不和―⑧―
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「"へルター・スケルター"の召喚……だと!?」
ロックはブルースの一言に、歯を食いしばる。
彼の告白によって、励起される衝動を抑えるのに必死だった。
「"命熱波"……なの、あれ?」
サキが思いもしない事実に、顔を蒼白させる。
「ああ……"愛されし者の右眼"に反応してただろ?」
ブルースがシニカルな笑みでサキに応えると、
「……待て、ブルース……それだと、"ベネディクトゥス"の説明が合わないぜ?」
一平が考え込んでから、疑問を呈する。
「確か、"命熱波"は"命導巧を起動させるための、特殊な人格と聞いたんだけど……」
「"へルター・スケルター"は……"独立した存在"に聞こえる……な?」
一平の言葉を汲んだ龍之助が、ブルースの語った内容を反芻している。
「ブルース、前に"命熱波"を"魂"とも言ってたな……」
一平が語る内容は、上万作市役所での戦闘だろう。
"政市会"と"政声隊"の戦闘に巻き添えになった者たちから、出て来た青白い何か。
「ちょっと待って……カナダでも、私……見たけど……」
サキが戸惑い、ロックを見る。
サキとバンクーバーで初めて会った時。
ロックが彼女を助け、バンクーバー市内に"ウィッカー・マン"が雪崩れ込んだ時だった。
同時に"ワールド・シェパード社"の兵士も"ウィッカー・マン"の犠牲者から、出て来た何かに市内が覆われていた。
「……一平、サキ……それも"命熱波"だ」
ブルースが首肯する。
「"命熱波"は……人間に流れる体内電気を"励起"させたものだ」
ブルースから語られる言葉に、龍之助の顔が蒼白になって、
「つまり……"リア・ファイル"によって、細胞内に流れる電気を"強制的に"発電させる……ということか!?」
「その通りだ……一つ加えるなら、"リア・ファイル"が体内電気を食らうと言っても良い……」
「どっちにしても……かなり、悪趣味な説明だね……」
サミュエルがブルースの説明に皮肉を吐き捨て、運ばれたマグカップを傾ける。
一口含め、マグカップの底でテーブルを叩くように置いた。
彼のマグカップの中のココアが水面を揺らす。
「ブルース……それだと、"命導巧"を使える……という部分はどうなるの?」
サキがブルースから肯定された部分を指摘した。
「サキ……"命熱波"は体内電気を励起したものだが、その中でも特殊なパターンのものがある……」
ロックはカナダで、自らの奥にいた存在を思い出す。
ブルースの眼に映る思案する自身を見ると、
「そう……お前等が、"命導巧"を使えるのは、"命導巧"に適合する――つまり、ロックの言う特殊なパターンの――"命熱波"を移植されている」
ロックの脳裏に浮かんだのは、"命熱波"――"洗礼者"。
仮初めの肉体に入れられていた"命熱波"の"アンティパス"。
カナダでの戦いで"アンティパス"の語った言葉が、ブルースの言う"魂"と重なり、ロックの心の中で重く圧し掛かる。
「それは、俺たちの使う"命熱波"の大元の人間がいる……ブルース、そういうことか?」
龍之助の言葉に、
「正確にはいた、じゃないの……ブルース?」
ブルースの回りくどさに不満を覚えたサミュエルが、彼の言葉の先を促す。
彼の眼には――敵意というよりは――ブルースの腹の底を抉り出さんという、義憤の鋭さが宿る。
ブルースが感情的になることなく、一息吐き出し、
「サミュエル、その通りだ……お前達の"命熱波"――その提供者は、全員死んでいる」
ブルースの言い方は、隠し事は無駄と悟ったのか、思い切ったように見えた。
だが、ロックはこれまでのやり取りから、まだ見えていない部分を問う。
「ブルース……じゃあ、"へルター・スケルター"は何者だ?」
"へルター・スケルター"が"命熱波"とするなら、そのベースとなった者がいる。
「……ロック、"命熱波"は何だ?」
ブルースに面を食らったが、
「確か、人間の体内電気を励起させた"魂"とも言える存在――?」
ロックは引っ掛かりを覚えた。
「……待て、励起させるということは……媒介がある!?」
ロックの言葉に対する反応は、意外なところから出た。
「待ってください……体内電気でしたよね、それって……"リア・ファイル"がその回路を作り出す……そういうこともあるんじゃないですか?」
アカリが挙手して言うと、キョウコが驚嘆した。
「その通りだ」
ブルースが肯定し、
「事の始まりは、2009年……日本の広島県で発掘された"遺跡"で発生した」
彼が言葉を紡ぎ始める。
「"遺跡"には"リア・ファイル"に限らず"UNTOLD"に関連した物が多く出土され、調査が行われようとしていた」
ブルースの言葉に、ロック達が息を呑む。
「しかし、そんな時……その"リア・ファイル"によって、"遺跡"にあったもの全てが掌握されるという事態が発生した」
「……それが、"へルター・スケルター"……?」
ロックは絞り出し、ブルースが首肯し、
「そうだ……しかも、"へルター・スケルター"を中心に世界中にある"遺跡"のコントロールすべてが掌握されてしまい、"ブライトン・ロック社"は混乱した」
ブルースの口調に淀みはないが、その内容には重さがあった。
ロックだけでなく、サキ達もその重さを噛みしめている。
「当然、"UNTOLD"に関係した組織も混乱を極めた……敵対している"ホステル"、"ワールド・シェパード社"に"望楼"……いずれかの組織と協力関係にある、政府や行政機関も例外なく」
ブルースが紅茶を飲み、口を潤している。
その傍らにある可搬型演算器の中のナオトの顔色が、真実の痛みに曇っていた。
「調査を進めると"へルター・スケルター"は意思を持っていることがわかり、"ブライトン・ロック社"はコンタクトを試みた……」
ブルースの額の脂汗が照り付ける。
「……それで、"へルター・スケルター"は?」
龍之助が身を乗り出すと、彼の側にいる赤い少女――"アイ"の顔に苦痛の色が僅かに表れた。
「"へルター・スケルター"は、一つだけ条件を出してきた……」
ブルースが紅茶の入ったマグカップをテーブルに置くと、
「"命熱波"が、肉体の体内電気を励起しているモノから作られた……だから、その容れ物に当たる肉体が欲しいと……」
ロックはブルースの告白に言葉を失った。
大袈裟ではないが、一瞬呼吸の方法を忘れたかのように、サキも口を開閉させている。
サミュエルとシャロンが、自分の組織の関与していた事実に呻いていた。
「……肉体だと!?」
「シンプルに、肉体があって"命熱波"がある状態だから、"命熱波"に合う肉体が欲しいってやつだ」
龍之助の抗議にも似た口調に、ブルースが肩をすくめる。
「……それで、提供したのか?」
ロックは口を重々しく開いた。
「『提供はする』……と同意した」
「ロック、止めて!!」
サキの制止する声が、"アルティザン"に響く。
気づけば、自分に向かって、龍之助と一平も椅子から立とうとしていた。
ロックは呼吸を整えると、ブルースに先を促す。
「渡すつもりはない。だが、"へルター・スケルター"を引き付ける為に、奴の求める肉体でおびき寄せる作戦を立てた」
ブルースの言葉に、龍之助の顔色が消えていく。
「待て、それでは……"その肉体"とは……!?」
振り絞るような口調の龍之助を、ブルースが見据える。
苔色の外套の男はやがて、上に目を向けた。
ロック達も、翡翠色の視線の先を辿る。
全員の視線が、赤い少女――"アイ"に注がれていた。
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