アデルの癒し
随分と遅くなってしまいました。また宜しくお願い致します。
「アデル、兄さま、ちょっと苦しい・・・・」
「―――――――もう、少し」
アデルはサクラの髪の中に顔を埋めると充分にその香りを楽しむかのように鼻で大きく吸い込む。
背中に回した手はその背中を摩り上げては下がる。
「にい、さま」
その手が自分の臀部に触れそうな所でサクラは小さく声を出した。
しかしその手は止む事無く、サクラの後背の感触を確かめる様に滑る。
「サクラ・・・・」
つと、その指先が不意にサクラの首筋をなぞった。
「―――――――ッ」
意外な程に冷たい。
その事に思わずサクラは身を捩ると、両手をアデルの胸に押し出した。
ゾワリ、と何かが背中を走って行く。
「兄さま、離して」
「サクラ」
名残惜しそうにもう一度アデルの指先がサクラの頬を撫でる。
その柔らかい感触。
頬からまた首筋を撫でると、またもサクラは身を捩ってそして小さくアデルを睨みつけた。
そこで、やっと気付く。
―――――――ミツキならば。
このまま腕に抱かれて居てくれた。
―――――――サクラなのだ。
眼の前に居るのは、サクラなのに。
瞬間に自身を襲う大きな虚脱感と嫌悪感にアデルは天を仰ぎ、大きな手で顔を押さえた。
「兄さま?」
「・・・・つい、抱き締めてしまってすまない、サクラ」
「・・・・・良いのよ。少しは育ったでしょう?」
微笑みながらそう答えるサクラに今の自分の小さな狂気は見えていなかったのだろうか。
何も無かったかのように微笑むサクラがやけに眩しく感じる。
「――――――ああ。もうどこに嫁いでも不思議じゃ無いな」
「ふふ」
くるりと踵を返し、その所作にふわりとサクラのドレスが舞う。
やけにその光景が綺麗過ぎて、何故だかアデルは泣きたくなった――――――。
ああ、自分は。
何をしていたのだろう・・・・・・。
「サクラ」
「はい?」
「歌ってくれ」
「歌ですか」
精霊国一と名高いサクラの美声。
天上の音楽、稀代の歌姫と呼ばれるサクラの歌声を聞く機会は実はそう多く無い。
近く聞けるとしたらそれは今度の風宮の宴くらいだろう。
サクラは顔を傾け、しばし逡巡すると、小さく頷いた。
「何が良いかしら。そうね、今のアデル兄さまには」
「今の僕には?」
そして稀代の歌声が流れる。
それは幼い頃に乳母が歌ってくれたであろう子守唄。
懐かしい、その歌をサクラは透き通る声で紡ぎあげる。
いつの間にか、静寂の中にアデルはいた。
身体から力が抜けていたのだろうか。
それとも眠っていたのだろうか。
ぼんやりと瞳を上げると窓の外にはうっとりとした下位精霊たちがその声に聴きいっていた。
傍らには色取り取りの鳥や、高位精霊たちも居るようだ。
まだ、サクラは優しく歌っていた。
気付かぬ内にその手には刺繍板が見える。
針を差し、抜きながら、歌いながらサクラは刺繍を続けている。
まるでアデルなどその場に居ないかのような。
優しげな表情のサクラに、アデルは重い瞼をいつの間にか閉じていた。




