表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/99

2.魔法らしいものが使える

「はあ!?」


 思わず変な声が口から漏れる。


 え!? 魔法!? えええええ!? たぶん魔法よね、これって!? なんで魔法が発動しているの?

 身体も軽くなった気がするし、体力が回復している?

 足の疲れもなくなっているみたいだし、怪我の治療じゃなくて疲労を回復しているの?

 でも、なんでよ。なんで魔法が使えるのよ。おかしいじゃない。

 ……やっぱりこれって夢? でも今まで明晰夢なんて見た事もないんだけど。


 少し考えてからバッグに入れていたペンケースを取り出す。

 所属しているサークルの都合から様々なシートに記入したり、それらのシートを切り取ったりする事が多い。だから普段から持ち歩いている。

 ペンケースからカッターナイフを取り出した。そして少し刃を伸ばす。

 ちょっと躊躇った後にカッターナイフを左手の甲に当てて軽く滑らせる。

 小さな切り傷が出来た。とっても痛い。薄く血も流れている。

 それでも痛みを我慢しながら先と違う別の言葉を呟く。


「リカバー」


 再び淡い光が現れて自分の身体を覆っている。

 先に見たのと全く同じ色合いの光だ。

 そして左手の甲に自分で付けた筈の傷が治っていく。あの鋭い痛みも感じなくなっている。流れ出ていた血も止まっているようだ。

 疲労回復だけでなく怪我の治療も出来るらしい。


 そして今度は何も言わずに頭の中で思い浮かべるだけにする。

 それでも今までと同じ淡い光が身体を包み込む。


 えええええ!? 呪文なんかは関係なくて効果を考えるだけで良いの? つまり無詠唱だって問題ないってことなの?

 うん、これは間違いなく夢ね。だって私が魔法使いの筈がないもの。

 男性だと三十歳まで未経験だと魔法使いになれるらしいけど。女性の場合は妖精だったかな? ……残念ながら彼も私もなれなくなってるんだけどね。

 って違うでしょ! まさか別の魔法も使えたりするの?


 道となっている土に向けて右人差し指を伸ばす。そして頭の中でファイヤーボールと唱える。

 何も起こらない。

 少しがっかりもするが続けてウインドカッターやミストフォッグ、アースシェイクなども効果を想像しながら小声で唱える。

 先程と同じく周囲に変わった様子はないようだ。風の刃も出なければ、霧も出ない。地面が揺れたりする事もない。

 軽く頭を振る。そして再びヒールと頭の中だけで考える。すると淡い光が自分の身体を包んでいた。


 うん、これは聖属性や光属性とか白魔術とか呼ばれるような回復系の魔法しか使えないみたい。

 ならばバフ系と言われるような身体強化関連の魔法も使えるのかな? 今欲しいのは体力アップのバフ?

 けれどそんな魔法あったかな? ヒットポイントとかHPと言われるものを増やせば良いの? それとも身体が軽くなるのって言うと敏捷性アップ?

 何か違う気もするけれど試してみようかな。


 座り込んだ場所から立ち上がり頭の中でそんな魔法を想像する。適当な名前が思いつかないために敏捷性の向上と考える。

 すると先までと異なる色の淡い光が身体を包み込む。

 一瞬息を呑んだ。

 そのまま軽く身体を動かしてみる。その場で駆け足も行なってみる。


 これは……効いているわね。こんなに素早く動けなかったもの。

 でもなんで白魔法使い、ううん、ヒーラーなの? 確かにゲームなんかでは支援系の魔法使いが好きで選ぶ事が多かったけど。


 そう言えばサークルの仲間達が言ってたわね。もしも異世界に行ったなら確認しておかなければいけない事を。

 これって夢だと思うけど……思いたいけれど……万が一のためにもやっておくべきだと思うわ。


 しっかり口に出しながら確認する。


「私の名前は和田裕子。二十四歳のOL。会社帰りで夜道を歩いていた筈なのに、気が付けば『ここ』に佇んでいた。早朝と思われる見渡す限りの草原を貫く一本道の上に」


 口にする事で改めてこれが夢なんかでない事が分かってしまう。

 二時間も歩き続けた事でうっすらとかいた汗を乾かして、更に上がった体温を下げてくれている柔らかく頬を撫でるそよ風。

 そしてそのそよ風によって奏でられる葉擦れの音が聞こえて、ふわりとそよぐ草原の香りも感じる。

 ここまで五感に訴えかけられると、これが現実でないなんて思えない。


「姿は元の世界のまま。神様や世界の管理者なんかには会っていない。たぶん転生じゃない。辺りには召喚主みたいな人もいなかった。召喚でもないと思う。おそらくは転移じゃないかな」


 会社では支給されている制服に着替えるので通勤時は着慣れたパンツルックだ。長袖のブルゾンを羽織りヒールの低いパンプスを履いた姿である。

 今の格好は会社帰りの姿そのままだ。スマートフォンの鏡アプリで着ている服も確認している。


 状況を口に出すのって本当に意味があるのね。頭の中で考えてるだけじゃ駄目なんだ。冷静なつもりだったけど、やっぱり焦ったり混乱していたみたい。

 今まで碌に考えもせずに歩いていたんだ、私って。


「なぜか……本当になぜかは分からないけれど……魔法らしいものが使える。どうやら回復系とバフ系の魔法だけのようだけど」


 これが一番分からない。なんで魔法が使えるの!?

 それも無詠唱が可能な魔法? 頭で考えるだけで魔法が発動する? どう考えてもおかし過ぎるわよ!

 神様みたいな誰かの意思が介入してる?


 えーと、なんだっけ?

 神様だか世界の管理者だかが説明してくれるなら問題ないけど、人間の召喚者なら気を付けろだったかな?

 九割以上の確率で召喚者は悪人だからって。相手の都合も考えずに喚び出すような者を信用できる筈がないって。

 言ってる事は分かるけどね。だってどう考えても誘拐とか拉致だもの。

 まあ、今の状況って召喚じゃないみたいだけど。


 理由が分からない場合は自力で還る方法を探すんだったかな?

 召喚魔法や時空魔法、同じような境遇の者を見付けるのが目的になるって言ってたなあ。


 それとチート能力があった場合。例えば魔法やスキルなんてものが備わっていたりした場合。

 絶対に自然に身に付いた訳じゃない。何らかの意思が介在している。たぶん神様にも等しい存在が関わってるって。そして何かをさせたいんじゃないかって。

 それなのに託宣も指示もないならば、そんな技能を与えてくれた存在でも無視した方が良いって言ってたわね。

 サークル仲間達は神様なんかでも信用できないって言ってたもの。


 そのスキルなんかも遠距離攻撃や範囲攻撃、麻痺や睡眠の魔法が役に立つって熱く語っていたなあ。

 回復系の魔法なんかでも、応用すれば睡眠や麻痺の代わりが出来るって。デバフ系、身体異常を起こすような魔法の代わりになるって。

 サークルの主催をしていた彼は、そのことを聞いてなにかを考え込んでいたみたいだったけど。

 うん、私の魔法って聖属性か白魔法みたいな治癒系の魔法みたいだし、そういう方向で考えた方が良いかもしれない。


 そして身に危険が迫った場合は絶対容赦しないようにすべきだって強く念押ししてたっけ。相手が獣でもモンスターでも……たとえ「人」であっても。

 人を殺すくらいなら殺される方がマシなんて脳みそお花畑な平和主義者、と言うより自殺志願者ならば即自決しろだったかな?

 女性でそんな考えを持ってたら確実に碌な目に遭わないぞって。まだ死んで戻れる可能性に賭けた方が良いって。

 どうせ壊れるのなら相手を殺してでも尊厳を護って歪む方がマシだって。

 まあこんなサークルに入る女ならそんな心配はないだろうけどなって、それ絶対褒め言葉じゃないわよね。


 けれどサークル仲間達って、なんで異世界についてそんな風に言い切れるのだろう。頭の中で想像しただけとは思えないような気がするんだけど。

 もしかして彼等って異世界に行った経験があったのかな? ……なんてね。そんな訳ないわよね。


 しばらくその場で口に出して状況確認をしていると汗も引いてきた。身体の疲れなんかはヒールの重ね掛けのおかげかなんともない。

 どうやら敏捷性向上のバフ効果はまだ続いているようだ。

 少しだけ考えるが今までと同じ方角に進むしかないらしい。覚悟を決めて草原をまっすぐ貫く道を歩き出す。


 一時間毎に休憩を挟みながら、それでも現状を口に出して確認してから三時間、「ここ」に来てからだと計五時間ほど歩き続けている。既にお昼近いと言っても良い時間の筈だ。

 ようやく先の方の景色が変わった。

 そう、はるか先のほうに城壁らしきものが見えたのだ。まだ五キロ以上は離れているだろう。それでも人工物らしき物があるのだ。

 適宜ヒールなんかを掛け続けているので身体の方は疲れ知らずだ。

 マジックポイント? メンタルポイント? そんなものを使う事で精神的に疲労しているのかとも思ったけれど、そんな様子も感じられない。

 身体や精神の疲れから来る願望や見間違いではないようだ。

 再びペットボトルを取り出して一口だけ水を飲む。


 あれって城壁よね。周りに城下町みたいな物も見当たらないし、お城だけがぽつんと建っている訳じゃないわよね。

 それにこの距離からでも分かるわ。相当な高さと広がりを持っているって。

 街全体を囲んでいるのかな? ああいう形態してるのって城塞都市って言うんだったと思うけど。もしかしたらここってヨーロッパなのかもしれない。

 でも街まで五キロくらいの距離なのに、その街まで続く道が舗装もされてないって言うのはやっぱりおかしい気がするわ。

 本当に中世ファンタジーみたいな異世界なの?


 ……それに見えない振り、気付かなかった振りをしたかったんだけど。

 あの道の先に倒れているの、あれって「人」だよね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ