歯車は噛み合う―⑪―
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上万作市内 午後2時24分
「あれ、もしかして……サキ?」
河上 サキは、聞き覚えのある声に振り返る。
「確か……サミュエルとシャロン!?」
サキに話しかけてきたのは、二人の男女。
一人は、飴色のジャケットとパンツを纏い、髪を一房に結んだポニーテールの少年。
もう一人は、毛糸の帽子と、太腿まで覆う薄桃色のトレーナーの少女。
「サキ、久しぶりー」
桃色の少女が助走を付けて、サキに向けて飛び込む。
シャロンの両目に映るサキは、バックルを模したサシュベルトを腰に纏っていた。
両肩の空いたキャミソールに、薄い水色のハーフデニムを纏う自身の姿を確認すると、
「会いたかったよー」
上空からシャロンの抱き着きを受けた。
シャンプーと甘い香りで、酩酊しそうになるが、
「シャロンも久しぶりだね!!」
サキは堪えて、一言を絞り出した。
「サキ、シャロンにすっかり懐かれたね?」
「バンクーバー以来全く会ってないけど、そうなの?」
サミュエルの一言に、サキは驚く。
サキに抱き着くシャロン、そして、目の前のサミュエルとの出会いは3月の半ばのバンクーバーだ。
世間ではサキが解決したとされている、"バンクーバー・コネクション"。
しかし、サミュエル達の力が無ければ、それを成し遂げられなかった。
それくらい、彼らの存在如何で、事件の顛末は大きく変わっていただろう。
「同年代の女の子の友達が少ないからね……」
サミュエルの言葉を聞いていると、シャロンは頬を擦り付けて来た。
シャロンの華奢な肢体に、猫を思わせる動作と可愛さ。
可憐さを残す視線に、サキはどこか恥ずかしさを覚える。
「でも、一番はサミュエルだよー」
サキはシャロンの一言と、彼との視線に交わされたのを見て、
「えっと……」
「シャロン、ありがとう……でも、サキ、戸惑ってるし、疲れ始めているからね」
シャロンはサミュエルに言われると、一言謝罪してサキから離れる。
「……サミュエル、どこか怪我をした?」
サキは漠然とサミュエルに聞いてみた。
「……少しね」
サミュエルの顔が少し曇る。
ふと苦虫を嚙み潰したような顔を見てしまい、
「ごめん、サミュエル」
「気にしないで、サキ……ところで、こんなところで何を?」
サミュエルに言われて、
「今日、ロックと一緒に勉強をする約束をしているから」
サキが言うのは、マンションの前である。
ロックがブルースと住んでいると聞くが、来るのは今日初めてだ。
「もしかして……ここ? 奇遇だね、僕たちもここに用事があったんだ」
サキは、サミュエルの言葉に素っ頓狂な声を上げた。
「サミュエル達も、ロックに用事があったの!?」
「いや、兄さんじゃないけど、正確には……その保護者かな?」
サキはややあって、納得した。
目の前のサミュエルの双子の兄が、ロックだ。
兄弟自体、カナダのバンクーバーで再会したものの、水入らずの時間を過ごすことなく、サミュエルは出国したのだ。
「ということは、"望楼"関係?」
サキの問いに、サミュエルが曖昧に頷いた。
彼とシャロンの所属しているのが反"UNTOLD"組織――"望楼"である。
世界に様々なネットワークがあり、バンクーバーを拠点としたフリーペーパー"フラッシュ・オブ・ナノ"紙もその系列にあった。
彼らの活躍によって"バンクーバー・コネクション"の中心人物たちの外堀を埋めるだけでなく、すっぱ抜いたことで、高級紙として世界に、その名が知られることとなった。
「私が来るのは、ロック経由でブルースに伝わっていると思うけど……」
「大丈夫、ブルースは断ることはないから!!」
戸惑うサキを他所に、サミュエルとシャロンに抱えられて、マンションの入り口に向かった。
サキは、エントランス内の右隅にある、呼び出し用の鍵盤を見つける。
彼女は歩いて、鍵盤にロックの部屋番号を入力した。
ブルースの音声が出た。
「あ、ブルース……勉強会の件だけど」
『ロックから聞いてるよ……アイツおらんけど、待っていてねー』
「なら、その間にお話でもいかがかな?」
サミュエルが割って入ってきた。
シャロンはサミュエルの首から両肩を掛けて、抱いている。
しかし、二人の視線に、友好的な雰囲気はない。
ブルースの声の出るスピーカーと、彼が見ているであろうカメラ。
沈黙が流れて、
『わかった……三人とも上がれ』
サキを迎えた時と違い、ブルースの声は落ち着き払っていた。
「じゃあ、サキ、行こうか?」
笑顔のサミュエルに言われ、シャロンに押されながら、ブルースのいる部屋へサキは向かった。
※※※
サキ、サミュエルとシャロンが、ブルースに案内されたのは居間だった。
部屋としては、居間と台所が繋がっている。
中央の薄型受視機、その向かいにはソファと食卓が並ぶ。
サキ、シャロンとサミュエルの順で、三人掛けのソファに座っていた。
シャロンが真ん中となっているので、サミュエルが隅にやられている。
シャロンはさっきから、サミュエルの右肩から抱き着いて離そうとしない。
「お茶とココアが出来るまで、待っていてくれ」
ブルースの声が背後から聞こえた。
ソファの後ろに台所があるからか、棚を開く音が木霊する。
紅茶はサキが頼み、ココアはサミュエルとシャロンが頼んだ。
しかし、サキの隣のシャロンは、サミュエルと言う一番の存在に触れている筈なのに、どこか落ち着きがないように見える。
「なら、その間にイエスかノーで答えられるね」
サミュエルの冷徹な問いが、背後のブルースに放たれた。
ブルースは特に答えず、
「"ブライトン・ロック社"……"上万作の陰謀"に関わっているの?」
サキにとっては寝耳に水の問いだった。
しかし、サキ以外の三人は動じない。
場違いだと思って黙ると、サミュエルが続けた。
「事情通のブルースなら、分かっていると思うけど……それを告発しようとしたハチスカが昨晩死んだ……厳密に言うと、殺された! "望楼"のメンバーも道連れでね!!」
サキは思わず押し黙った。
報道関係は受視機、新聞に電脳世界と広く浅く触れるが、その話については聞いたことがない。
「ブルース、どこまで――」
「"その答えなら、俺は関わっていない……から、ノー」
サミュエルの詰問に、ブルースがようやく口を開いた。
「だが、"賢人会議"を始めとした、"ブライトン・ロック社"の"強硬派"が胡散臭いことをしている……エリザベスも真実を追及している」
サキは思わぬところで、友人の名前を聞いて驚く。
しかし、ブルースの言葉を反芻して、少し安心した気がした。
「彼女の名前を出すと言うことは、陰謀とは対立していると見て良いか……信じられないというのもせめぎ合っているけど……」
サミュエルがもどかしさに、項に掛かるポニーテールを弄る。
「色々なネットワークを持って、真偽を見極めているんだ……少し時間が惜しい」
「しかし、時間と相手は待ってはくれないよ……今回の事件に、"望楼"の"サマナー"だけでなく、反"サマナー"の強硬派も良い顔をしていない。"電脳右翼"、"電脳左翼"に加えて"ブライトン・ロック社"とも徹底抗戦しろと言う意見まである」
ブルースが肩をすくめると、来訪者を報せるチャイムの音。
彼が応対用のインターフォンで出迎えると、
「ロック、どうした!! もう一人!? ……まあ、いい、すぐに入れ」
ブルースの緊迫した声に、サキは身構えた。
「もう年末並みの忙しさだね? 少し早いけど"クリスマスの飾りつけ"、それとも"クリスマスの招待状"……どっちの方を手伝おうか?」
サミュエルの言葉に、サキの目の前でブルースが大きくため息を吐いた。
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