覚(サトリ)3
「悲しい夢かぁ。この夢はあんまり味がしないねぇ」
と小鬼が言った。
「そうだねぇ。もっともっと悲しくて怖い夢の方が美味しいのにね」
「でも凄く泣いてるよ。悲しいんだねぇ」
「きっとつらいんだ! こんなに泣いてるんだもんね」
「鴉のあにさんに頼めばいいのに」
夢の中で追い詰められて泣いている裕子の枕元に小鬼達がいた。
悲しい気持ちに引き寄せられて、その悲しみをつまみ食いしている。
笛を吹き、バチでそこいらをトントンと拍子をつけて叩く。
それに合わせて歌を歌う。
それが小鬼達の美味しい宴会である。
その歌に合わせてぴょんぴょんと跳ねて踊るのは目々連の末っ子目玉だ。
最近は末っ子も小鬼達にくっついて遠出をするようになった。少しばかり技量が上がって仲間の目々連から離れても通信が可能になったからだ。
居場所や映像を仲間に送れるようになり、はぐれてしまっても行方不明の危険が去ったからだ。
小さい蔵ぼっこの小鬼達とはウマが合うのか、鴉の工房でもよく遊んでいるし、こうやって食べ歩きにもついて行けるようになった。
その小鬼達を見つめている瞳がある。
小鬼達も末っ子目玉も宴会に夢中だ。
箪笥の上の暗闇からじっと見つめている二つの金色の瞳。
小さいオレンジ色の明かりが灯った薄暗い部屋で裕子は眠っていた。
そのすぐ側の箪笥の上に潜む者に小鬼達は最初から気がついていなかった。
その金色の瞳を持つ者は一番よいタイミングを狙っていた。
何匹かが舞い踊る中で、一番捕らえやすい者を探っていた。
あの目玉か? いや、あいつは動きが素早そうだ。
あの笛を吹いている者か? それとも歌っている奴か?
やがて一匹の小鬼に焦点を合わせたその者は、戦闘態勢に入った。
姿勢を低くし、タイミングを計る。
小鬼達は舞い踊り、歌い、食べるのに夢中で気がつかない。
そして金色の瞳を持つ者が狙いを定めた小鬼へ飛びかかった。
真夜中、鴉はもちろん、本来なら睡眠など必要もない柄達もすやすやと眠っている。
真っ暗な闇の中で静まりかえっているその中で、
「ピューーーーーーーーーーーーー」
と声がした。
その非常ベルのようなけたたましい声に鴉も柄達も全ての目が一気に覚めた。
「なんや!」
慌てて身体を起こす鴉、それと同時に末っ子目玉の危機とばかりに目々連がこぞって鴉の身体から抜けだし、全ての目玉が合体し超巨大なひとつの目玉になった。
「何やねん、また末っ子か!」
暗闇の中で巨大目玉が通信を開始した。
末っ子視界を共有するのだ。
真っ暗な部屋の壁をスクリーンとし、末っ子の見た映像がそこへ映し出されるのだ。
まず映ったのは何かに飛びかかられた一匹の小鬼だった。
「ギャー」
と小鬼が叫んだ。いきなり闇から何者かが飛びかかってきたのだ。
そいつは鋭い牙と爪を持ったオレンジ色の猫だった。
「猫だ! やばい! 逃げろ-」
無事な者は一目散に逃げ出した。末っ子目玉も必死でぴょんぴょんと飛んで逃げた。
だが一匹だけは捕まってしまった。
歌を歌っていた小鬼が猫の鋭い爪にひっかかっている。
「あ、あ……」
猫はぽとんと小鬼を下に落とした。それっとばかりに逃げ出す小鬼。だがまた鋭い爪に捕まってしまう。猫は完全に遊んでいる。
「やめろーーー!」
バチを持った小鬼が猫の方へ突進する。
小さいバチで猫の身体をぽすぽすと叩くが、分厚い毛皮の猫には通じないようだ。
他の小鬼達も出てきて、猫を蹴り飛ばしたり、殴ったりするが、その度に猫は攻撃対象を変えて小鬼のどれかを囓ったり、爪で引っかけて飛ばしたりする。
小鬼達も飛んだり跳ねたりして攻撃に転じ、バチを持った小鬼が猫の目をめがけて飛び上がった。狙ったが的は外れ、猫の目の横をすれすれにかすった。
興奮してきた猫が「ウーーーーーーーーウアナウナウヌア」と唸りだし、その声に眠っていた裕子が反応した。
「……ん。何? どうしたの? レオ?」
目をこすりながら布団から身体を起こす。
「やばい!」
小鬼達は慌てるが、猫のレオに一匹捕まっているのだ。
「レオ? どうしたの?」
裕子は立ち上がって、部屋の電気をつけた。
小鬼と末っ子目玉はさっと家具の影に隠れたが、一匹だけレオに咥えられている小鬼だけは明らかに裕子に見つかってしまった。
「何を咥えてるの? お人形? あら、レオったら目の所を怪我をしてるじゃない。どうしたの? ねえ、何を咥えてるの? 離しなさい」
裕子に無理矢理に口を開かされたレオはぽとんと小鬼を離した。
小鬼は猫の牙が身体に食い込んで、怪我をしていたのですぐにその場から逃げる事が出来なかった。
裕子は不思議そうな顔で小鬼を拾い上げた。
(人形のふりをしろよ!)
と仲間の小鬼達は念を送ったが、
「痛いよ……痛いよ……酷いよ」
と小鬼は泣き出してしまった。
「え?」
裕子は自分の手の平の中の小鬼を見つめて、
「生きてるの? あなた、誰?」
と聞いた。
「ぼっこ」
と小鬼は小さな声で答えた。
「ぼっこ?」
「うん、ぼっこだよ。猫が囓ったんだよ。酷いよ、痛いよ」
「ああ、レオがごめんなさいね」
「帰る、帰る」
小鬼は裕子の手の平の上で転がった。
「どこへ帰るの?」
「鴉のあにさんのとこさ」
「鴉のあにさん?」
「うん」
そこまで見てから鴉が巨大目玉に、
「もうええ。おい、すぐさま引き上げてくるように言えや。末っ子もぼっこも!」
この上なく不機嫌そうな声で鴉が言った。
「猫に囓られたくらい何でもないやろ!!」
小鬼達と末っ子目玉が戻るまで、その場はシーンとなって誰も動かなかった。
小鬼が出かけて行って人間の悲しみや憎しみを喰らうのは勝手だが、鴉の事はくれぐれも口走るなと言い聞かせてある。
それでも知能の低い小鬼では何を言っていいのか、悪いのかが理解出来ていない。
駄目だと言われたこともすぐに忘れてしまう。
それでも食べ歩きを黙認していたのは、深夜にこそこそと出かけて行き人間が眠っている時間にそっと情念を喰らい人間に見つからないうちに戻ってくるからだ。
人間とそれから猫や犬は天敵にも等しいので、絶対に見つかるなとも言ってあるのだ。
やがてしょんぼりとした様子で小鬼達と末っ子目玉が戻ってきた。
「お前ら、人間や動物に見つかるなってあれほど……?? おい、一匹足りんぞ」
鴉の前に頭を垂れているのは、笛を背負った小鬼と後は三匹、そして末っ子目玉。
バチを持っている小鬼が逃げ遅れて戻ってきていない。
「逃げられなかったの」
「うんうん」
「怖かったね」
と小鬼が言った。
「はあー」
と鴉が大きなため息をついて頭をかいてから、
「しゃあないな」
と言った。
「え」
「自力で戻ってこれたらええけど。戻れんかったら諦めろ」
と言う鴉に、
「そんなー」
「ひどいよ」
と小鬼達がぴょんぴょんと跳ねて抗議する。
末っ子目玉の一緒になって跳ねている。
バン!と鴉が机を叩いた。
その大きな音に小鬼達はびくっと動きが止まる。
「人間や動物には絶対に見つかるなと言うてあるはずやな? 言うことを聞けんのやったらどこへなりとも出て行け。お前らにここにいてもらわんでも俺はちっとも困らん」
と冷たい声で鴉が言った。
「寝る」
鴉は立ち上がり、怒りの気をぷんぷんと発しながら部屋から出て行った。
(しょうがないねぇ。逃げ遅れたぼっこの事はあきらめな……)
その場に残った鬼子母神が言い、それ以外の柄達もうんうんとうなずいた。
(助けてやりたい気持ちは分かるけど、あにさんがアカンと言うてるからな。お前らまで追い出されるで……)
(ここを出て行く当てもないなら、あきらめなよ)
と声がする。
四匹の小鬼と末っ子目玉はしくしくと泣き出してしまった。




