散歩⑤
「こ、この度は……っ、申し訳ありませんでしたぁ!!」
「お、お嬢さまを怯えさせ……挙句、その腕を掴んでしまい……っつ」
「今の今まで、ご挨拶すら済ませていなかったこと……!」
『誠に、申し訳ありませんでしたぁぁぁッ!!』
きっちりと足を揃え、九十度に腰を折り、息ぴったりに叫ぶ。
見事に二つ並んだ彼らのつむじを、私はただただ「うわぁ、すごーい……」と困惑を通り越し、諦めとともに眺めるしかなかった。
……体育会系騎士団の影響の一端が、垣間見えた気がするわ。
(というか、エリックはそんな風に威圧できたのね……前々から怒らせると怖い系の人だとは思っていたけれど……)
当事者よりも怒り心頭なエリックだが、彼に燃えついた炎はまだ鎮まっていないようだ。
彼の低い声が、辺りへと響く。
「……それで、ご挨拶は?」
「は、はいっ!!こ、この黒騎士団に入隊したばかりの、ニルスです!!」
「同じく……っ、新人騎士の、ジークと申します!!」
名乗りを告げると同時に、二人は勢いよく顔を上げた。
その瞳には新人らしい濁りのない視線が返ってきた。
だが、続くエリックの声を聴いた途端、パブロフの犬さながら条件反射なのか、たちまち体中を震わせる。
「顔を上げていいとは、言っていないが……?」
『イ、イエッサー!!!』
弾かれたように再び頭を下げようとした二人を遮るように、私は声を上げた。
「……エリック、もうそのくらいに……」
(この謝罪ループ、見ているこっちの心臓に悪いから、ね?もう、そろそろ終わりにしてもいいと思うよ、エリック。……二人とも体調が悪いのに、これ以上無理はさせたくないわ)
その願いが通じたのか。はたまた、私が止めれば最初からやめるつもりだったのか。
エリックは私の言葉に、驚くほど素直に応じた。
「……分かりました」
応じた――ようにみえた。
「――ですが、部下の謝罪代わりと言っては何ですが、僕がお嬢様の案内役を務めさせていただきましょう。見るに、まだ案内役はいらっしゃらないようですし……。あの事件があったばかりですから、たとえ小さな傷一つであったとしても、公爵様はひどく気に病まれることでしょう。……僕も、同じ気持ちです。お嬢様の身に万が一のことがあればと思うと……。どうか目的地まででも、同行させていただけませんか?」
そう首をこてりと傾げて問うてくるエリックに、私は掴みどころがない両手を震わした。
……素直に見せかけて、私が断れないように外堀埋めをしてくるわね。
しかもこれ、「これ以上怪我すれば、散歩すらできなくなるよ」という言外の脅しよね?
さりげなく同情を誘う言い方なのも、全部計算の内ってことなの?
――この腹黒チワワ、恐ろしい子ッ……!
心の中では戦々恐々しつつも、「ええ、お願いするわ」と承諾を返した。
なぜ今回、あっさりと彼の戦法に乗ったかというと――。
私はエリックの後方に控える騎士達をちらりと一瞥する。
その姿は、いつぞやの使者を彷彿とさせた。
彼らは懇願するように手を合わせ、私が承諾すると、二人の目の奥がパァッと光り輝いた。
(すごく分かる。嫌よね、私も説教は嫌いだもの……)
出会ったばかりの彼らにそんな勝手な連帯感を抱きながら、私は彼らのやり取りをぼんやりと眺めた。
「……って、えっ!?お嬢さまって、もしや、もしやグラツィア公爵家のご令嬢ですか!?」
「ああ、そうだよ。今さら気づいたのか……」
「は、はい……。恐れながら、つい先ほどまで頭が回っておらず。ですが寝たおかげか、頭の中の霧が晴れたようにスッキリしまして……」
ニルスの言葉に、一歩遅れて同意するかのように頷きながらジークは言葉を続ける。
「確かに。どなたかが来訪されるとは通達されていませんでしたし……。何かおかしいな、という違和感はあったのですが」
『無視しました!!』
ニルスとジークは満面な笑みでそう言い切り、エリックの額にピキリッ、と鮮やかな青筋が張った。
(気づいていないのは何となく態度で分かっていたけれど……。違和感ガン無視しているし……というかあれは、寝たというより気絶よね??)
彼も怒りより呆れが勝ったのか、エリックは今度は荒げることなく、私の方へと視線を戻した。
「重ねて、申し訳ありません。……こやつらのことは放っておいて、参りましょうか」
その言葉に軽く頷くと、私は一度彼らの方へ会釈を送り、エリックから差し伸べられた手にそっと自分の手を重ねた。
「あ、そういえば……」
ふと思い出したように声を上げるエリック。
彼は首を振り向けて、背後の二人に言葉を続けた。
「クラウス副長からの伝言なのですが……『逃げられるもんなら、逃げてみろ』だそうですよ? ――逃亡するのは勝手ですが、貴方がたも命知らずですね。これからはご自分の命、大切にしてなさってください」
綺麗に作られた笑顔を浮かべているエリックに、かつてのクラウスの面影が重なった。
(うわぁ~……。結局、彼らは説教から逃げられない運命なのね……南無阿弥陀仏)
遠ざかる悲鳴を背に、私たちは歩き出した。
けれど一番怖いのは、部下の悲鳴を耳にしながら満足げなエリックの方だろう。
(……そういえば、今どこに向かって?あれ、こっち側ってアルベルトの??)
――どうやら私は、また嵌められたようだ。




