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一撃即死の英雄譚  作者: アイク


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4話

ギルドの扉は、朝の匂いを飲み込んでいた。


木製の大扉を押し開けると、暖炉の熱と、人の声が一斉に流れ込んでくる。酒の香り、汗、革の匂い。剣の鞘が床に当たる音。そこかしこで笑い声が弾け、掲示板には依頼書が釘で留められていた。


俺は一歩だけ足を入れたところで、思わず立ち止まる。


ここは“人が集まる場所”だ。つまり、目も集まる。


参謀は平然とした顔で肩を叩いた。


「自然に。堂々と。びくびくしてると、“何かある”って宣言してるようなものだ」


「俺のHPが一って宣言してるようなもんだろ」


「それは宣言してない。まだね」


まだ、が怖い。


受付カウンターの向こうにいたのは、髪をきっちりまとめた女性だった。制服の襟は正しく整えられていて、目つきは柔らかいのに、抜け目がない。手元の帳面をめくる指が早い。


彼女は俺たちを見るなり、にこりと笑った。


「おはようございます。ご登録ですか? それとも依頼のご相談?」


声が落ち着いていて、ギルドらしい。頼れる日常の匂いがした。


参謀が一歩前に出る。


「登録だ。新規。彼の方」


「承りました。お名前は?」


俺は胸の内側にしまった封筒の重さを思い出す。


「ナギ」


「ナギさんですね。身分証のご提示をお願いします」


俺が封筒を出すと、女性はそれを受け取り、封蝋の印を確認した。目が細くなる。指が印の縁をなぞり、紙の質を確かめる。確認にしては丁寧すぎる。参謀が横で欠伸をするふりをしている。


女性は顔を上げた。


「……仮登録証ですね。有効期限、十四日。神殿審査は未通過」


「ええ。事情があって」


参謀が即答する。


女性は頷くが、微笑みは崩さない。


「事情はお伺いしません。ただ、その場合は制限が付きます。高危険度の依頼は受けられません。あと、ギルド内の監査対象になります」


監査。監視フラグ。言い回しは違うが同じ匂いがする。


「それでも登録しますか?」


俺は参謀を見る。参謀は、眉をほんの少し上げた。やれ、という合図。


「……登録します」


「かしこまりました」


彼女は帳面にさらさらと書き込み、木札を一枚渡してきた。簡素なプレート。表にギルド印、裏に小さく番号。


「こちらが仮ギルド証です。次に、初回の適性確認を行います」


「模擬戦?」


俺がつい言うと、女性は少しだけ驚いた顔をして、すぐ笑った。


「いえ。今日は忙しいので簡易で。ちょうど良い依頼があるんです」


彼女は掲示板から紙を一枚取って、カウンターに置いた。


『市場通り:荷馬車の暴走。原因不明。被害拡大中。報酬:銀貨二枚』


「小事件……?」


参謀が首を傾げる。


女性が説明する。


「朝から三件目です。荷馬車が突然暴れ出し、人をはねかける。御者は制御不能。魔獣でもなく、馬も普通に見える。ですが、暴走は止まらない」


「怪異案件だな」


参謀が小さく笑う。


「うちの新人にちょうどいい?」


女性はにっこりしたまま頷いた。


「危険度は低ですが、放置すると怪我人が出ます。迅速に止める必要があります。ナギさん、よろしいですか? 初回依頼として」


俺の喉が鳴った。戦う相手が剣士や魔獣じゃない。それでも当たったら終わりだ。馬車の車輪に巻き込まれたら、HP1は当然ゼロだ。


でも、小事件はいい。街の中で“役に立つ人間”になれば、参謀の言う「社会に守らせる」作戦が動く。


「……やります」


「では、こちらの腕章を」


女性は布の腕章を差し出した。ギルド印。たったこれだけで、街の人間の態度は変わるらしい。


腕章を巻くと、参謀が囁いた。


「よし、ナギ。見せ場だ。君は避けるだけじゃない。救うんだ」


「救うって、俺はそんな立派じゃない」


「立派じゃなくていい。“目の前の損失を減らす”だけで英雄は生まれる」


参謀の言い方が、どこか冷たくて、でも優しかった。


市場通りは、すでに騒然としていた。


人が逃げる。果物籠が散らばる。叫び声。木箱が倒れ、リンゴが転がっていく。通りの中心を、荷馬車が暴走していた。


御者は手綱を引きちぎる勢いで引いているのに止まらない。馬は目を剥き、泡を吹き、四肢が勝手に跳ねるように走っている。


「あれ、馬が怖がってるんじゃない」


参謀が目を細める。


「操られてる」


「魔法?」


「たぶん。しかも、馬じゃなく車輪側に掛かってる」


暴走する荷馬車は曲がらない。直進して、人を撥ねる。


その進路上に、子供がいた。


転んだのか、足がもつれたのか。立ち上がれない。周囲の大人は一歩出ようとして、恐怖で止まっている。馬車が迫る。距離が詰まる。あと数秒。


俺の体が勝手に動いた。


考える暇はない。世界がスローモーションになる。車輪の回転。馬の蹄。地面に散ったリンゴ。子供の肩の震え。すべてが線になる。


俺は走った。


馬車へ向かうのではなく、子供へ。正面から入ると巻き込まれる。だから、斜めから。車輪の外縁が通るラインを読む。踏み込みのタイミングを合わせる。


「ナギ!」


参謀の声が遠い。


俺は子供の腕を掴み、引いた。体を抱えるようにして横へ転がる。


車輪がすぐ横を通り過ぎ、風が頬を叩いた。布の端が引っ張られ、肝が冷える。


擦過判定:無効化(残り 1)


残り一回。


俺は子供を盾にしないように抱えたまま、路地へ転がり込んだ。子供は目を見開き、息を飲んでいる。


「……だいじょうぶ。動ける?」


子供は頷くが、声が出ない。


俺はその背中を押し、路地の奥へ送り出した。次に顔を上げる。


荷馬車はまだ走っている。


止めなきゃ、次が出る。


参謀が駆けてきて、俺の隣で通りを見た。


「原因は車輪の軸だな。見ろ、あそこ。薄い光」


確かに、車輪の内側に淡い魔法の線が走っている。車軸を中心に、短い刻印のようなものが回転に合わせて点滅していた。


「魔法陣……?」


「小型の強制駆動。誰かが仕込んだ。馬は被害者だ」


「止め方は?」


参謀は一瞬考えてから言った。


「軸に触れて刻印を潰す。だが、触れるには車輪の内側に入る必要がある」


「つまり、当たったら死ぬ」


「うん。君向けだ」


「最悪の褒め方だな」


参謀は口元だけで笑った。


「やるなら一回。失敗したら押し潰される。だから成功する」


無茶を言う。でも、俺の身体はもう“行ける距離”を測っていた。


荷馬車が次に通りの角を曲がる。その瞬間だけ、車輪の内側が見える角度がある。そこに入る。指で刻印を潰す。ついでに、車輪の楔を抜く。そうすれば止まる。


「……行く」


俺が言うと、参謀は短く頷いた。


「俺は人払いする。進路に誰か入れたら、君の計算が狂う」


参謀は通りに飛び出し、両手を叩いた。


「どけ! 端に寄れ! ギルドだ!」


声が通る。あいつ、指揮が上手い。人が散る。進路が空く。


荷馬車が角に差し掛かった。


俺は走った。


車輪の回転を読む。踏み込みの角度を決める。地面の石の段差を避ける。回転の“隙間”に身体を滑り込ませる。車輪と地面の間。そこへ。


目の前で車輪が回る。木と鉄の塊。圧が怖い。怖いから、余計に集中する。


内側に刻印。淡い光。俺は指を伸ばし――


その瞬間、車輪の影から何かが跳ねた。


小さな針。糸に繋がれた針。車輪の内側から飛び出し、俺の手首を狙ってくる。


罠だ。


「っ……!」


避ける。だが避けたら刻印に届かない。刻印に届かなければ馬車は止まらない。止まらなければ誰かが死ぬ。


選べ。


俺は息を吐いた。


指先が針に掠める。冷たい痛み。


擦過判定:無効化(残り 0)


残りゼロ。


同時に、俺の指が刻印に触れた。


紙を破くような感触。光が潰れる。刻印が崩れる。車輪の回転が一瞬だけ鈍り、軸が悲鳴を上げた。


荷馬車が大きく揺れ、馬が前のめりになる。


「止まれ……!」


俺は地面を蹴り、車輪の外へ転がり出た。次の瞬間、荷馬車が横倒しになり、木箱が派手に散った。果物が宙を舞い、通りに雨のように降る。


静寂が落ちる。


人々の息を呑む音だけが聞こえた。


参謀が歩いてきて、倒れた荷馬車を見下ろし、俺を見た。


「ナイス。君、死なないね」


「当たり前だろ……」


膝が笑っている。心臓が痛い。さっきの針、掠めたのに無効化で助かった。だが、もう残りがない。


次は――かすっただけで終わる。


倒れた荷馬車の陰から、細い影が動いた。


フードを被った小柄な人影。手に糸を巻いた指。今の針の操者。


そいつは俺を見て、舌打ちした。


「……ちっ。壊された」


逃げる気配。


参謀が一歩前へ出る。


「犯人か?」


「違う。俺は……回収じゃない。雇われだ」


雇われ。仕込み。誰かがこの街で、わざと騒ぎを起こしている。


俺の視界の端で文字が点滅した。


事件:人為的

関連:台帳監視フラグ

推奨:追跡


参謀が俺の耳元で囁く。


「面白い。君の監視に合わせて動いてる匂いがする。つまり、君はもう釣り餌だ」


釣り餌。


俺は笑っていいのか分からなくて、息を吐いた。


「……追う?」


参謀は頷く。


「追う。だが君は当たれない。だから、追い方を変える。走って、読んで、先に回り込む。君の戦いは“当てる”じゃない。“逃がさない”だ」


犯人は路地へ消える。朝の街が、再び動き出す。


その背中を、俺は追った。

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