だ。
イエスや仏陀にも弟子がいたように、私にも弟子なり舎弟を作る必要がある。
となると私の取るべき行動はひとつだった。
夜の街に騒音が鳴り響いている。
いわゆる暴走族という輩が人の迷惑も考えずに好き勝手している。
私はダラダラと騒音をまき散らしながら、向こうからやって来るバイクの集団に心が躍った。
私は3千円で手に入れた金属バッドを両手でしっかりと握り、最初にやって来た族員の頭目掛けて金属バッドをフルスイングした。
心地良い音がして、バイクとその族員は引き剥がされた。
そこからは作業だ。
私の奇襲によって混乱して列を乱した族の族員を一人一人綺麗にフルスイングをお見舞いしていく。
私がバッドを降るたびに人間とバイクが分離し、両方共地面に叩きつけられ転がり地面と一体化する。
もう一度振るとその現象がもう一度起こる。
たまらなく愉快だ。
何か意味不明な事を騒ぎ立てながら私もろともバイクで轢いて来ようとする馬鹿もいたが、華麗に体を交わしバイクと人間の分離作業は行われた。
彼等がそもそも道路交通法に従いヘルメット着用の義務を守れていたのならば、こんな惨事にはならないはずなのだ。
だから全ての非が彼等にあると言っていい。
しかしながら感心したのは金属バッドの強度たるものだ。
既に何体かの頭蓋骨にヒビを入れているであろうにまるで衰えを知らない。
私の手に心地良い振動を常に届けてくれる。
その振動は手から脳に伝わりアドレナリンが過剰に噴き出て来る。
そして本当に残念なのがこの族が日和すぎているという事だ。
彼等のほとんどは武器を一切所持していない。
彼等は抗争などというものから離れ、ただの迷惑行為を何故か自分たちの青春へと誤変換させ、静かな夜を汚しているのだ。
この世にこれほど必要のないものがあっていいのだろうか。
いいわけがない。
そして本当にもっと残念なのが全ての分離作業を終えてしまったという事だ。
何人かは立ち上がって私にかかってくると予想していたが、私の野球の才能が凄かったせいかなのか、そのほとんどが立ち上がれないようで、運良く私が打ち損じて打ち所が良かったと思われる何人かはバイクも捨てて走って逃げ出して行ってしまった。
なんと、あんなに騒がしかった街は私と金属バッド一つで静寂を取り戻した。
「次だ」
その後も私はバイクと人間の分離作業を街を転々としながら行った。
流石に金属バッドの補充はしたが、私の脳を刺激する快楽は薄らいでいくばかりだった。
私の噂を聞きつけたのか、一度武器を携えて堂々と私を潰しに来た族もいたが、ただ少し抵抗してきて効率が悪くなるだけで、何の問題もなく私は作業を完遂した。
そうしながら私は変化をひたすら待った。
私が行動する限りそれと同時に変動するものは少なからずあるはずだ。
そのきっかけを手に入れる為に私は夜を静かにしている。
そんなある日私の元にある男が現れた。
後々に考えれば、私はこの男を待っていたのかもしれない。
これが邂逅というものではないだろうか。
その男は白いポロシャツを着ていた。
続く




