散歩⑥
私が予想した通り、エリックはアルベルトの元まで、つまり先ほどの訓練場まで連れ戻してくれたようだった。
今はちょうど休憩時間のようで、騎士たちはそれぞれ自由に羽根を伸ばしていた。
それでもやはり、場違いな令嬢がいるせいか、好奇の視線がちくちくと刺さる。
私はなるべくエリックの背中だけを見るようにし、乾いた土を踏みして歩いた。
……見られてる、見られてる。やっぱり珍しいのかしら?気分はまさに珍獣を見るが如く。
がやがやとした喧騒の中、アルベルトの元まで辿り着いた。
すると、近くにいた騎士たちがピタリと動きを止め、一斉にこちらへ視線を向けてくる。
「……んじゃ、一旦退散するぞ!団長、また後でな」
誰かが軽快にそう叫ぶと、彼らはそれを合図に、蜘蛛の子散らすように一瞬でその場から去っていった。
もちろん、広い訓練場にいるのは私たちだけではない。
むしろ、アルベルトの元に近づけば近づくほど、遠巻きに様子をうかがっている視線がみるみる増えていった。
彼らは一定の距離を保ちつつ、こちらの一挙一動見逃すまいと聞き耳に徹していた。
それでも、一応会話している体なのだろう。
私がそちらに目を向ければ、慌てて隣にいた奴の肩を叩き、片言に会話を始めていた。
「……そ、そういえば今日の昼食はなんだっけなぁ~。最近物忘れが酷くってよぉ、年々それがさらに増していって」
「……エッ?お前の場合いつものことだろ……イテッ!!」
ホントのこと言っただけで別に叩かなくたっていいじゃないかぁ、と叫ぶ鈍感な男は頭を押さえながら今度は片足を踏まれていた。
再び短い悲鳴を上げていたが、ようやく相方の「黙れ、察しろ」とういう意図が伝わったのか、彼は半泣きになりながらも、わざとらしく会話を続けた。
「……あぁー、あぁー。そうだった、そうだった。お前近頃、物忘れ激しいもんな……っていっても、アレに料理名なんてそもそもあったかぁ?……まっ、いつも通り、旨いもんが出るだろうよ」
「……それもそうだな」
それで納得してしまう彼に「結局、質問には答えていないがそれでいいのだろうか」と思いつつ、私はあまりの大根役者ぶりに見ていられなくなり、その二人組から視線を逸らした。
……会話デッキのチョイスも酷いけど、いくらなんでもバレバレすぎる。
分かりやすすぎるにもかかわらず、未だにその茶番を続けようとする根性を前にし、私は本気で頭を抱えたくなった。
それでも欲に忠実で素直な私の耳は、彼らの言葉を事細かく拾い上げてくる。
「ところで明日の訓練はどうなるんだろうなぁ……。厳しくないといいけど……」
「……今週、晴れであれば森の実習訓練。悪天候の場合は馬を使っての訓練ですよ。どちらにせよ、いつも通り厳しいものになります」
その質問に答えたのはあの二人組ではなく、別の誰かだった。
淡々とした物言いは、どこか突き放すような冷たい雰囲気を感じさせる。
だが、彼らがいるのは角の隅のほうであり、わざわざ通りすがるような場所でもない。
そんな場所で、詳しく説明している様子を見るに、案外この人は面倒見がいいのかもしれない。
説明を続けてくれる男に対し、往生際の悪い騎士の一人が反論の言葉を上げた。
「でもさぁ、明日になれば、もうちょっとだけ厳しさも半減されるかもしれないだろう?」
そのあまりに儚く、微かな希望に、私は心の中で同情した。
……わかるわ。明日には何かが変わってるかも、とか。
たとえ、地球を滅亡させる確率だったとしても。
信じたくなるわよね、『奇跡』っていう響きのいい魔法の言葉。
けれど案の定、その男から返ってきたのは、あっけなく夢と希望を打ち砕く正論の礫だった。
「――昨日と今日が変わらなかったように、今日と明日で人が変わることはないんだから。……人の根本って、そうやすやすと変われるものではありませんよ」
「うぅ~、そんな残酷なこと言わないでくれよ、ホントのことほど人の中心部には刺さるんだからさ……。はぁ、今すぐにでも逃げだしたい」
さらに涙を滲ませた騎士の言葉に、涙禁じ得なかった。
そんな彼を宥めるように、最初彼に圧をかけていた男がそっと肩に手を置き、眦を緩ませて言葉を続ける。
「――そう言いつつお前は、いつも通りこの訓練場まで足を運ぶんだろうな。……そんなお前が俺は好きだぜ!」
「……お゛れ゛も……っ!!」
「まっ、暑ぐるし……っ。くっつくな!!」
濁音混じりに叫びながら、感極まった騎士が勢いよく抱きつこうとするが、それを相方は容赦なく突き飛ばし、顔をしかめて思いっきり拒絶をした。
そして、当の本人達は今までの目的を忘れたのか、他の騎士達に声を掛けられると、うきうきとした足取りで食堂へと駆けて行った。
唐突なコントからの男同士の熱い友情を見せつけられ、私は思わず真顔になる。
……一体、彼らは何がしたかったのだろうか。
あんなに必死に隠そうとした茶番を忘れ、私の情緒をさんざん掻き乱しておきながら、最後の最後に「ご飯」という魅惑に釣られて、去って行ってしまった。
遠ざかっていく彼らの背中を呆然と眺め、エリックやアルベルトに「マリアお嬢様?」と声を掛けられるまで、あと数秒――。




