俺が無職をやめて二日目の話
探偵を続けて行く上で車やバイクなどが必要だと感じた。
ナガタもどちらも所持はしていない。
サキちゃんの家へは電車で約一時間程度と言った所だ。
ナガタはさっきから熱心にスマートフォンをいじくってゲームか何かをやっている。
俺は未だガラケーと呼ばれる携帯を使っているが、意地でもスマートフォンに変えないつもりだ。
そんな感じで俺とナガタは一緒に電車でサキちゃんの家に向かっている。
格好良くバイクに二人乗りとかで逃げる犯人を追いかけたり、レトロなボロ車で追ってくる闇の組織とかから逃げるというような事はまあ起こりそうに無い。
せめてママチャリじゃないだけマシか。
ママチャリで犯人を追ったり、逃げたりするのはもはやそれはコメディである。
ホラーなんかでも追ってくる霊から必死でママチャリで逃げたりしたら何か怖いような面白いような解らない感情になるに違いない。
車やバイクで逃げてもすぐ傍までやってくる霊の底知れぬ感じに恐怖するのであって、ママチャリに追いつくことなど生身の人間でも出来なくはないのもその要因ではないだろうか。
しかしながら、勢いでナガタと俺の家兼探偵事務所を飛び出してきたが、今回の依頼の報酬の件について話すのを忘れていた。
今更、言い出すのも何か気まずい。
そもそも薄々は感じていたのだが、これははたしてナガタは依頼という名目で俺に頼んでいるのかが不透明だ。
ただ友人として俺の助けを求めているだけなのではないのだろうか。
自分で無理矢理、探偵初仕事だと息巻いてはいるが、これは単なる人助けというだけの話なのではないのだろうか。
そもそも、一体俺は探偵として報酬を受けるならば、一体ナガタにどれ程の金額を請求すべきものなのだろうか。
そのへんの事が俺は全く解っていない。
『探偵』の書き文字練習などせずにそのへんの事を思案するべきだった。
これもある意味で難事件に違いない。
請求するならば、一日の調査量として請求するのが普通だと思うが、一体俺の一日にいくらぐらいの価値があると言うのだろうか。
実績もなければ目に見える免許すらない。
あるのは途方もなく広がる無という暇。
まあ、しかし、ナガタには返しても返しきれないぐらいの恩はあると思う。
もし、この事件が解決すれば、飯でも奢ってもらうぐらいでいいだろうとも思う。
それよりも危惧しなければいけないのは今回の事件と呼んでいる連れ去り誘拐事件の事である。
未だ起こってはいない事件なのだが、それは確実に起こりうる事だと言っていい。
起こらないとすればナガタの能力が急に無くなっていて、ただの夢の話だったとか、そもそもナガタのその能力自体が嘘っぱちで俺はナガタにただ悪戯されているだけとかいう事もあるが、今までのナガタと付き合ってきた俺が思うにそれは無いと思う。
前者の方はあり得るかもしれないが。
それも極論な気がする。
ではその謎のポロシャツ集団に連れ去られるといった奇妙奇天烈な事案は一体どういう風に考えるべきなのだろうか。
よしサキちゃんの家に着くまでに色々と考察してみよう。
俺はこういう妄想なり、考察が大好きだ。
1、なぜ連れ去られるのか。
俺とサキちゃんは昔こそはそれなりの交友があったとしても、最近は皆無と言っていい。
ナガタから時々近況を聞かされるぐらいで、一体どんな人物と交流があって、どんな生活をしているのかはほとんど見えてこない。
昔だけで言うならサキちゃんの性格は普段はおとなしく冷静なナガタと似てそれほど活発ではなく、黒髪と文庫本が似合いそうな清純な少女だった。
おしとやかな感じで清涼感があった。
だからこそにサキちゃんが彼氏を家に連れ込んでいるのを知った時はショックだった。
サキちゃんの恋人は常に文庫本であって欲しかったのだ。
まあ、サキちゃんが文庫本を読んでいる所は見た事はないが。
それでもきっとサキちゃんは文庫本を今でも愛しているに違いないと思うんだ。
おっと、話が逸れた。
まあ、俺のショックなんて向こうからしたら別にただのお節介であり。
本当にその通りなのだ。
大学で危ないクラブだとか、サークルにも所属してそうもないサキちゃんが、そんな尋常ではなさそうな集団に連れさられるというのがイメージできない。
まあ、もしかしたら昔のサキちゃんとはもう違っていて、それをナガタにも隠していて、色々と危ないことになっているのかもしれない。
恋人は文庫本ではなく、怪しいクスリになっていたりとか…。
考えたくはないが。
だが、サキちゃんの家を狙ってピンポイントで来ているみたいなのだから、やはり何もないから連れ去られるなんて事も無いはずだ。
道端で拉致されるとかなら愉快犯というか、連れ去るのは誰でもよくて、たまたまサキちゃんが巻き込まれてしまったという考え方も出来るだろうが、今回はそうじゃない。
少しの可能性としては誰かと間違えられて連れ去られるという可能性もなくはないが、そうなってくるともう事前にはどうにも出来ない気がする。
だからポロシャツ集団は何らかの理由でサキちゃんを連れ去ると考えた方がいいだろう。
2、ポロシャツ集団とは何者なのか。
連れ去れる側がいるのだから、連れ去る側がいるのは当然だ。
当たり前の事を格好良く言ってみたぜ。
いわば被害者と加害者だ。
この場合このポロシャツ集団を加害者とみるのが正道だろう。
ナガタの見た映像の現場状況だけを鑑みれば、まず連れ去る側が加害者なのは当然だろう。
四、五人の同じ格好をした集団。
それだけ考えればその集団は仲間であり、個々の集合体では無いと言える。
何かの目的を持ちその為に全員で一丸となり目的にあたる。
そういう集団のではないかと想像してしまう。
ではその仲間同士の繋がりとは一体どういうものなのだろうか。
サキちゃんに対して恨みのある人間が、その日に一緒に衣装を揃えて復讐にあたる?
なんとも滑稽すぎる。
そもそも衣装を揃える理由がない。
じゃあ、拉致、誘拐するから着る服揃えようぜとはならないと思う。
何か顔をマスクや防止などで隠す事はあるかもしれないが、それ以外をわざわざこだわる理由は無いと思う。
そういえばその集団は顔を隠す何かをしてなかったのだろうか。
ナガタに聞いてみる。
「いや、特にそう言うのはしてなかったと思う。結構遠めだったので顔がはっきり見えたわけじゃないけど、そんな目立つ印象的な顔を隠す事はしていなかった」
なるほど。
ではそのポロシャツ集団のポロシャツというのはその集団のユニフォームみたいなものなのだろう。
つまりそれは何かで繋がった組織的な集団であると推理出来る。
そこに目的があるという事になる。
その団体がサキちゃんを必要とした?
ありえなくはない。可能性はある。
では、一体どういう理由でサキちゃんを必要とするのか。
その集団のボスがサキちゃんが好きで連れ去って来い?
なくはないがあまりにも異常すぎる。
なんだそのラブ集団は。
サキちゃんが何らかの特殊能力を持っており、それが神格化されて必要とされている?
ドラマやアニメの見過ぎかもしれないが、ナガタに予知能力のようなものがあるのなら、妹にも何かあっても不思議ではない。
が、ナガタからサキちゃんが何か能力を持っているとは聞いた事がない。
ナガタとサキちゃんだけの秘密にしている事もなくはない。
もしくはサキちゃんがナガタにも肉親にも隠しているという事もありえるかもしれない。
だとしたらその能力が狙われるというのも無い話ではないと思うし、かなりこの推理はいい線行ってるんじゃないだろうか。
「ナガタ、色々考えてみたんだが、お前と同じ様にサキちゃんも何かの能力を持っているって事はないのか?」
「それは無いと思う。確定ではないけれど、サキからそんな話は聞いた事もないし、何かそうなんじゃないかという違和感を感じた事もない」
「そうか、サキちゃんはもちろんお前の能力は知っているんだよな?」
「ああ、それは知っている。お前と一緒でサキに関わる事も俺は沢山みてきたから、あいつがある程度分別が付いた頃に話をした」
「なるほどな、お前の能力はほぼ生まれた時からあったのか?」
「そうだな、俺が物心ついた時にはもう見えていた」
「じゃあ、サキちゃんはその素質を持っていて、後天的に何かの能力を得たって事はないかな?」
ナガタはそれを聞くと少し考えて
「うーん、そうだなそれはないとは言えないが、ありえるともほとんどは言えない。
俺の両親は別になんてない普通の両親だし、うちの家系にそういう能力が受け継がれているなんて事もない。だから、俺はこれは偶発的に俺だけに何かが宿ったのだと思ってる。
だから血が関係していて能力が目覚めるとかはないとは思うんだ」
「そうか、となると何で連れ去られるのかってのが全く解らないなぁ」
「これからそれを探りに行けばいいんだろ」
「まあ、そうだけどさ」
確かにナガタの言う通りだこうやって考えているのは机上の空論、絵に書いた餅だ。
でも何か違和感を感じるのだ。
何かと言われれば例えにくいのだが、何か引っかかる事がある気がする。
気のせいならばいいが、俺とサキちゃんの間に忘れていて重要な事とかあっただろうか。
将来夫婦になるような約束などしていなかっただろうか。
まあ、とりあえずナガタの言う通り、サキちゃんと直接会うのが手っ取り早いのかもしれない。
もうすぐ電車は最寄り駅に着く。
最寄り駅から歩いて数分、俺とナガタはサキちゃんの家に辿り着く。
サキちゃんが住んでいるのは五階建ての小奇麗なアパートでサキちゃんは最上階の五階に住んでいる。
「でナガタが見た映像はどんなアングルでどこがどう見えたんだ?」
ナガタはアパートの向かいの空の方を指差して
「おそらくあそこの高い所から観てるような感じで、サキの部屋からサキとポロシャツ集団が出て来てエレベーターの方へ向かうまでだ」
まさに神の視点というやつか。
「そうか、じゃあ、とりあえずエレベーターで上まで上がってみるか」
と中へ入ろうとするとアパートはオートロックになっていた。
なので勝手にこちらから中に入る事は出来ない。
「おい、って事はポロシャツ集団もこれをくぐり抜けるって事になるよな?」
「ああ、そうなるな。まあでも宅配業者やらを装えばそれほど難しい事じゃないんじゃないか?」
それはそうだ。
そんな人を連れ去ろうとする集団だから手段は問わないだろう。
ナガタはサキちゃんの部屋の番号のインターホンをアパートの玄関から鳴らす。
内側からドアを開けてもらわなければアパート内に入る事は出来ない。
だが、しばらくたっても向こうからの反応は無い。
「おい、もしかして今、サキちゃんいないんじゃないか?」
「かもしれないな。先に連絡しとくべきだったな」
…先が見えるからかなのか、ナガタはこういう部分には疎い所がある。
まあ、俺も不在を予期しなかったのではあるが。
こっちが行くんだから向こうも居るだろうみたいな何の根拠もない根拠を持ってしまっていた。
「とりあえず携帯で電話してみたらどうだ?」
「それもそうだが、逆に今いないのはあえて好都合かもしれない」
「ん、どういう事だ?」
「サキがいない間に部屋の中を物色するんだ」
「いやいや、それは駄目だろう」
「大丈夫さ、別に彼女でも好きな子の部屋でもなければ妹の部屋だ。別に問題ないだろう。こっちに来てくれ」
「おい、本当かよ」
そう言うとナガタはアパートの裏側に俺を誘導して、そそくさと塀を越えてしまった。
俺も仕方なくそれに続く。
確かに大きな事件になるかもしれないから、これは仕方のない処置だとも思える。
「まあ、オートロックなんてのは結局こういうもんだ。万能なもんじゃない。付けるだけで安心しちゃってるんだよ」
「なんか、お前泥棒のプロみたいな事を言うな」
「ははは、笑わすなよ」
別に笑わせようとは思ってなかったんだけどな。
「でも、アパートの中には入れても肝心の家のドアが開かないんじゃないのか?鍵だって持ってないんだろ?」
「オートロックに安心して鍵をかけてなかったりするんだよ。こういう所の住人は」
「本当かよ」
こいつ本当に泥棒なんじゃないだろうか。
エレベーターで上がると長い廊下があり一番奥の部屋がサキちゃんの部屋らしい。
改めて現場を検証する。
「つまり、向こうからここまでポロシャツの集団に連れ去られている映像だったって事だな?」
「ああ、そうだ。まさにここだった」
「実際に連れ去られるってのは無理矢理引っ張られてるのか何かに拘束されてるとかその辺はどんな感じなんだ?」
「そうだな、サキの周りをポロシャツ集団が囲んでいて無理矢理連れて行ってる感じだった。別に何かで縛られたりとかはなく、サキも従うしかないみたいな感じで連れて行かれているようだった」
「抵抗しても無駄なので従うしかないという感じか」
「ああ、正にそんな感じだった」
なるほど、まあオートロックも簡単に切り抜けられそうだし、もし何らかの弱みを握られているとかならサキちゃん自らオートロックを解除して、ポロシャツ集団を招き入れるとしても不思議ではないだろう。
そして抵抗しても無駄だと植えつけて連れ去るという事なのかな。
俺達はドアの前までやってくる。
幸い廊下で他の住人とすれ違う事は無かった。
普段見慣れない住人が勝手に侵入しているのだ、怪しまれる可能性は否定出来ない。
それを思えば、ポロシャツ集団も当日他人に連れ去る現場を目撃されたとしたらどうするつもりなのだろうか。
もうそんなのおかまいなしに連れて行っても良いと思っているのか。
まあ、確かにサキちゃんが助けを求めない限りは別にちょっとおかしな光景だがさほど気に留める事もないのかもしれない。
それはつまりサキちゃんは相当にその集団に対して無抵抗であり、集団側もそうなると予測をつけれるという事だ。
一体、その両者の間には何があるのか?
まあ、ここまで来て現場を検証出来た事だけでも良かったんじゃないだろうか。
流石に鍵まで開いているとは思わないが。
そう思っているとナガタがそっとドアノブに手を掛けた。
ナガタがドアノブを回してそれを引くと簡単にドアは開いた。
「な、やっぱりな」
本当に開きやがった。
それにしては無用心すぎはしないだろうか。
これから五日後に謎のポロシャツ集団に連れ去られるというのに…。
でも、これだけ無防備なのだから、中に別に対して人にみられてしまってはいけないものを隠しているという可能性も低くなるのではないだろうか。
俺は家の中に大金を置いてる時などはかなり神経質に戸締りは確認する。
まあ、稀にそういうことが抜けている人がいるが、サキちゃんがそういう人だとは思えない。
ナガタが何の躊躇もなく家の中へと入っていく。
俺もなんとなく後ろめたい気持ちになりながたそれに続く。
中はなかなかに広いワンルームできちんと整理整頓されていて、掃除もこまめにされている感じだった。
所々に女の子らしい気を使っていて、シンプルではあるが女の子の部屋と感じ取れる。
「おい、でも手がかりって言っても何をどう探るって言うんだ?」
「そうだな、とりあえず手紙だとか、何か怪しいものが無いかを探してみる感じでいいんじゃないか」
「まあ、そんなもんだよな。でもいいのか?勝手に人の部屋を物色して、しかも女の子だし」
「仕方が無い。後でサキが大変な目に会いましたじゃ遅いだろ?」
それもそうだ。
しかし、一番危険なのは五日後に連れ去り事件が起こらなかった場合だ。
これではただの変態に違いない。
まあ、そうなった時は兄であるナガタが何とかしてくれるだろう。
お兄ちゃん間違えちゃったテヘみたいな感じでどうにかなる気もしないが、流石に絶縁とかにはならないだろう。
ナガタと手分けして部屋の中を物色する。
俺はなんとなくキッチンの辺りをみてみる。
いきなり部屋の中に下着やらもっとやばいものがあったら今度サキちゃんと会う時に普通の感情では会えないと思ったからだ。
一通り見て行くが別に変わったものはない。
きちんと食器も整理されている。
電子レンジの中に何かが入っているのを見つける。
マグカップだ。
何かを温めて、忘れているのだろうか?
それにしては流石に忘れないと思うんだけどな、今から飲もうとしていたのだし。
何か急に急用が出来てしまって慌てて家を出たとか?
電子レンジを開けて中のマグカップを取り出してみる。
ん。
まだ少し温かい?
という事は割とさっきまでサキちゃんは家に居たって事か?
それならすれ違ってもいいはずなんじゃないか。
何かがひっかかる。
「おい、ナガタ」
ガッ。
不意に後ろから何者かに俺は羽交い絞めにされた。
突然の事に体がビクリとなる。
「なんだ!やめろ!」
最初はナガタがふざけているのかと思ったが締め付けてくる感じが冗談には思えない。
俺は抵抗するが口元に何かを当てられて、意識が途絶える。
状況を冷静に細かく分析したい所だが、何も考える事が出来なくなった。
次に俺が気が付いた時、俺は暗闇の中にいた。
続く




