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切り取られた色  作者: 本郷透
12/14

12色目-家族-

「また来ますね。文化祭が終わったら。よければお二人もいらっしゃってください。今年の展示には自信があるので是非とも見て欲しいんです」

「ハハハ。そんな敬語使わなくてもいいよ。どうせすぐに家族になるんだ。そんな堅苦しい言葉なんて使わなくてもいいじゃないか。私のこともおじさんと呼んでくれると嬉しいな」

「私のことも遠慮なくおばさんと呼んで頂戴、梓くん」

「――ッ!! はい、おじさん、おばさん。明後日からの文化祭、遊びに来てください!!」

「勿論、招待されたからには行かないわけにはいかないよ。楽しみにしている。それじゃあ、暗いから気をつけて帰るんだよ」

 しばらくの談笑の後にぼくらは帰宅した。楽しい話をしているとついつい時間を忘れてしまって気づけば外は暗くなっていた。それほどまでにあの人たちは気さくだった。

 再び涙が零れそうになるのを堪えて元来た道を帰る。街灯もないその道は迷わないかと心配だったけど、美影は慣れた様子ですいすい歩いて行ったからぼくもその後ろをついて行って迷わず帰ることが出来た。


 そして文化祭はあっという間に終わった。

 おじさんとおばさんも来てくれた。ぼくらのクラス展示を紹介したらとても褒めてくれた。楽しい時間はあっという間に過ぎてあとはもう後夜祭を残すのみだった。


「美影」

 クラスの輪から外れて一人で飲み物を飲んでいる美影を探し出して声を掛けた。

「どうしたの? 梓。みんなと一緒に居なくていいの?」

「うん。疲れたから少し休みに来たんだ。ここ、案外誰も知らないからさ」

 美影がいたのは屋上だった。そこは後夜祭の時はみんな校庭で騒いでいるから気づかない穴場だ。グラウンドの様子を一望できる。

「出来れば夕日を見たかったね」

「仕方ないよ。後夜祭が始まるまでは屋上には立ち入れないんだから」

 そう。美影の言うとおり一般客が転落しないようにと後夜祭が始まるまでは、一般客が帰るまでは屋上には誰も立ち入れない。生徒会がそういう風に鍵を管理しているから。

「終わったね」

「そうだね」

 下を眺めてぼくらはしみじみと今までのことを思い出していた。口数は自然と減り、二人で感慨深くあの日からのことを思い出していた。

「長かったね。今まで」

 確かにそうだった。美影と出会ってまだわずか二週間程度だというのにぼくらが出会ってから過ごした時間はとても長く感じた。

「でもこれでようやくぼくらは家族になれるんだよ」

「最後にこんなにいい思い出を作れてよかった」


 ぼくらの文化祭はこうして幕を閉じた。


 それから振り替え休日を挟んでぼくらはその間に引越しを済ませ、学校を去る予定だった。しかし――。


「梓!」

「美影!? どうしたのこんな時間に……」

「おじさんとおばさんが――」


 文化祭が終わり、帰宅した直後に美影がぼくの家まで走ってきた。そしてこの時美影の口から聞いた事実を飲み込むのには多くの時間を要した。

 だって信じられなかった。そんなことって――。

 とりあえずぼくは美影の家に足を運んだ。

 ――ぼくたちを引き取ってくれるはずだったおじさんとおばさんが文化祭の帰りの交通事故で亡くなったという話だった。そんなことあるはずないと事実を受け入れられずぼくはそれを否定した。ぼくは――ぼくらはこれから一体どうやって暮らしていけばいいというのだろう。既に親戚には金銭的支援を断った。もう路頭に迷うしかなかった。

「――あのね、梓。まだ受け入れられていないだろうけど、聞いて。おじさんとおばさんがね、私たち宛てに遺書を残していたの」

 美影はそう言って制服の胸ポケットから一通の手紙を取り出してぼくに差し出した。力の入らない腕でそれを何とか掴んで封筒の中の文面に目を通す。そこには驚くようなことが書いてあった。


 それはぼくたちに遺産の全てを譲るということ。そしてその遺産の額が二人がこれから生活していくのに困らないだけあるということ。ぼくたちに成人するまではそのお金を使って生きていきなさい、と、最後にはそう綴られていた。まるでこうなることが解っていたかのように、淡々と。謝罪の文章まで丁寧に書いてあった。


「――おじさんはこうなることがわかっていたのかな」

「――え?」

「こうなることが解ってたみたいに謝罪の文章まで残してあるし、ぼくたちが成人するまでって書いてあるからさ、きっとこうなるって解っていて最近書いたものだよ。これ」

 ぼくは手紙を再び美影に戻した。美影も文章をよく読み返した。

「本当だ……」

 読み返して美影も驚いていた。

「だとしたらおじさんとおばさんは――」

「ぼくたちにこれを残すために――?」

 そんな事あってほしくない、と。頭の中では否定を続ける。しかし目の前にある手紙という事実はぼくらの否定を更に否定し、現実を突きつけてくる。

「ぼくは――家族が欲しかっただけっ……なのにっ……」

 涙が零れた。そんなぼくを美影は優しく抱きしめてくれた。なんだか最近泣いてばかりだ。ぼくはいつからこんな弱虫になったんだろう。

 ぼくを抱きしめていた美影も泣いていた。それに気づいたのは少ししてからだけど、ぼくは美影を強い力で抱きしめた。つらいのはお互い様だ。

「早く大人になって――自由に――幸せになりたいな……」

 そうすれば、こんな悲しい思いをしなくて済むのに。

 ポツリと呟いたその一言は美影のすすり泣く声に吸い込まれて混ざって消えていった。


 涙が乾くまでぼくらは泣き続けた。そうして最後は泣き疲れてそのまま美影の家で眠ってしまった。

 翌朝、目が覚めると目の前には美影の寝顔があった。ああ、そうか。ぼくはあの後眠ってしまったのだと知るのに時間は掛からなかった。まだ眠っている美影を起こさないようにそっと身体を起こして立ち上がろうとした。しかしそれはできなかった。何かに引っ張られたから立ち上がれなかった。何かと思ってみてみるとそれは美影の手だった。美影がぼくの制服の裾を握っていたからだった。これでは顔を洗いに行くことも出来ない。しかし無理に起こしてしまうというのもなんだか可哀想だった。

 あんなことがあって美影もきっと深く傷ついている。ぼくは一晩眠ったら大分すっきりしたけれども美影はどうだろう。女の人は男よりもストレスを感じやすいと聞いたことがある。もう少し眠らせてあげたいところだけど美影の力は思ったよりも強く、離してくれそうになかった。

「美影……」

 離して、と続けようとしたところでそれをやめた。

「……行かないで……梓……。梓まで居なくなったら……また……一人に……」

 ――寝言だけれどそれは明らかに美影の本音だった。今までそんな事を思っていたのかと今初めて知った。美影は嘘を吐かないけれども今まで簡単に本音を見せたことは無かった。きっとぼくに嫌われないようにと本音を飲み込んで生活していたのだろう。

「美影……大丈夫。ぼくはいなくならないよ。必ず戻ってくる。だから――安心して」

 美影にそう告げると理解したのか知らないが手を離してくれた。

「……ありがとう」

 ぼくはそうして顔を洗って美影が起きるのを待った。当然いつもの様に朝ごはんを用意して。温かい味噌汁は美影が喜んでくれる料理だから、それを作って待っていた。

 そうして朝食の用意をしているうちにふと気が付いた。


 ピンク色が見えない。


 しかし今のぼくにはどうでもよかった。それよりも大切なことがあったからそんなことにかまけている暇なんて無かった。


 美影が起きてきたのは朝食を作り終えて少ししてからだった。眠そうに目を擦って階段をゆっくりと下りてきた。

「むぅ……おはよう梓……」

 寝起きの美影は頭が働かないというのは今初めて知った。この前はそうでもなかったから。

「おはよう美影。顔洗っておいでよ。ごはんできてるから一緒に食べよう」

「ぅん……」

 美影はあくびをしながら洗面所の方へ行った。低血圧か何かだろう。

 戻ってきた美影と共に食事を摂るが今までのように美味しいと感じない。それはきっとおじさんとおばさんが亡くなった直後で、悲しい気持ちだからだろう。無言の食事はいつもより早く終わった。


「これからのことだけど」

 食後のお茶を啜っていた美影にぼくは切り出した。

「おじさんとおばさんはぼくたちに使いきれないほどの遺産を残してくれた。それを分配なんてしていたら争いになるだけだと思わない?」

「そうだね。梓には何かいい策があるんでしょ? だからこんな話し方してるんでしょ?」

「うん。ぼく、朝ごはんつくりながら考えたんだけど、美影、一緒に暮らそう」

「一緒に?」

「そう。一緒に。といっても苗字を変えたりなんてことはしない。表面上はただの同居。書類の上ではね。でも一緒に住んで、家族になることは出来ると思わない?」

「それは――」

 美影は戸惑っていた。そう簡単にいくだろうかという疑念もあるのだろう。

「もともと家族になろうって言ってたんだからできるとおもうよ。このままぼくが美影の家に引っ越してさ、一緒に住めば家族になれるよ」

 孤独を知ってるぼくらなら家族になることが――わかりあうことが出来ると思っての提案だ。

「でも――それは……」

「難しいことは解ってるよ。大人たちを説得するのも大変だし、この年齢の男女が一つ屋根の下に住んでるっていうのは印象が良くないかも知れない。でも――それでもさ、独りで苦しむよりはいいと思わない?」

 そう言うと美影は我慢していた涙を全て流しきるかのように泣いた。昨日散々泣いたというのにまだ泣けるのかと心のどこかで思ったけれどもそもそも涙を流す前提が違う。悲しさと嬉しさでは全然。

「――いいの?」

「何が?」

「私と一緒に住んで、梓はいいの?」

「美影となら、いい家族になれると思うよ」

 ぼくは泣いている美影の背中を擦って宥めた。言葉をかけると美影は更に涙を流して一向に泣き止む気配は無かった。それでも悲しくて泣くよりは断然いいから気の済むまで泣かせてあげた。


 そうしてぼくらは同じ家で済むことになった。そういう問題が片付いて再び見えなくなったピンクのことを考えてみたけれど、悲しい気持ちになるだけだからやめた。

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