落とし前―⑥―
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上万作駅前 午後6時37分
堀川 一は、余りにも変わり果てた上万作駅前の現状に目を疑った。
隣にいる同級生の少女――秋津 澄香――も、目の前に広がる光景に言葉どころか、息すらも止まっている。
秋津を初めて見た時、堀川は特に快活と思っていなかった。
特段おとなしいということもない。
上万作駅前広場の惨状を眼にした彼女の全身から、生気が全て消え失せていく様に見えた。
彼女の眼から再び溢れそうになる涙。
そこに映し出される炎、瓦礫、と堀川の顔。
目の前の惨状に対し揺れ動く環状。
それらが、今の彼女を支えていているようだった。
「状況は?」
苔色の外套を着た茶髪の青年――IX組の副担任のブルース=バルトと堀川は聞いていた――が、白い装甲を纏った"ワールド・シェパード社"の社員に話しかけている。
その様子を見つけた背広を着た二人の男が、ブルースに話しかけて来た。
それぞれが、手帳をブルースに見せる。
刑事だろうか。
眼が細い禿頭と頭頂部に頭髪を少し残した丸顔の刑事も加わり、会話を始める。
「いつものように"政市会"関係者を見つけ、"政声隊"が追いかけ回していました」
"ワールド・シェパード社"の社員が言うと、
「それに対して、"政市会"会員達が集まって、追ってきた"政声隊"の関係者を警棒……かな? それで迎え撃って来て、乱闘騒ぎ。俺たち警察も出る羽目になった」
少しの頭髪を頭頂部に残す刑事が、ブルースと親しいのか率直に話す。
「それだけなら良かったんだが……」
禿頭の刑事の口調も砕けている。
ただ、目の前の状況に理解が追いつかず言葉を選んでいるのか、少々歯切れが悪い。
「時間帯が買い物客、下校している学生や、職場帰りで多い駅前。加えて広場では、そんな彼らに向けて訴える"政市会"と"政声隊"……非武装だったが……」
卵を思わせる輪郭の細目の刑事が、眉間に皺を寄せて、
「それを見つけた"政声隊"の中で得物を持っている奴らが広場に乱入。SNSの投稿から見て付近にいた"政市会"関係者まで狩りだした。加えて、武装していない"政声隊"のデモに"政市会"も攻撃を仕掛けて、それぞれ報復し合って、広場に雪崩れ込んで……悪化の一途だ」
卵を思わせる輪郭の刑事が吐き捨てる。
「それから、駅前広場を中心にして争っている。俺たちは、どちらの政治団体も広場に押し込めて、拡散しない様にしているが……」
刑事の言葉に、ブルースが眉間にしわを寄せる。
駅前広場に通じる道路には、警察車両と"ワールド・シェパード社"の車両が並列に並んでいた。
救急車両や消防車も控えているが、その先で広がる炎や雷撃、叫び声が壁を作る。
その中で助けを待つ者に、手を差し伸べられないことへの悔しさが、それぞれの隊員たちから堀川にも伝わってきた。
ブルースと話していた丸顔の刑事が、会話を遮りパトカーに向かう。
「……何、是音台で、同田貫――火事――!?」
断片的に出た名前に、堀川の足は思わず刑事の方に向かった。
「同田貫くんに何かあったんですか!?」
無線で応答していた刑事が思わず目を見開いた。
堀川は戸惑う刑事を他所に、掴みかかる。
困惑する丸顔の刑事がブルースに助け船を求めた。
戸惑う刑事の反応を見て、冷静さを取り戻した堀川は周囲を見渡す。
ブルースはバツが悪そうにして、天を仰いでいた。
"ワールド・シェパード社"の隊員は犬耳兜で顔は見えない。
だが、彼の視線がどこかブルースの居心地を更に悪くしていた。
卵頭の刑事が出て来て、丸顔の刑事から無線を取る。
乱入してしまった恥ずかしくなった顔が、ブルースの眼に映った。
羞恥心が増し、丸顔の刑事から手を放すと、
「少し落ち着いて聞いて欲しい」
卵頭の刑事に両肩に手を置かれて、堀川は思わず向き合う。
「同田貫くんのお友達で……良いかな?」
刑事の声に、堀川は思わず頷く。
先ほどの緊迫した口調とは、似ても似つかない穏やかなものだった。
「先ほど入った無線は、同田貫 剛一さん……つまり、お友達のお父さんの事務所が火事になった……ということ」
穏やかな口調から語られた内容は、堀川が穏やかでいられる内容ではない。
少し前に話した、同田貫 剛多を取り巻く状況が最悪になったことの証左だった。
「焦るのは分かる……ただ、ケガ人はいない。お友達は……確か、同田貫さんの息子さんの名前、剛多くん……で良かったかな?」
卵頭の刑事の優しい問いに、堀川は首を縦にゆっくり振る。
内心驚いたが、焦りと言う焦りが堀川の身体の内から消えていった。
「彼の名前は無い。もちろん、彼のお父さんもお母さんも無事だ」
語られる内容に安心した。
同田貫自身を取り巻く現状が、堀川の中で突如、不安の間欠泉として上がる。
「でも……同田貫くんは、"政市会"で――」
「そちらも大丈夫」
卵頭の刑事が、相棒の丸顔の刑事に視線を促すと、
「ああ、今のところ……"政市会"と"政声隊"の関係者……どちらからも、君たちと同年代の子で、救急搬送されたという報告は聞いていない。この辺りで、逮捕されたという話も……もちろん、ない」
丸顔の刑事からの言葉に、堀川は脱力した。
友人がこの騒ぎを悪化させることはおろか、それで危険に晒されたこともない。
絶望感から解放されて、眼に熱い涙が出そうになると、
「はい」
堀川の目の前に、差し出されるハンカチ。
その色は、優しい空を思わせる水色。
「秋津……?」
ハンカチの持ち主の眼に映る、堀川自身の姿。
涙が止めどなく流れ、鼻水まで垂らしていた。
気恥ずかしさを覚え、ハンカチを思わず右手で取る。
取り方が乱暴だったのではと堀川は考えてしまったが、その時には両目の涙を拭っていた。
「……鼻水も拭いたら?」
「いや、汚いよ!!」
秋津の言葉に、堀川は思わず声を上げた。
不思議そうに見つめる秋津のつぶらな瞳。
堀川の鼻水が、目立っていた。
「……汚くないよ? 堀川くんが友達を心配しているところ……見られて、安心したな」
秋津の一言に、堀川は言葉が出ない。
それは、最悪な事態とかに直面したとかではない。
心の中が温まるようなものだった。
「……堀川。鼻水拭いて、あとで洗って返しときな?」
ブルースが優しく語りかける。
苔色の外套の青年は笑顔だった。
ただ、どこか目のやり場に困っている様に見える。
現に刑事二人組や、兜で顔は分からないが"ワールド・シェパード社"の社員も明らかに、別のところへ視線を向けていた。
堀川は、その様子に恥ずかしさと気まずさの混じった感情を覚える。
しかし、堀川にとって予想外なのが、
「ふぇ……!?」
言葉にならない、秋津本人からの声だった。
秋津の顔も、何故か赤面している。
「え……私、堀川くんに……!?」
今までのやり取りを思い返したのだろうか。
少なくとも、秋津自身が口にした言葉の意味を理解できている様には見えなかった。
意味を反芻した秋津の頭と首から下が赤くなる。
もし、漫画かアニメの世界だったら、秋津の全身から大きなキノコ雲が立っていたかもしれない。
「ちょっと待って……秋津……いや、その……もしかして――」
「ごめん、堀川くん……いや、『ごめん』というのは、そう意味じゃないけど……堀川くん……思ったよりも、頼もしくて……むしろ、鼻水だって本当に汚いとは思ってなくて――!!」
「秋津、これ以上言わなくて良いから!! それ……僕も恥ずかしくなる!!」
堀川は、同じく気恥ずかしさで直視できない、秋津から視線を外そうとする。
しかし、秋津も自分を直視できないので、視線の着地場所を探すことが困難だった。
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