俺が探偵になって後悔した日の話
まず俺が感じた事。
それは大いなる後悔だ。
俺にはどこか緊張感とかそういうものが足りなかった。
何か友達の恋人関係の仲裁にでも行くような面持ちと気軽な気持ちで俺はこの事件に首を突っ込んでしまった。
人を連れ去るといった集団を相手にするのだから、もっと警戒しなければならなかったのだ。
そもそもの原因は軽々しく探偵などを始めてしまった事だ。
名乗っていれば、社会的地位が約束されるだろうなどと思っていた自分を俺は後ろから頭上に踵落としを決めたい。
一生、お前は引きこもっていろと。
思えば何不自由無い暮らしだった。
好きな時に起き、好きな時に寝て、好きな時に遊びに行く。
何故、その生活を放棄した。
俺は放棄した。
あの生活に胡坐をかいていれば良かったのだ。
そうすれば今頃俺はゲーセンでのメダル増やしを堪能していたに違いない。
ああ、畜生。
どうしてこんな事になってしまったのだ。
俺は暗闇の中でひたすら後悔の念にかられていた。
当然といえば当然だ。
急に日常というものが変化したのだ。
ただ何も無くさざ波のような生活が急に大嵐にあったかのような気分だ。
俺はサキちゃんの家で何者かに何かの薬品をかがされ気を失い、気付けば一人で暗闇の中にいた。
手は後ろで紐のようなもので縛られ足も足首の所で縛られている。
目にはガムテープが巻かれ、どこかコンクリートの床に転がされている。
だから暗闇だというのはある意味で正解なのだが少し違う。
俺は必死に顔を動かしてガムテープを剥がしていった。
ちょっとずつガムテープの粘着力は失われやっと取れたと思った時、そこに広がっていたのは更なる深い闇だった。
光が遮断された一室にいるのか何も見えない闇の中に俺は居た。
そこから少しパニックに陥り、手足を色々と動かしこの拘束から抜けだそうと思ったが、堅くきつく縛られていてどうにも出来そうもない。
こうなってくるとガムテープは嫌がらせに思えてくる。
確かに外を移動している時は必要だったかもしれないが、この部屋において視界を何かで遮断するなど、全くもって無意味なのだ。
俺に更なる絶望を与える為に違いない。
そういう卑屈な考えが頭をかけめぐる。
いや、とにかく冷静になるしかない。
後悔もしつくした。
思えば後悔ばかりの人生だった。
だから後悔や絶望には慣れている。
なんだか、死ぬみたいだが……。
……。
自分で死を意識すると更に死が近くにあるように感じてくる。
こんな時、横に気丈な女の子がいれば「駄目よ馬鹿、そんなこといっちゃ、馬鹿馬鹿」なんて感じで俺の頬を張ってくれるのではないのだろうか。
でも残念ながらこれはアニメやゲームの世界ではない、明らかな現実。
俺が観れるとした幻想ぐらいだろう。
とにかく状況は危うい。
思いたくはないが死がすぐさまそこに来ていると思ってもそれは考えすぎとか思い過ごしだなんて事はないだろう・
だから一刻も早くなんとかこの状況を打破したいのだが、体が言う事を一つも利かない。
動くのは首と膝、少し肘も動く。
もそもそと地面をそれで這い蹲ってみたが、やはり四方は壁に囲まれていてどうする事も出来そうにない。
どこかにこの部屋に出入りするドアがあると思うのだが、何度確かめてもそれが見当たらない。
綺麗に壁と一体化しているドアなのか壁とは別の場所にあるかが考えられる。
とにかく現時点で体を使って出来るのはこの程度だ。
次は声だ。
声を出して助けを呼ぶべきかどうかだ。
俺は最初わけがわからず色々と声に出してみたが、それに反応して誰かが出てくる事は無かった。
もしかしたらナガタも一緒に捕まっていると思い、ナガタの名を呼んだが反応は無かった。
その後、自分でどうにかしてみようと思い、犯人に気付かれないように声を出すのは抑えた。
だが、最終手段として大声で助けを呼ぶ事も考えなければならない。
もしかしたらただここで俺の衰弱を待っているという事もあり得るからだ。
一体ナガタはどうしているのか。
あいつも一緒に捕まってどこかに監禁されているのだろうか?
そもそもだが、俺をここに連れてきたのは誰なのだろうか。
あの時、サキちゃんの家には俺とナガタしか居なかったはずだ。
だとするとナガタがこんな事をしたのだろうか?
いや、だが理由が思いつかない。
ナガタに限ってそんな事をするとは思えないのだが。
しかしここにナガタが一緒に居ないというのも気がかりだ。
普通別々に分けて監禁したりしないだろう。
わざわざ場所を二つも用意しなければならないし、管理も大変だろう。
管理されていればの話だが…。
でも確かに二人で監禁すれば協力して脱出されるという危険もあるにはある。
だから一概にナガタがこうしたとは言えない。
俺達はサキちゃんの家を物色するのに集中していて、他の来訪者に気付かなかった?
いや、いくらなんでもドアが開いて、誰かが入ってくればワンルームの部屋なのだから気付くはずだ。
いくらなんでもそこまで鈍感ではない。
では最初から家の中に誰かが居て、その誰かにやられたという可能性もある。
もしかしたらサキちゃんを連れ去ろうとしていたポロシャツの集団が居た?
それならば、何か薬品を持っていたとしても辻褄が会う。
本来俺に使う予定じゃなくて、サキちゃんと遭遇した際に使う予定だったのかもしれない。
それでそのポロシャツ集団の任務の遂行に邪魔になった俺達は監禁されてしまった。
すぐには殺されなかったのは幸いだが、これからどうなるかは全くもって解らない。
ただ罪悪感から殺されていないだけなのか、これから何かに利用されるのか、自分の手を殺めたくないのでここで俺が衰弱死するのを待っているのか。
何も解らないがここでただ死を待っている場合ではないという事だ。
とにかく現状の考察とこの先の展望を考えつつ少しでずつでも手足を動かしコンクリートに擦り続け、縛られている紐のようなものをほどく努力をすべきだ。
俺は頭をフルに回転させながら体をもぞもぞと動かし始めた。
「んあっ?」
突然の発想に思わず声を出してしまう。
考えているうちに一つ気になる事が出来た。
この考えをまとめてみる。
するとどうなる。
あの場合だとこうなって、この場合だとそうなる。
と、すると。
やはり、おかしい。
まず考えたのはサキちゃんの家に誰かが居たとするならばサキちゃんを連れ去るであろう後五日間の間、ポロシャツ集団は一体何をするのかという事だ。
まさか五日間もサキちゃんを泳がしておいて、五日後に連れ去るというのはおかしいのではないだろうか。
こんなにすぐに俺を拉致、監禁してしまう危ない集団だ。
とてもじゃないが、五日間も待つ理由が解らない。
となると一番怪しい人物が出てくる。
そうだ、やっぱりナガタだ。
今、ここに居ないナガタ。
そもそも、ナガタの誘いに乗ってしまったせいで今の俺はこういう事になってしまっているのだ。
やっぱりあの現場において俺に襲いかかれたのはナガタを置いて他にはいない。
でも、ナガタがそんな事をする奴ではないと俺は思う。
そう思いたかった。
でも、ナガタに関して不自然な点を見つけてしまった。
それはナガタが俺の家に来た時の事だ。
それがまだ今日なのか昨日なのかもっと前なのかは今は解らないが、とりあえず今日だとしよう。
『ナガタは五日後にサキちゃんが連れ去られる』
と行った。
そしてナガタはこうも言った。
『俺が『探偵』と文字で書けるのは知っている』
と。
別に未来が覗けるナガタならば、俺が探偵という文字を練習している所を見たというならば信じれる話だし、俺も実際にそこでそう解釈した。
だが、あいつの能力は五日後の未来を十日ごとにみれる能力だ。
とするとこの二つの言葉には矛盾が生じる。
もしナガタがその日サキちゃんが連れ去られる映像を見たというなら、その前にナガタが五日後を見たのは十日前になる。
となるのはナガタが十日前に見たのは五日前の未来であり、俺が『探偵』と文字で書いていたというのを見たというのはありえない事だ。
では逆にナガタが俺が『探偵』と書いている所を見たとしよう。
それを見たのは五日前だ。
では次にナガタが五日後見る事になるのはその五日後になるので、あの日サキちゃんが連れ去られる所を見るのは不可能なはずだ。
つまりナガタはナガタの能力の事を信じるならばナガタはどちらか一つの未来しか見れていない事になる。
そして信憑性が高いのは俺が『探偵』と文字で書いているのを見たという方。
なぜならそれは実際に俺が体験しているし、その場にナガタが居なかったのはもちろん俺が良く知っている。
未来透視ではなく、監視カメラか何かで見たというのも考えれる。
確かに俺を監禁するのが目的ならばそこまでしてもおかしくはないだろうが、俺は昔からナガタという男を知っている。
あいつの能力についての信憑性は折り紙つきだ。
それは長いあいつとの付き合いで奇跡的なナガタの未来透視は幾度となく俺が体験している。
だから監視カメラは無いと思う。
そもそもパソコンと布団しかないあの部屋にそんなものを取り付けたら、結構神経質な俺は気付く。
なのでサキちゃんが五日後に連れ去られるという方がおかしいのだと思う。
と、とりあえず以上を踏まえて導き出される答えは
『少なからずナガタは嘘をついている』
思いたくはないがこう考えるのが普通ではないだろうか。
思い返せばサキちゃんの家に行くまでも全てがナガタの誘導だった。
その日に行く事になった事。
オートロックを切り抜けた事。
不在の家を物色しようとした事。
そこにほとんど俺の意思は無かった。
なんて俺はお人よしで馬鹿なのだろう。
となると疑念や怒りよりも俺はただただ悲しくなった。
人から裏切られるというのは慣れるものではない。
でも、悲しんでいる場合ではない。
それに気付けた今、逆転を狙っていかなければならない。
黒幕はナガタだった。
とりあえずそれを主軸に置いて、今の状況の把握とナガタの動機を考えていかなければならない。
1、謎のポロシャツ集団とはナガタのでっちあげだった?
俺を拉致、監禁するのが目的ならばそうだと言える。
今からよく考えれば確かにそんな集団おかしすぎる。
俺はナガタが言うからと鵜呑みにしていたが、そんな集団は最初からありませんでしたと言われれば凄いすっきりする。
2、ナガタの単独犯だろうか?
これは解らないが、ここがどこかも解らないが、俺の気を失わせて縛ってどこかに移動させるぐらいならば一人でも不可能ではないだろう。
気になるのはサキちゃんの家でそれが行われた事。
もしかしたらサキちゃんとナガタはグルなのかもしれない。
あの襲われる直前に電子レンジに残っていたマグカップのミルクは明らかに温かかった。
直前まで誰かがいたという事を示していた。
それがサキちゃんなのかもしくは他のナガタの仲間なのかもしれない。
こっそり押入れなりクローゼットに隠れていて、俺が来たらナガタと共謀して俺を拉致したというのもありえなくはない。
あそこがサキちゃんの家だったのかというのも確実にイエスではないのだが、部屋の雰囲気は女の子の部屋という感じはした。
玄関のネームプレートを確認しておくべきだった。
ナガタが淡々と部屋に入って行くので、そういう細かい部分の確認を怠っていた。
本当に気が緩んでいたとしか言えない。
3、ナガタは何故俺を拉致、監禁したのか?
そこが一番の問題だ。
そこに今の俺の状況を打破出来る鍵があるのではないだろうか。
だが、思い当たる節が一つもない。
過去のナガタの付き合いを洗いざらい洗ってみたが、ナガタの恨みを買うような事は思い当たらない。
確かに人というのは無意識のうちに人を傷つけてしまう事のある生き物だ。
俺の無意識のどこかでナガタを傷つけてしまった事があったのかもしれない。
考えて、考えて、考えてはみたがやはり思い当たらない。
こんな暗闇という集中出来る場所においてもやはり出てこない。
やがて、考える事にも疲れ、体を動かす事にも疲れた。
どちらも暗礁に乗り上げた感じだ。
拘束されている手足はゆるくなった気もするし何も変わっていない気もする。
無理に動かしているので所々に痛みは伴っている。
疲れと悲しみの後に今度はぶつけようのない怒りがやって来る。
何故、なんで俺がこんな目に会わなければいけないのか。
ふつふつ怒りがこみ上げてくる。
やけになり、力いっぱい体を動かしコンクリートの地面に打ち付ける。
糞お、糞おぉ!
返ってくるのは強烈な体の痛みだけだった。
ナガタ、どうしてだ。
どうしてなんだ。
ぽろぽろと涙が出てくる。
自分への情けなさとナガタへの怒りからだった。
実は俺にも人にはない能力がある。
今、その能力を使いこの現状を打破してやる。
みてろよ。
これが俺の能力だ。
それは全てを無かった事にする全知全能な力だ。
……。
ふはははははははは。
無い。
そんなものは無い。
無いんだ。
あってたまるか。
無いんだよ。
……。
俺は全ての動作を停止した。
体だけじゃない心の方もだ。
ただただ何も考えず何も動かさず無になる。
そうするしか心の平衡を保つ手段が無いと思った。
ただひたすら無になり何かしらの悟りを待つことにした。
生きたいとか死にたいとかもないただただ無だ。
難しい作業ではあったが一瞬無に入ったと思った時は言い知れぬ不思議な安堵感に包まれた。
これが廃人になるという事だろうか。
そんな作業を繰り返しているとやがて幻聴が聞こえてきた。
ぎぎぎと何かが開く音。
今度は天井から暗闇の中に一筋の光が灯る幻想まで見えてきた。
ああ、これは気持ちいい。
もっと無に入らなくては。
いや、違う。
これは明らかに現実だ。
誰かがやってくる?
誰かがここに入ってくるのだ。
薄い光の中からコツコツと梯子のようなものを降りる足音と共に人の姿が見えてきた。
ゆっくりと足元が見え、臀部が見え、背中が見えた。
俺はゴクリと唾を飲んだ。
その何者かは白いポロシャツを着ていた。
続く




