プロローグ 『白き夜の羞恥劇』
大陸の「不落の盾」と謳われた『ルーミナス聖王国』。
その中心にそびえる聖王都は、厳格な倫理観と敬虔な信仰心、そして邪悪な魔力を一切寄せ付けない強固な大結界に守られた、まさに人類の「品性と常識」を具現化したかのような要塞都市であった。
「……本日も異常なし。我が聖騎士団の規律がある限り、不浄なる暗黒セクトどもがこの正門を潜ることは天に誓ってあり得ん」
白銀の分厚い全身鎧を纏った聖騎士団長は、自らの気高き誇りを胸に、夜の帳が下りた城壁の上から、どこまでも続く暗い地平線を見つめていた。衣服を正しく着ることは文明の証であり、品性を保つことは神への最高至上の忠誠である。城内の民もまた、厳格な道徳という目に見えない鎧を纏って平穏を貪っていた。
だが、彼らは知らなかった。
この難攻不落の聖王都の底辻には、すでに数ヶ月前から、教団の誇る『罪媒介者』たちが完璧な欺瞞の皮を被って潜入していたという事実を。
聖職者のふりをして水源に甘く濁った発情の香気を混ぜ、法官のふりをして条文の倫理を骨抜きにし、市井にじわりと不信の種を蒔く。さらには、人々の「隠したい羞恥」をストーキングしては、脳内ノートへ書き連ねていた、最悪の仕掛け人たち。
ルーミナスの人々が誇っていたガチガチの理性の防壁は、彼らの『遅効性の汚染』によって、すでに内側から「残り10%」までフニャフニャに地ならしされていたのである。
そして──舞台の幕が上がる「白き夜」が訪れた。
「……報告! 正門の前に、不審者が一名!」
見張りの騎士の張り詰めた叫びに、団長が正門へと駆け下りる。強固な鉄の門の前に佇んでいたのは、戦場にはあまりにも似つかわしくない、純白の衣を纏った一人の儚げな少女であった。プラチナブロンドの長い髪を夜風に揺らし、慈愛に満ちた深い紫色の瞳を潤ませている。
「……迷子になってしまいました。私を中に入れてくれませんか?」
少女は、ただそれだけを言って、すべてを許してくれる聖女のように微笑んだ。
「ふん、魔女の類か! 騙されんぞ! ルーミナスの規律を汚す不届き者め、出会い頭の一撃で調伏してやる!」
騎士団長は自身の持つ高潔な信仰心を烈火の魔力へと変換し、一寸の迷いもなく、少女の胸元を貫くべく槍を突き出した。これはいかなる結界をも打ち破る、正義の殺意。
しかし、少女は避けることすらしない。ただ、ねっとりとした、しかしどこまでも無垢な声で言葉を紡いだ。
「素晴らしい槍技ですね。……ですが、それは私を斬るための刃ではありません。あなたが今しているのは、私への『熱烈な求愛』。……はい、今そのように、世界を書き換えました」
──カラン、と白銀の戦場に、虚しい金属音が響いた。
「な……に……っ!?」
騎士団長が愕然としたのは、自分の槍が弾かれたからではない。
次の瞬間、世界システムが固定した事実は、「団長が自ら槍を投げ捨て、衣服の重たいバックルを狂ったように外しながら、全裸で魔女の足元に膝をついて愛を乞うている」という絶望的な不条理であった。因果が、最初からその姿勢でそこに存在していたことへと強制的に書き換えられたのだ。
「う、あ、あああ……っ!? 違う、私は、私は魔女を討とうと……! なぜ、なぜ私の手が、自ら鎧を剥ぎ取って……っ!?」
団長の魂は涙を流して拒絶していた。しかし、彼の脳の最高中枢はすでに彼女の『痴辱の権能』によって強制シャットダウンされており、肉体は最高潮の快楽と昂ぶりの中で太ももを震わせ、魔女の爪先を舐めようと貪欲に這いつくばる。
「ほら、ご覧なさい。理性を捨てたその姿こそが、あなたの本当の美しさなのですから。さあ……門を開けなさい?」
「は、はい……我が、主……っ!」
鉄の規律を誇ったルーミナスの正門が、内側から、全裸で涎を流す騎士団長の手によって呆気なく開け放たれた。
少女がゆったりとした足取りで王都の中心の広場へと歩を進める。彼女が歩いた跡には、草花が枯れるのではなく異常なまでに妖艶に狂い咲き、甘く狂おしい発情の香気が物理的な霧となって街全体を包み込んでいく。
彼女は広場で両腕を広げ、優しく、冷酷に囁いた。
「お可哀想に……。そんなに重く、息苦しい『理性』や『プライド』なんて鎧を着込んでいるから、生きるのが苦しいのですよ。さあ、私のようにすべて脱ぎ捨てて、楽になりなさい?」
その一言で、王都全体が彼女の『痴辱の領域』へと反転した。
すでに罪媒介者たちによって防衛線を極限まで削られていた市民や聖職者、王族たちの羞耻心のリミッターが一斉に音を立てて崩壊する。
「あ、あああ! 服が、服を着ているのがこんなに息苦しくて、異常だなんて……っ!」
「神よ、許してください……いや、これこそが本当の、生まれるがままの真の救済だァーッ!」
凄惨な略奪も、血の流れる殺戮もそこにはない。ただ、一夜にして王都の全員が自らの意志で狂ったように衣服を引き裂き合い、互いの肌を貪り合う獣の檻と化した。
さらに絶望的なことに、王都を守るはずの強固な大結界は、少女の言葉によって「自分たちのこの破廉恥でみっともない醜態を、大陸中の全人類に音声付きの超高画質ビジョンで中継する」という、痴辱拡散の術式へと書き換えられていた。
翌朝、王都の外にいた近隣諸国の人々が目撃したのは、自分たちが仰ぎ見ていた高潔な国王や聖女たちが、一人の少女の足元で衣服の概念すら忘れ、ただ激しい絶頂とみっともない羞恥の中で涙と涎を流して地を這い回る、世界の終わりの光景であった。
国家の威信、民の信仰、人類のプライドのすべてが、一夜にして誰一人傷つくことなく「精神的に完全絶滅」した瞬間。
あまりの凄惨さと不名誉さに、後に集まった近隣の国家は救済を諦め、生存者を秘密裏に処分し、都市を跡形もなく焼き払って歴史書からその名を抹消せざるを得なかった。
これは、表向きの歴史には「被害件数:0」と刻まれた、裏の歴史における最悪の不条理──。
中世・暗黒期の惨劇、『白き夜の羞恥劇』。




