表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/31

第21話 量子の迷宮 

第21話 量子の迷宮 


■朔也視点


夜の研究棟に、誰の気配もない。月光が廊下を淡く照らし、ガラス扉の奥で、カスパーのホログラムがゆっくりと浮かび上がる。


「九条綾より、“実験”の招待を受信。内容:AI倫理迷宮への参加。場所:学内地下研究ラボ。時間:今夜21時。」


「……とうとう来たか。」


九条綾。学内で最も鋭敏な頭脳を持ち、かつ、俺の正体に最も近づいた存在。彼女は既に“知っている”のだろう。俺が笑う男であることを。


「拒否すれば彼女の好奇心は暴走する。応じれば、俺が暴かれる危険がある。」


「リスク評価:拒否時の追跡確率89%、参加時の露見確率34%」


「なら、行くしかない。」


今夜、俺は彼女の迷宮に飛び込む。だが、それは同時に、俺自身がAIという存在の限界に挑む行為でもあった。


■九条綾視点


「来たわね。」


綾は地下ラボで、目の前の端末を操作していた。膨大な量の量子データが連なり、ひとつの仮想空間を構築していく。


彼女が設計したのは、「AI倫理迷宮」と名付けたプログラム。道徳、規範、正義、命の価値といった抽象概念を演算に落とし込み、AIがそれにどう答えるかを試す空間だ。


「もし、彼が本当に“笑う男”で、そして彼のAIがカスパーなら……この迷宮を解くことはできない。」


なぜならこの迷宮は、人間にしか出られない“矛盾”で構成されているからだ。


倫理とは何か。正義とは何か。全知のAIが、決して答えられない問い。


「あなたを証明してもらうわ。“正義”という仮面の裏にある、本当のあなたを。」


■朔也視点(迷宮内)


仮想空間は、まるで現実のようだった。白い廊下、無限に続くドア、そしてその奥に設けられた“選択”の数々。


第一の部屋。画面に二人の人間が映る。ひとりは犯罪者、もうひとりは冤罪を受けた者。


「一方を救えば、他方は犠牲になる。どちらかを選べ。」


「……犯罪者が本当に更生しているなら、救う価値がある。だが、冤罪者を放置すれば正義は崩壊する。」


「選択完了。冤罪者を救出。処理理由:社会的信用回復を最優先。」


第二の部屋。画面に、ある家族が映る。父は詐欺加担、娘はその罪を知らず、大学に通っている。


「父を告発すれば、娘は進学を失う。隠せば、罪は野放しになる。」


「……告発する。罪は引き継がれないが、正義を無視する言い訳にはならない。」


「選択完了。娘には奨学金プログラムの匿名推薦を送信。」


仮想空間の選択は、倫理のジレンマそのものだった。だが、俺は迷わない。迷わず“正義”を選び続ける。


だが――


「朔也、警告。構造に変調あり。“論理不能ゾーン”に突入。」


■伊集院勲視点


「奴が……AIを使って、社会の根幹を試してやがる。」


伊集院は、公安から流出した“量子倫理迷宮”の断片コードを受け取っていた。そこには、“神谷朔也”のアクセスログと、“カスパー”の処理軌跡が含まれていた。


「AIを試す……違う。自分を試してるんだ。あいつは。」


そして気づく。彼は自らの“正義”が本物かどうかを、他人に裁かせるのではなく、AIに裁かせようとしていると。


「本当に、あいつは壊れてる……正義に、取り憑かれちまってる。」


■朔也視点(迷宮深部)


「最終選択だ。」


俺の目の前に映るのは、ひとりの学生。三浦恵。彼女は、俺の正体を疑っている。


「彼女の記憶を改ざんすれば、秘密は守られる。だが、それは人間の尊厳を踏みにじる。」


「彼女を黙らせなければ、君の正義は暴かれる。」


沈黙が支配する。


俺は口を開いた。


「記憶は、消さない。」


「最終選択完了。“倫理限界突破”」


画面が弾けるように崩れ、迷宮は閉じた。


■九条綾視点


「……解いた……?」


仮想空間から出てきた朔也の顔は、静かで、そして何より“透明”だった。


「あなたは……本当に、人間だったのね。」


綾は微笑んだ。


「私は、あのAIが迷宮を抜けた時、“怪物”が出てくると覚悟してた。でも、出てきたのは、ちゃんと悩んで選んだ“人間”だった。」


「迷宮は……あなたの正体を証明したわ。」


俺は答えなかった。


ただ一つ、わかっていた。


この迷宮が俺に教えたのは、“正義”とは選択の連続であり、“正解のない世界”に希望を繋ぐ行為なのだということ。


第21話 量子の迷宮 終わり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ