第27話 目を覚ますと信じて
まず悲鳴を上げたのは侍女だった。
静寂を貫くような悲鳴ののち、「旦那様!」と執事が叫んで走り出す。同時に護衛騎士が風のように走ってアランを取り押さえた。
「ふざけんな! お母さんを、ば、バカにして! おまえなんかいらない! これもいらない! おまえなんか死ねばいいんだ!」
床に組み伏せられながら怒鳴るアランの横を、グロリアは小走りに抜ける。
幼いころから優しさという甘い飴をたっぷりと与えておいて、急に取り上げる。その残酷さに父は気づいていなかったのだ。
執務机の向こう側に倒れる父のこめかみからは、真鍮のクローバーの葉先が当たったのか血が滲んでいた。思ったより出血量は少ないが、目を閉じてぐったりしている。
執事の呼びかけに返事がない。胸が微かに上下しているから、意識はないが息はあるのだろう。
グロリアは小首を傾げた。
頭を打った人間を動かすのはよくないことは知っているが、父を慕う娘のだいたいはそんな常識を忘れてすがりつくものではないだろうか。
そして「起きてください父上!」と叫んで体を揺らすのだ。そうすれば目を覚ますと信じて。
「お嬢様! 揺らしてはいけません!」
執事に止められたあとも「父上!」と二、三回大きめに体を揺する。父のやや枯れた色の金髪がパサパサと床を打った。
善人の括りに入るであろうA子が動揺しているうちは、頭を打って意識不明の人間の体を揺らすというグロリアの行動も、他人から見てさほど不自然には映らないはず。
もしも脳に損傷があったとして、中途半端に口をきき頭が回るような状態で復活されると面倒だ――と、まさか父親にすがりつく娘がそんなことを思っているようには見えまい。
父親が倒れて動揺し、思わず我を忘れて怪我人の体を揺すってしまった娘に見えることだろう。
もうあと何回か揺らしておきたかったが、執事にきつく止められたのでしぶしぶ父から手を離した。
怒り狂って怒鳴るアランの向こう側から、微かに剣が鎧に当たる音がした。
もうすぐケイトが呼んだ護衛騎士か、騒ぎを聞きつけた別の騎士が執務室に雪崩れ込んでくるだろう。
それまでは父を動かすこともできないし、まさかアランに今どんな気持ちなのかを聞くこともできない。手持無沙汰だ。
グロリアは仕方なく、くわんくわんと小さな八の字を描いて揺れていた真鍮の花冠がゆっくりと動きを止めるのを見ながら、事態が動き出すのを待っていた。
そういえば前世でも義弟の部屋でこの花冠を見た覚えがあったことを、思い出してもいた。




