魔術戦 2
魔術戦は敷地内の一角でおこなわれる。一対一だが魔術を直に撃ち合うため、周辺に被害が及ばないよう広い空間が必要とされた。
試験ではないので成績には加味されない。ただ試合内容は今後の学習状況の指針にもされる。なにより負けて良い気分になるものはいなかった。
一年生と二年生が何組かに分かれて実技をおこなう。リーゼラーネは一番最初であり、一番目立つところを指定された。
(大舞台はおれにふさわしい)
呂布は平然としている。リーゼラーネも特に気後れするところは無かったが、クイラリーとヒルドラックは顔をしかめていた。
「やっぱり断わったのが頭来たのかな」
「イレンハート嬢の気位は高い。実家もそこらの王族よりよほど財力がある。第八王女といえど侮辱するのは許さないだろうな」
この二人は開始前にリーゼラーネを捕まえ、「なんなら自分たちが代わりに謝罪してもいい」と提案してくれた。
「生徒会の上級生は、みんな侮辱されることに慣れてないんだ。僕たちも生徒会の一因だからよく分かる」
「私たち二人が罰を受ければすむ」
リーゼラーネはまず「ありがとうございます」と謝意を示した。
「ですけどお気遣いは無用ですわ。わたくしの責任ですから、お手を煩わせるわけにはまいりません」
「だけど……」
「クイラリー様、わたくしの戦いぶりはご覧になったでしょう」
月次試験のことを言った。あのときリーゼラーネは、召喚された二千体ものスケルトン相手に一歩も引かず、全て撃ち破ったのだ。
クイラリーの代わりにヒルドラックが言う。
「イレンハート嬢の魔術は特異だ。どれだけ戦いに長けても、腕力ではかなわないかもしれない」
「あら。どのようなものなのですか」
「自らの周囲に透明な防御盾を形成する。力業では絶対に破れないものだ。魔術も相当強力ではないと破壊できない。あの人はそうやって疲労を待ち、反撃する」
話によると、イレンハートの攻撃に目立ったものはないらしい。だがとにかく防御は鉄壁で、これまで破られたことが数回だけだという。
「三年生に一度、四年生に一度あるだけだ。防御盾のみで生徒会の一員となった」
「とすると、杖は白金か金なのですか」
「プラチナ級だ」
「それは楽しみですわ」
聖メイリナ学園の生徒会に加入するためには、魔術と学業の双方に優れている必要がある。魔術は潜在力でも判断され、例えばクイラリーとヒルドラックは杖が授けられるよりも先に潜在力と学業によって生徒会に招かれた。
イレンハートの学業はそこそこ良い程度だ。その分、魔術の特異さと強靱さはずば抜けている。
それをリーゼラーネは「楽しみ」だけで片づけた。
言葉もない二人に、リーゼラーネは「ごゆっくり見物なさって」と声をかけた。
魔術戦準備の鐘が鳴らされる。全体を監督するのは例によってノルベック。他に個々の対戦を見守る教師たちがいる。
一年生と二年生は、それぞれ指定された場所についた。リーゼラーネの場所は誰からもよく見えるところなので、見物人が多い。
彼女は分割されていた方天画戟を組み立てた。身長より遙かに長い柄の先端には、鋭い刃が陽の光を浴びて輝いている。見るものに言いようのない畏怖を与えていた。
(ついにお披露目ですわね)
(戦いはおれにやらせろ)
離れたところでは、すでにイレンハートが位置についている。手元には白い枝でできた杖があった。
「あなたの大言壮語はよく分かりました」
彼女は杖の先端、白金部分をリーゼラーネに向けていた。
「ですが世の中は広く、魔術は奥が深いのです。この世にはあなたでは到達できない高みがあるということを、教えてあげます」
静かな怒りと自信が混ざり、魔術となって溢れ出ようとしている。
状況を見ていたノルベックが片手を上げた。
「はじめ!」
イレンハートが杖を振る。光が何条も放射されると、彼女の身体を取り囲んでいく。それらは各々結びつき、強固な盾となり、さらには殻となっていった。
一瞬のうちに、イレンハートは防御態勢を整えた。
「これが私の魔術です」
イレンハートは満足げに言う。
「私の防御は鉄以上のものがあります。どのような攻撃も通さず、崩れません」
あなたの攻撃はどうなのです、と彼女は続けた。
「なんであれこの盾を壊せないでしょう。時間はたっぷりあります。あなたが疲労してからゆっくりと……」
「口数の多い女だな」
呂布が操るリーゼラーネは、方天画戟を構えるや地面を蹴った。
間合いを一気に詰める。やや前屈みになった身体は方天画戟を大きく引き、腕に力をこめている。
突然のことにイレンハートは事態を把握していない。目が合った。
「はっ!」
柄を振った。
先端部が防御盾と接触。ほとんど威力を損うことなく、方天画戟は防御盾を粉砕した。
イレンハートは言葉を発しない。そんな暇はない。刃部分ではなく側面の平たい箇所が横腹を叩き、身体を打ち据える。
彼女は大きく弾き飛ばされ、敷地の森林部まで飛んでいき、落ちた。
「他愛のない」
見物人だけではなく、ノルベックをはじめとする教師陣も唖然としていた。他の戦闘も自然と中断され、ただリーゼラーネを見つめていた。
自分の目で見たことが信じられないのか、誰もなにも言わない。やがてノルベックが小さい声で、リーゼラーネの勝利を宣言した。
彼女は微笑むと、優雅に腰を折る。我に返った何人かはイレンハートを助け起こそうと森林部に分け入った。
(魔術というのはつまらんものだな。あの程度で評価されるのか?)
(イレンハート様は無事なのでしょうか)
(手加減したが、怪我くらいはしてるだろう)
リーゼラーネは元の位置に戻る。誰もなにも言わないので、自分で勝ったことにして終わらせた。
「ずいぶん派手な勝負だったな」
ヒルドラックが言う。
「皆驚いているぞ」
「ヒルドラック様とクイラリー様はどうなのです」
「かなり驚いた。収まるのが皆より早かっただけだ」
他では魔術戦がまだ続いている。ただリーゼラーネのこともあり、あまり身が入らない様子であった。
「お二人にお願いがあります。わたくしを生徒会に招待していただけませんか」
「えっ、断ったんだろう?」
クイラリーの言葉を、彼女は認めた。
「そうですが、誘われるのが好まないだけですわ。自分から出向きます」
「入れてくれるかな……」
「平気ですわ。入れないようでしたから、無理にでも行くとお伝えくださいまし」
そう告げる。恐らく認められるだろう、そして以前よりも遙かに恐れられ、こちらの言葉に耳を傾けるだろうとリーゼラーネは思っていた。