夜のシュラド2
ルイとカドモスがその方向を見ると、入って来たのは大柄な男一人と他男三人で、大柄な男が怒りで興奮している。両側にいる二人の男を振り払い、その頬は切れて血が流れていた。
床を踏み鳴らし威嚇する。歯茎が見える程、怒りに顔が歪んでいた。
「お前らが止めなけりゃあ成功してたんだよ!」
装備品が汚れているので動く度に床に土が落ちている。それを靴で踏みしめ、汚れが広がった。
「おい、落ち着け。宿についたんだぞ」
「うるせぇ!これが落ち着いてられるかっ!もう少しで手が届いたのにっ」
「止めろっ。落ち着け!」
そんな風に騒いでいる男達がいた。
うわぁぁ・・、血生臭い大きな男達が騒いでいるのを見たルイは嫌そうな顔をして、少しでも距離を取ろうと体を傾かせる。
怒鳴り声を上げる男を仲間が宥めようと頑張るが、効果はないようだ。
騒ぎは大きくなり建物内に響き渡る声のせいで、誰かが起きて来てもおかしくない状況になっている。血気盛んな冒険者が大人しく話し合いをするとはルイには思えなかった。
刃傷沙汰だけは止めてね、と思いながら階段から降りて来る者がいないか確認するが、今の所は大丈夫な様子。
人数が集まってくると収拾が付かなくなるので、ルイが警戒していると、大声が響く中、微かに別の声が聞こえた。
「え?」
ルイが声の主を探そうと振り返る。
そこで見たものは、カウンターに片手をついて体を持ち上げているカドモスの姿だった。
ルイは口を開け、驚きに目を見開く。
ゆっくりとした動作を無音でやるので感覚的には止まっているようにも感じる。
完全に片手で逆立ちすると、手首を回して方向転換し、そして指先に力を入れると体が空中に飛んだ。
カドモスは弧を描くように大柄な男の上に落下する。
肩を掴まれた男は気づく間もなく失神した。
反応する事ができず見守る事しか出来ないルイは、え?ええ??と頭の中で混乱しながら目の前の光景を見る。
カドモスは倒れた男の腰を華麗に掴んで床にぶつかるのを回避すると、丁寧に抱き上げ、鍵と共に仲間に差し出した。
「大変お疲れのようです。早めにお戻り下さい」
言われた三人の男は文句も言わずに謝罪すると、鍵と失神した男を受け取り、階段を駆け上がって行く。
静かに、とカドモスが声をかけると煩い音が止んだ。
何事もなかったかのようにカドモスはカウンターに戻って来ると、ルイに顔を向ける。
「体を綺麗にしてから布団に入って下さいね」
「は、はい・・ゼッタイニキレイニシマス」
どこからともなくハンカチを取り出して手を拭いているカドモスの表情はいつも通りで、普段と全く変わりがない。カウンターを挟んだ先にいるルイは気を抜くと無意識に距離を取りそうになるのを、強い意志力で押さえつけていた。
「じゃあ、ワタシは行きますネ」
普段通りを心がけていたが、油の足らない機械のようにギギギと音を立てるように体の方向を変えると、自分でも分からない内に手の指先を真っ直ぐにして歩く。
二階へ続く階段まで来るとルイは足を踏み外さないよう、一段一段しっかりと登った。
中程で立ち止まり、気を抜くように肩を落とす。
息を深く吐いてから、うっ、と鼻を手で押さえた。
「それにしても・・」
ルイは足元の現状に気づく。
土と血で汚れ、臭いも溜まっていた。
階段は非常に臭いが溜まりやすく、体に纏わりつくような淀んだ空気は外よりも重い。閉まっている窓を見ると、昼間は開いていたから臭くなかったのか、とルイは納得した。
汚れているのも見た事がなかったので、頻繁に掃除しているのだと感心していると、カドモスが帰ってきた冒険者に、外で泥を落とすように言っているのが聞こえてくる。
反論する事もなく大人しく従っているのが少しだけ見え、冒険者は汚れと臭いとは切っても切り離せないのだとルイは再確認した。
「部屋に入ってから扉の前に土粉を置こう・・」
どういう仕組みか分からないが部屋の中が臭かった事はないが、土粉は爽やかな匂いなので自分についた臭いも直ぐに取れる。
ルイは設置する気満々で部屋に向かった。
部屋に帰ってきたルイは急いで鍵を開け中に入ると、空間から取り出した小さな皿に、土粉を盛り塩のように乗せる。
問題なく効果を発揮し、幸せはここにあったとばかりにルイは大きく空気を吸い込み、生き返ったような清々しさを感じながら自然と笑みを浮かべた。
自分の服にも臭いがついていたので、床に布を敷いて服に土粉を擦り付ける。汚れはしたが臭いは取れた。
扉を開けてから直ぐに壁に設置されているランプをつけていたので周囲は明るい。
移動しながら他の二つあるランプもつけた。
椅子に座ったルイは採取したものをテーブルに出し、高く売れるといいなぁ、と眺める。宝石や適当に拾った色付きの石などを指先でつつくと、硬い感触と共にコロコロと音を立てながら転がった。
お金を手に入れたら次に何を買おう。そう考えるだけで元気が出て来る。
気力の湧いたルイは立ち上がった。
「よし、体を洗おう」
時間をかけずにサッと洗い流し、清潔な服に着替える。
戻ってくると、座っていた椅子とテーブルを綺麗にしてから収納から温かい飲み物を出した。
湯気の上がるコップをテーブルに置くと、椅子に座り身を預け、ゆっくりと飲む。喉を通って胃に入ると、体が熱くなり、自然とホッと息を吐いた。
今日の疲れがそれだけで少し取れたように感じた。
良い気分に身を委ねながら横に置いていた宝石を見ると、光があたり赤い色が輝いて見える。
他の色の宝石や、加工すれば価値のありそうな物もあるが、その中にはルビーの色をした針もあった。
ルイは足を刺されそうになった事も忘れ、爪楊枝にでも使えるかと思っていた物も金勘定し、高値で買い取って貰えると嬉しい、と妄想の世界に浸っていたが直ぐに現実に戻る。
忘れてはならない事を思い出し、眉間に皺が寄った。
「他の宿を探さないと・・」
高レベルの冒険者の怒鳴り合いや血と獣の臭いが充満する中を通って部屋に帰るなど想定外なので、もう少し穏やかな宿の方がいい。
一番最初の宿が空いていたらなぁ、とルイは考えるが人気の宿なので半ば諦めるように首を振った。
次の宿の予定はないので誰かに尋ねる必要がある。
この宿に泊まっているリジーとティモンが思い浮かんだが、冒険者である二人に聞くのも少し違うと思い、ルイは別の選択肢を考えた。
すると一つの疑問が浮かび上がる。
「人気と言えば、今いるこの宿も有名なのによく空いてたわよね。最初は格式も金額も高そうだし、人がいないってイメージがあったから簡単に来ちゃったけど、平気で入れるぐらい庶民的で綺麗なのよね。冒険者も沢山来るはずよ」
ルイの中では敷居の高いイメージがあったので空きがあると思ったのだが、実際に泊まってみるとお金さえあれば誰でも入れるぐらいの店のように感じる。
レベルの高い者達がいる事を除けば敷居の高くない良い宿なので、空いている事の方が不思議だ。
「まさか、私の前に泊まってた人が叩き出された・・とか言わないよね?」
怖い考えに行きつき、ルイの顔色が変わる。
カドモスの事を考えると、まったくの予想外れに思えなかった。
襟首掴まれて適当に外に出される冒険者の哀れな姿が思い浮かび、自分自身が怯えている姿まで追加され、その生々しさに背筋がゾッとする。
明日絶対宿を探そう、とルイは思った。
している事が間違っているとは全く思わないが、この宿にいる限り荒事が多すぎる。
戦わない優しすぎる人だらけの場所も簡単に犯罪者に飲み込まれ勢力拡大の手助けになりそうで怖いが、跳ね除ける力のある者と常に一緒にいる必要がルイにはあるか?と言えばそうでもない。
ゴミをその辺に投げ捨てていた人がどこかに連れていかれ、戻ってきた時に片付けしていたのを見た事があるが、道が綺麗なのもそれのおかげで感謝している。
感謝しているが、説得している様子を率先して見たいとは思えなかった。
「採取したものを売るついでに聞くのが一番良さそうね」
ルイは適当に考えながら椅子から立ち上がると、ベットにある小さなランプだけをつけて他の明かりを全て消す。
それからベットに横になった。




