怪物②
「さぁーて。お姉さん、そんなに暴れないで。ノア厶に抵抗するだけ疲れるよ? だから、ね?」
彼の言葉が途切れた、かと思えば。
私の意志とは関係なく、指先一つ自由に動かすことができなくなってしまった。
うぅ~、なんか腹が立つけど、声も出せないよ!
もしかして、先程のエリックみたいな状態になっているのかも。なら、この状況は尚更まずいわ……。
「あっ、そうだ! お姉さんに僕の家にいるお友達も紹介しようっと! はやく家に帰ってあげないと寂しんぼうだもの。さっそく家にいかなきゃ!!」
(…………え??)
ノア厶はそう言うが否や、地面を蹴って、空を舞った。
当然、抱えられている私も視界が変わり、地面が遥か下へと遠のいていく。
私から乾いた笑いが零れそうだったが、生憎声を封じられているため、それは出てこない。
くぅ〜。何とかして声だけでも!
私はそう願ったが、簡単に叶うはずもなく。
彼は見えない足場を蹴ってぴょんぴょんと空を跳ねていき、迷いのない足取りで進んでいく。
成すがままの私が、この空から落ちたら即死は確実だろう。
怖くて目をつぶりたい。
だが、敵が鼻先にいる状況では少々危険な橋である。
それでも怖いことには変わりないわ!!
私は迷わず目を瞑る選択肢をとった。
暫くそうしていると突如、風圧が消え「あれ?」とノアムの微かに呟いた声が耳に入る。
続け様に聞こえてきたのは、少しはしゃいでいるノアムの声と誰かの会話だった。
「わぁー! からっぽの弟じゃん!! どうしたの、こんなところに? もしかして、ノアムと遊びたかったの?」
「……ちがう」
「あれぇー、お兄ちゃんのほうだったの? 久しぶりだね! ――あっ、そうだ。みてみて、僕の。ノアムのお姉さん!!」
ノアムは言うと同時に、両脇を挟んで私を猫のように持ち上げる。
(ノアム、止めなさい。私の胴体が伸びるわけではないのよ! 宇宙人の持ち方よりはマシだけど……これも嫌だわ、心臓に悪いもの。あと、君のお姉さんでもないわね)
ぶらーん、ぶら~んと見せびらかすように揺さぶられ、なんにも抵抗できない私は気が気でない。
思わずそおっと下の方を見てみると、やはり地面からはかなり距離があり、紛らわすためにノアムと会話していた人物を見る。
(……ん? あれれ、この子は)
「そのお嬢さんを離してあげな」
「なんで? このお姉さん面白いよ? きっとお兄ちゃんだって気に入るよ?? いいでしょ?? ――僕、今回こそ壊さないよ???」
「はぁ……壊す壊さないの問題でもないんだっての。そのお嬢さんは、家に返してあげなさい、ノアム」
「いやだよ。せっかく見つけたんだもん!! お姉さんはノアムの!!!」
彼は頑ななノアムの態度に溜息をつき、今度は私に向かって話しかけた。
「……変わり者のお嬢さん、さっきぶりだな。『元気にしてたか?』って言うには、ちくっと再会が早すぎる気もするが……まぁ、細かいことは気にしないでくれ。――それより、付き添いでいた騎士はお前さんを置いて、どこにほっぽらかしているんだ?近くにいる気配がしないが……」
そう怪訝そうに眉をひそめて問いかけたのは、私が『ルカ』と名付けた少年だった。
ノアムとは知り合いなの? とか。
変わり者呼ばわりは辞めてほしい、とか。
牢獄からどうやって脱出したの、とか。
いろいろと言いたいことはあったが、私は声を出すことはできないのだ。
ひとまず質問には答えてあげたいところだけど……。
そんな私の様子をみて気づいたのか、彼は諌めるような声でノアムを呼びかけた。
「まさか、ノアム。お前、魔法つかったろ? しかも、声がでない方」
「……あれ? ホントだ。道理で僕がお姉さんに喋りかけても返答がなかったんだね。あははッ!」
(……え? 嘘でしょ。意図的ではなくて、たまたまなの??)
私は未だに笑っている、ノアムという生物を理解できる日はこないと思った瞬間であった。
「おいおい、忘れてたのかよ。――ほら、お嬢さん。これで喋れるはずだぜ」
そうルカに言われるがまま、適当に「あぁー」と声を出した。
無事に声は出せたが、先ほどまで煙が多い場所にいたせいか喉が枯れている。
とりあえず、声だけでも戻ってよかった。
ルカ、ありがとう。
なんで、ここにいるかは知らないけど、一つ分かるのがノアムを止めれるのは君だけだってこと。
頑張れ、心のなかで応援をしておくよ。
決してそのことは口には出さずに、私は彼の質問に答えるために気合を入れて口を開いたが、
「お姉さんの近くにいたお兄さん達は、僕のお友達と遊んでいるから暫くの間こないよ?」
無邪気に告げたノアムのほうがひとあし早かった。
……というか、私が言おうとしていたこと、全部言われてしまったのでは?
ルカはというと、ノアムの言葉に数回瞬きし、瞼を完全に閉じて考え込むように手を顎へと触れた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。お姉さんを連れて帰ってもいいよね? 僕、もう帰りたいんだけど」
ノアムはそう言いながら私を定位置(抱っこ)に戻して、彼の家に連れ帰ろうとする。
うん。切実に辞めてほしいです。
その持ち帰ろうとするのも、抱っこするのも……切実に辞めてほしいです。はい。
「ノアム、駄目だって言ったばかりだろ!」
「じゃあ、どうしてダメなのさ」
ノアムは納得いきませんと言われ、ルカは困ったように顔を歪ませた。
「……なんでって」
「もしかして、お兄ちゃんも僕のオモチャ取るつもりなの?」
「ちがう!!」
「じゃあ、どうしてなの? お兄ちゃん。教えてよ」
声を紡ぐごとに、ノアムの声がだんだん無機質になっていき、鋭さが増していった。
ルカが押されてる。頑張れ、ルカ。私は応援することしかできませんわ。
声だけ出すことはできますけど、流石にこの雰囲気でやるにはチョット重いわね……。
……そういえば、見過ごせない言葉が飛び交っておりませんでしたか?
例えば、さりげなく私の事をオモチャと、そう称して……かれは、ドロップキック所望ですかね??ついでにルカも訂正していませんよね。まぁ、彼は先程に免じて保留にしておきましょう。
ですが、たとえ子供の見た目であろうと容赦しませんよ。
私は頭の中で、正の字の一本目を引いた。
結局、この子はいつまで飛んでいるのかしらね。先ほどよりも地面が近いとはいえ、微妙に空中に浮いているのである。
まだ喋らないのか、と思いつつ待っていたらようやくルカが口を開いた。
「それは――」
「それは?」
問い返すノアムとの間に僅かな緊張が張られて、ルカは私の方を見つめながら、ぼそぼそと言葉を紡いだ。
私は暇な時間、歌をうたっていた。勿論、心の中で。
(目と目が合うぅ~~。それは恋の……)
「――――と、もだち、だから……」
(よ・か・ん!?――ンンンンンンンン????)
――――――――あぇ???? ちょっと待って。
「……すぅぅ~~。わ、ワンモア、プリーズ??」




