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KARASU  作者: 猫又


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颯鬼と磯女 5

「いらっしゃいませぇ! あら、鴉のあにさん、お久しぶりですこと~~」

 と磯女が愛想良く鴉に言った。

 鴉は店の中を見渡して、

「繁盛してるて噂やけど、そうでもないやんけ」

 と言った。

 開店しているはずだが、客は数名しかおらず、それもどこかで見たような妖の匂いがする者ばかりだった。上手く人間に化けてはいるが、同胞は気配で分かる。

 しかし鴉とともに店になだれ込んできた鴉の図柄が数十名いたので、賑やかしにはなった。

「今日は颯鬼の旦那の貸し切りだもの」

「貸し切りぃ? 豪勢なこった。で? 大盤振る舞いの本人がおらんやんけ」

 鴉は空いている四人がけの椅子に座った。

「ちょっとご用事に行ってますよ」

「磯女、酒くれや。お前らも今のうちに目一杯飲み食いしてやれ。これこそ鬼のいぬ間の何とかや。けっけっけ」

 と鴉が漂う妖達に言うと、わっと歓声が上がった。

 だが磯女は両手を合わせて申し訳なさそうな顔で鴉に、

「すみませんね、しばらく待っていただけます? 事が終わったらたらふく飲んでいただきますからぁ」

 と言った。

「何やそれ……」

 テーブルに頬杖をついた鴉の視線がふいと店内を一周し、カウンターの奥の方で立っている娘に止まった。

(あにさん……あの娘、悪霊憑きやわ)

 鬼子母神が出てきて鴉の側で言った。

「まじか、自殺者の烙印つきやんけ。質の悪い」

 鴉はけっと言った。

 カウンターの中で磯女の手伝いをしていた月子の側にはやはり安田がへばりついている。これだけの数の妖が店に充満していても安田には何の興味もないようだ。

 ただただ、月子の側で彼女だけを見つめている。

「颯鬼が悪食を持ってったのはあいつを喰わすためか。もう遅ないか? あの娘、身体半分、悪霊に持ってかれてるで。悪食はアホやから、あの娘の半身ごと喰らうやろうな」

 と鴉が言った。

「鴉のあにさん、本当ですか?」

 心配そうな顔の磯女が鴉のテーブルへ小走りにやってきた。

「月子ちゃんごと? なんとかなりませんの? 月ちゃんまで……」

「月子? 月子って言うのか、あの娘、へえ」

 と鴉がにやりと笑った。

「颯鬼の旦那が言ってました。月子ちゃん、自分でも死んでしまいたいくらいな気持ちなんですけど、死んだら思う壺だって」

「そやろうな。死んだ瞬間にあの悪霊に取り込まれ、仲良くくっついて永遠に彷徨うだけや。ぱっと見でももの凄い執着を感じる。これだけの妖が集まった場所で全然ひるまへんてすごないか? あの娘からあれを引きはがすんは面倒やし、あの娘を避けて悪霊だけを喰らうなんて芸当は悪食には出来ん」

(惨い話やなぁ)

 と声がして、磯女が振り向くと青女房がふらっと姿を見せた。

 同時に店の入り口が開いて浅田が入ってきた。

「ただ酒が飲めると聞いて来ました」

「金蔓がどっか行っておらんからお預けや。お前、払え」

「え、マジスか。ただ酒と聞いて財布なんか置いてきましたけど」

 と浅田が答えて、鴉はちっと舌打ちをした。

「人間の娘を助けてやるなんて颯鬼のだんならしいけど……悪霊憑きの人間なんかそこら中に腐るほどいてる……いちいち助けてたら身がもたんでぇ」

 と青女房が呟いた。

「本当にいい娘だからあたしが無理言ってお願いしたのよ」

 と磯女が言った。

「颯鬼のだんなは優しすぎるんじゃ。人間なんか放っておきゃええのに」

 と青女房が気に入らないような口調で言った。

「いいじゃないの。颯鬼の旦那のする事に口出ししないでちょうだい。人間界で生きてるとね、いろいろあるのよ。人間とうまく合わせて生きていく為には否応なしに関わり合いにならなきゃならない時もあるの。そういうあんたは、ふらふらと人間の背中で遊んでるだけで、あにさんの役にも立ってないくせに。そのくせただ酒を嗅ぎつけてたかりに来て偉そうに言わないでよ」

 と人間世界で長い間生きてきた磯女は理屈が達者である。

「なんやと? わしがあにさんの役に立ってないやと?」

 と短気な青女房がむっとする。

「そうでしょ? 毒気も抜かれて、柄になる事も出来ない今じゃただのおしゃべり人形じゃないの」

「貴様……」

 睨み合う青女房と磯女に、

「お前ら、うるさい。酒も飲めんのやったら帰るで」

 と鴉が言った。

 ただ酒もただ飯もいつになったらありつけるのか、期待してやってきた妖達も空腹だし手持ち無沙汰だし、でふわふわと店の中を漂ってはいるが、退屈げである。

「浅田、お前、元ホストやろ? あの悪霊憑きの娘、口説いてこい」

 と鴉が言った。

「ええ? い、嫌ですよ。悪霊憑きの女なんて」

「あの娘を上手く口説けたら、あの悪霊の意識がお前に向くやろ」

「そ、そしたら俺に取り憑くんじゃないんですか?」

「そこを取り押さえたらええやんけ。犬神とか力の強いもんが行ったら」

「大丈夫ですか?」

「知らん」   

「え、えええ。そんな」

(あにさん、それは無理じゃないだろうか。俺が見るにもあの悪霊はあの娘から簡単には離れないだろう。魂の一部まで掴んでいるようだから)

 行儀良く鴉の足下で座っていた犬神が口を挟んだ。

「魂ねぇ」

(だが挑戦してみる価値はある。あにさん、上手くいったら、三億の借金を減らしてもらえるか?)

 と犬神が言ったので、鴉は面白そうな顔で、

「ええで。頑張れ」

 と言った。


 犬神はその場で身体を起こして前後にのびをし、シルバーグレーの毛皮をぶるぶるっと振るった。

 カウンターの中で月子が磯女に言われて煮物の鍋を見ていた。

 大きな宴会が始まると聞いて、その準備の手伝いに来ていた。

 店にくれば安田の姿が少し薄くなったり、時には消えて見えなくなる。

 だから月子はこの店に入り浸るようになっていた。

 会社で月子をいじめたお局は怪談から落ちて骨折し、月子を叱った課長は車にはねられた。月子を食事に誘った若手営業マンは大事な書類を無くして、商談を失敗した。

 それもこれも全てが月子と関わりをもったせいだと噂になっている。

 死んだらそれこそ思う壺だと磯女に言われて、自死も思いとどまっている月子にはもうここでそれこそ永遠に隠れているしかない。

 

 この店にはそれ以外にも不思議な事はたくさんある。

 客がいなくても話し声がしたり、奇妙な格好で水槽に手を突っ込んで生魚を捕って食べては磯女に怒られるような得体の知れない客だとか。

 もちろんそんな客ばかりではないようだが、時折正体不明の者がいるのだ。

 そんなおかしな客が多いけれど、それでも月子に憑いた安田よりはマシだった。

 ただじっと月子を見つめている。

 血だらけの醜い姿で。

 安田は月子の気が狂い、自死するの待っているのだ。


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