表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/99

3.もしもし?

 もちろん倒れている人影に駆け寄ったりしない。それどころか歩く速度を落として周りの様子を窺っていたりする。


 倒れている人が餌や囮の可能性があるし、罠かもしれないからね。

 その人が倒れた振りをしていて慌てて駆け寄った者を襲うつもりかもしれない。周りの草むらに仲間なんかが潜んで待ち構えているのかもしれない。

 今の状況なら用心するに越した事はない筈よ。


 なんて可愛げのない女だと自分でも思うわ。

 でもあのサークルにいたら、こんな考え方になるのも仕方がないわよ。彼も普段は優しいけれど、サークル活動の中では凄く意地悪だから。

 でもサークル仲間達はそんな彼の目論見なんかを平気でかわしてるもの。と言うか、なんであんなに裏の裏まで読むような思考が出来るのかな?

 おかげで私も考え方なんかは鍛えられたのかもしれないけれど。


 どうやら辺りに他の人達が隠れ潜んでいる様子はないようだ。

 倒れている相手から数メートル離れた所で立ち止まる。そして様子を窺う。

 仰向けに横たわっている。それにかすかに胸が動いているようだ。胸のふくらみから察するに女性らしい。

 どうやら死んではいないようだ。さすがにホッとする。


 たぶんだけど、ここって異世界よね。そこで最初に出会うのが遺体だなんて縁起が悪いにも程があるわよ。

 血に塗れている様子もないし、もっと近付かないと断言できないけれど怪我しているようにも見えないわ。

 それにしても、やっぱり地球じゃなさそう。現代地球で一体どこの女性が革鎧なんて着てるって言うのよ。

 ……夏冬に行なわれる祭典なんかにはいるかもしれないけれど。でもここはその祭典の会場って訳でもなさそうだし。


 そして倒れている相手に数歩近付いていく。

 と言っても、まだ二、三メートルは離れた状態だ。急に立ち上がって襲われても何とか対応できそうな距離だ。まだ敏捷性向上のバフは続いている。

 そしてそのまま倒れている相手を眺める。

 もし相手が倒れている振りをしていたとしても、さすがに焦れるくらいの時間は観察し続ける。


 うん、起き上がってくる様子もないわ。罠なんかじゃなさそうね。

 それにしても見事な赤毛ね。髪型はショートウルフ? ただざっくばらんに切っているようにしか見えないんだけれど。

 革鎧を着ているって事は冒険者とか探索者って言われるような仕事をしているのかな。そんな仕事をしていたら髪を長く伸ばしている訳ないもの。

 長い前髪なんて視界を塞いだりして邪魔になるだろうし、戦闘時に髪を掴まれでもしたら厄介だしね。


 革鎧の下に着ている服も肌を露出したりしてないみたい。染色もしていないシャツにパンツかな? ううん、ズボンって言った方が良さそうな感じかも。

 サークル仲間達も言ってたしね。

 異世界物のマンガやアニメに出てくるような格好はありえないって。

 戦士のように前線に立って戦ったりする者達や、冒険者なんかの探索を行う者達が、例え一部でも肌が露出するような装備を身に着ける筈がないだろうって。

 角張って出っ張りの多い鎧や肌を露出しまくるビキニアーマー、ひらひらのミニスカートやショートパンツにオーバーニーソックスとか、あんなの着たがる者なんている訳がないって。

 色々な物に引っ掛かったり、素肌を晒したりするような格好は避けるに決まってるだろうって。

 自身に防御魔法を掛けている? それなら鎧自体が不要じゃないのかって。


 ほんと夢も希望もないことを言ってくれるわよ。

 まあ仕方ないのかもしれないけれど。現代地球だって工場勤務の人達がどんな作業着を着ているのかを考えれば当たり前なんだけどね。


 けれど、そっか。彼女が着ているのは革鎧なんだ。と言うことは……近現代じゃないわよね。やっぱり中世ファンタジーな世界なのかな。

 まあ、女性が重い金属鎧を着たりするとも思えないんだけど。


 それにしても怪我をしている様子もないのに倒れてるのってなぜなの?

 空腹での行き倒れ? でも城壁が見えるような場所でしょ。一時間程度も歩けばあの城塞都市らしき場所に着くと思うんだけど。

 もしかしたら城壁が見えた途端に気が抜けて倒れこんじゃったとか?


 更に倒れたままの彼女に数歩近付いていく。もうほとんど上から見下ろしている状態に近い。

 それでも相手は起き上がってくる様子が無い。


 うわー、近くで見ると美人さんだ。ううん、違うわね。ハンサムって言った方が良いかも。

 胸のふくらみが無かったら美形の男性って勘違いしそう。身長も百七十センチを楽に越えてそうだもの。

 でもどうやら白人種のようだし、欧米の人達だと女性でもこの身長って珍しくないのかもしれないわ。

 赤毛のショートウルフカットも相まって男装の麗人って感じかな。

 やっぱりここってヨーロッパなのかな?


 少し躊躇ってから、その倒れている女性に声を掛ける。


「もしもし?」


 声を出してから気が付いた。


 あ! 日本語が通じる訳ないじゃない! でも、もしそうなら英語すら喋る事が出来ない私にどうしろと?

 ボディランゲージやジェスチャーなんかで会話しろって? それだって通じない方が多いらしいのに?

 良く聞くのが「おいでおいで」の仕草よ。

 日本なら手のひらを下にしてから動かすけど、欧米では手のひらを上にするらしいじゃない。欧米だと手のひらを下にするのって「向こうへ行け」って意味に取られるって聞いたわよ。

 自分を指差すのも日本では顔を指すけど、欧米だと胸の辺りを指すとかね。


 一声掛けてからすこし窺ってみるが、倒れている女性に気付いた様子は見受けられない。

 苦しそうな感じもしていない。それどころかすーすーと規則正しい寝息のようなものまで聞こえている。


 ……なんだろう、これ?

 この人は倒れているって言うより熟睡しているって感じ? なんで道の真ん中で警戒もせずに眠れるの?

 ならばもし異世界だったとしても、あまり厳しくない世界かもしれないわ。

 女性が革鎧を着ていてもおかしくもなんともない、女性冒険者や姫騎士なんかが当たり前のように存在している世界。妙齢の女性が道の真ん中で熟睡していられるような、まるで現代日本の常識や良識が通用するような世界。

 ここってそんなタイプの異世界なのかな?


 うーん、どうしよう。

 この距離、やろうと思えば害せるような場所まで近付いているって言うのに気付く様子もないってことは、凄腕の冒険者や兵士じゃないわよね。

 盗賊なんかがこんな無防備な訳もないし。


 しばらくその場で腕を組んで考え込んでいた。

 そして倒れている女性の寝息が聞こえなくなっている事に気付く。

 その女性は片目を開けて、腕を組んで考えている相手を見ているようだった。なぜか笑顔を浮かべているようにも思える。


 しまった! 女性だからって油断していた!

 相手は革鎧を着ているのよ。荒事に慣れていてもおかしくないじゃない。


 思わず数歩後ずさる。


「ふむ、どうやら盗賊なんかではないようだ。期待はずれだったかな。君はもしかして倒れている私を心配して近寄って来てくれたのかな?」


 倒れている女性が言葉を発する。

 そしてその言葉が分かる事に激しく動揺する。


 え!? え!? えええええ!? なんで言葉が分かるの!?

 どう考えても日本語じゃないわよね。耳から入る音だって日本語とは全く異なってるし、唇の動きだって違ってるもの。

 それなのに相手の言ってる事が分かるってなんなの?

 翻訳魔法? 言語理解? そんなのある訳が無いって思ってたんだけど。

 だって、言葉なんてただの空気の振動よ。耳に入った音は変わらない筈よ。なのに意味が分かるって、私の頭の中を弄られているって事になっちゃうじゃない。

 もしかして今の私のこの身体って作り物なの!? ううん、そんな筈ないわ。それなら疲れたりしないでしょ。


 私が発した日本語に反応したのかと思ったんだけど、どうやら違うみたい。彼女も転移者か転生者だと一瞬考えたんだけど。

 自分だけが特別な存在だなんて、そんな事は思ってないわ。

 サークル仲間の彼等も言ってたしね。

 もし転移や転生をしたとしても、転移転生者が自分だけだなんて思うなって。自分が主人公だなんて認識は持つなって。自分は転移転生者の中では一番の小者と考えろって。

 まあ、回復や支援系の魔法チートしか持ってない私が小者なのには違いないんだろうけれど。

 って言うか、なんで彼等って転移転生者が複数存在しているのが当然なんて考えてるんだろう?


 それにしても……この人って男言葉が似合ってるわね。どんな翻訳されているのか分からないし、本当は女言葉を喋っているのかもしれないけれど。

 赤毛のウルフカットに整った容姿。まるでウインクしているように開けた片目も似合ってて、道に寝転んでいるのに全然おかしいって感じがしない。

 それどころか、カッコいいって言葉がピッタリしている。

 そうね。赤毛のショートウルフカットって、サークル仲間で一番濃い人が教えてくれた古いアニメに出てきた女の子を思い出させるわ。ユリ……ううん、ケイだったかな?


 でも、この人って私が盗賊じゃない事を残念がってる?

 そりゃこんな綺麗というかハンサムな女の人が倒れていたら、どんな人だって寄ってくるかもしれないけれど。

 自分を囮にして盗賊退治をしていたの? 盗賊なんて複数人が組んでいるのが普通じゃないの? 周りに隠れている仲間もいないようだし、一人で倒すつもりだったの?

 彼女がただの馬鹿じゃないのなら、相当な使い手ってことになるわ。

 そして私が心配して助けに来たと思っているみたい。


 覗き込んでいた相手が数歩後方に下がり、それでも逃げようともしないのを見ていた倒れていた女性が再び声を掛けてくる。


「どうした? 君は言葉が分からないのかな?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ