定められた落日。
千年王国歴千十四年十月二十四日。同じく戦乙女歴十四年十月二十四日。
クリエムヒルトは空をかける十二ダースの天の騎士が消え去った時、敗北を知った。ニーベルンゲンの柱石にして最高の聖騎士が破れたのだ。全ては終わったのだ。だが、だが、彼女の戦いはまだ終わらない。彼女はまだ血に飽いてはいなかった。クリエムヒルトは栄光騎士団の長フォルケールに声をかけると言った。
「あなたの親友ハゲネは死にましたよ。あなたも行きたいのでしょう?」
「王の命があるゆえ」
栄光騎士団の白銀の鎧が輝いた。真っ赤なマントが風に翻った。そしてフォルケールはその白銀の鎧の腰に下げられたヴァイオリンを悲しそうに撫でた。
「私は、あの勇士のことが嫌いでした」
「あいつも同じくらい嫌っていたことでしょう」
クリエムヒルトは小鳥のように笑った。栄光騎士団が魔剣バルムンクの創り出した影法師と一進一退の攻防を繰り広げていた。選り抜きの騎士たちはさすがに頑強だった。だが、相手は膿まぬ疲れぬ影にすぎない。破られるのは時間の問題だった。
「フォルケール。ニーベルンゲンは決して滅びない。何度でも蘇るのです」
「きっと歴史書をひもとく度に蘇り、終わりと共に滅ぶでしょう」
フォルケールが歌うように言った。クリエムヒルトは言い得ての妙を感じたのだろうか。ただ、笑いを漏らしていた。
「あなたもそうなるでしょう。フォルケール」
「あなたは奇跡の担い手だ。クリエムヒルト。ここには神から使わされたブリュンヒルドさえもいた。だが、それでもブルグント城は陥落する。あなたは、これをどう読み解きますか?」
クリエムヒルトは答えに窮していた。神は千年王国を維持し、ニーベルンゲンは神に愛されていた。そもそも神槍ロムルスを王弟ギーゼルヘルに授けたのが誤りだった。だが、今更過去を、彼女が大人になる前のことを思い出して何になる。父は平等に子を愛し、平等に遺産を分けた。その結果がこれだった。それにしても、王弟ギーゼルヘルがブルグント城の後詰にその身を賭けきれなかったことが恨まれた。クリエムヒルトもこの城が最後を迎える今になって城内で激しく非難する言葉に同意せざるを得なかった。王弟ギーゼルヘルはまぎれも無い不覚人だった。
「それは…」
彼女の返事を遮るように遠くの空で莫大な火の粉が舞ったかと思うと、信じられないことに山が溶け、大地が裂けた。戦略級の奇跡であり、魔術だった。クリエムヒルトは思わず十字を切っていた。見ると続いて山の跡には巨大な台風が発生して全てを巻き上げ、裂けた大地には洪水のように水が押し寄せて来ていた。何時の間にかフォルケールがふてぶてしく笑っていた。
「あれほどの御業を仕えるのはブリュンヒルド意外にはいますまい。そうすると相手も相当な高位悪魔でしょう。ですが神が使わしたブリュンヒルドはまだ諦めていないようです。我々も最後まで諦めないことにしましょう」
フォルケールはそう言うと聖なる剣ミスティルテインの柄に手をかけて影法師との斬り合いに参加した。そうして話し相手もいなくなったクリエムヒルトは十字の魔法陣に金属粉を振りまく作業に戻った。ニーベルンゲンは終わるだろう。ブルグント城は陥落する。だが、クリエムヒルトのニーベルンゲン人たる熱い血潮が告げていた。最後を見たければ見よ。全て殺してやる。滅ぼしてやる。絶望を与えてやる。彼女は奇跡の担い手だった。法則を捻じ曲げる荒っぽい奇跡の使い手だった。十字架を背負った審判を告げる者だった。彼女は知らない。神の失われた千年紀の悲惨さを。歴史書にはこう書かれるだろう。
『ワルキューレの侵攻を受けたグンテル王の時代に神に見初められた憐れな女がいた。名をクリエムヒルトと言う』
きっとこんな出だしだろう。そう思うとクリエムヒルトは嫌応無く胸が一杯になるのだ。国を滅ぼすとき、やはり、支配しているのは不覚人ばかりなのかもしれない。王弟ギーゼルヘルを筆頭に、グンデル王も、そしてクリエムヒルト自身もまた不覚人なのかもしれない。クリエムヒルトは思っていた。天国で会った時、私たちはどんな言い訳をし合うのだろう。そして父に対しては? 祖先に対しては? ニーベルンゲンの辺境では同じく奇跡の担い手たるブリュンヒルドが戦っているはずだった。彼女のような圧倒的な力があれば。クリエムヒルトは思わずにはいられなかった。




