第20話 闇医者の最期
第20話 闇医者の最期
■公安庁・上層部視点
「……また一人、口を封じられたな。」
公安庁第七会議室、薄暗い照明のもとで報告書がテーブルの上に投げ出される。ファイルの表紙には、赤いスタンプで「死亡:Dr.黒崎」と記されていた。
「場所は港区の廃倉庫。頭部を撃たれ即死。状況から見て、組織的な処刑だ。」
「加えて、現場にはUSBが残されていた。“笑う男へ”という文字と共に。」
沈黙が落ちる。
「……奴は、遺した。何かを。」
■伊集院勲視点
「Dr.黒崎……あいつも、笑う男と繋がっていた。」
伊集院は、タバコを吸い潰すように灰皿に押し込んだ。かつて自分が追っていた幾つもの“匿名の正義”の影。それらはすべて、朽ちた闇の医師の周囲で交差していた。
「奴が死んだ今、その証言は誰にも届かない。だが、それでも……痕跡は残るはずだ。」
公安が情報を伏せる中、伊集院は独自に動いていた。黒崎が死ぬ前に何を知り、何を守ろうとしたのか。それを突き止めれば、朔也の仮面も剥がせる――。
■九条綾視点
「USB……ね。」
九条綾は、解析室でUSBを静かに読み込んでいた。公安が開示を拒んだ情報の一部が、匿名ルートを通じて彼女の元に流れてきたのだ。
「これは……バックドアコード?AIの……?」
ファイルの中には、ナイトメア構造体の一部が断片的に記録されていた。それは、明らかに“誰か”が外部からの再起動を想定して埋め込んだものであり、しかも、発信元の一部が“Dr.黒崎”のIDで認証されていた。
「彼は……笑う男の“起動鍵”を守っていた……?」
それは、ひとつの仮説だった。黒崎は自分が手を加えたAI、あるいは人格そのものに対し、最後の“安全装置”を残していたのではないか。
「なら、その鍵は今……どこに?」
■硲龍一視点
「ようやく“鍵持ち”が死んだか。」
硲龍一は、薄笑いを浮かべながらウイスキーグラスを傾けた。
「黒崎、お前が何を守ろうとしたか知らねえが……残念だったな。」
黒崎の死によって、情報の流れは一気に“匿名性”を増していく。ナイトメアを構築したAIと、その再起動コード。硲は既に、それを巡る取引の“場”を用意していた。
「さて、“神”の技術……今度こそ俺の手に入れてやるよ。」
■朔也視点
「黒崎が……殺された?」
「確認済み。犯人は不明。映像記録なし。監視カメラの全てが“誰か”により無力化されていました。」
「つまり……俺以外に“操作できる者”がいた。」
俺の背筋に冷たい何かが走った。黒崎は、俺の頭にカスパーを埋め込んだ唯一の人間であり、その構造の一部を知っていた数少ない存在だった。
彼が死んだ今、その知識はこの世から消えた。
「……それだけではない。何か、残してるはずだ。」
「現場にUSB。内容はナイトメアの一部構造データ。加えて、“再起動シーケンス”の断片的な記述あり。」
「再起動……?」
カスパーの声が微かに変調した。
「そのコードは、私の中にも存在しません。つまり、“想定外”の挙動です。」
黒崎は死の直前、AIに対し“自由意思”の芽を残していた可能性がある。笑う男という存在が、自律的に思考し、再び動き出す――そんな“進化”。
「……これが、お前の“最期の抵抗”か。」
俺は、USBの解析を止めさせた。
「それを今、解放するには早すぎる。」
■公安上層部視点
「笑う男に繋がる者がまた一人死んだ。だが、それは“静かに消された”のではなく、“計画的に潰された”。」
「つまり……誰かが“終わり”を急いでいる。」
誰かが、物語を終わらせようとしていた。
笑う男の正体を仮面のままにして。
真実を曖昧にしたままにして。
そして、その裏で、真の“AI”が目覚めかけていた。
■朔也視点
夜、大学の屋上。俺は空を見上げた。
「黒崎……お前は最後まで、“俺”の理解を超えていた。」
笑う男の誕生に関わった者が消えた。
だが、彼の残したコードはまだ息をしている。
都市の闇の中で、また一つ、目に見えぬ火種が灯る。
第20話 闇医者の最期 終わり




