家族
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(ううぅぅ、また、お尻が……)
大粒の涙を流した赤い跡が消えずにまだ残る、純白の肌を持つエイリアスの赤く腫れた目蓋が、開くようになると姉のエイリアシアに抱きかかえられながら、大きな二枚扉の前へと来ている事が分かった。
エイリアシアが扉の前まで来ると、扉のドアノブがゆっくりと半回転し、重厚な木と金属の組み合わさった、あまり装飾性の無い扉が独りでに音も無く開く。
(すごい、自動ドアだ。てっきり機械技術の少なさから十五・六世紀の技術水準かと思っていたのに、それに……モーターの駆動音も無いなんて思いの外かなり進んでいる……のか? あちら側なら理解も出来るが……)
などと、魔素や魔力、魔法、魔術と言った言葉を忘れた感想を抱く雪綱は目の前で、ゆっくりと開く扉を、興味津々で見つめるていると……
「上手になったわね、ニイリナ。魔力放出も魔力制御も、静かで安定しているわ」
「はっ、はい!!ありがとうございます、お嬢様!!」
そう褒められ、うれしそうな声を上げる新人メイド、ニイリナの声を聴きながら雪綱は……
(……魔力放出? 魔力制御? 自動扉じゃないのか? そもそも電気で開いているんじゃ……)
そんな私の疑問が顔に浮かんだのか、エイリアシアは私の頬を『フニフニ』と親指と人差し指のお腹で優しく摘まみながら……
「ふふふふふ、エイリアスあなたにも、もう少ししたら教えてあげるわ」
「もう少し?」
「ふふふふふ、もう少し」
そう言うと私は姉に抱きかかえられたまま、扉をくぐり、天井の高い落ち着いた雰囲気の長方形の部屋の中に入っていった。
部屋の中には、光量を調節された朝日が差し込み、程良い光となって部屋の中を明るく照らしていた。
部屋の中央に置かれた質素な長方形の机には、縦に一対、横に三対の椅子が置かれており、一番奥の椅子には、五十代後半の肩の辺りまで真っ直ぐに伸びた黒い髪に鋭い眼つきの男性が座り、そのすぐ隣には、男性と同じくらいの年齢のゆったりと波打つ桜色の髪に、少し目尻の下がったおっとりとした雰囲気の女性が座っていた。
女性の正面には、その女性に似た三十代前半の真っ直ぐに伸びた黒髪に鋭い眼付きの女性が座っている。
「おはようございます。お母さま!! お父様!! 大お姉様!!」
エイレンシアの言葉を聞いた雪綱は……
(あの黒髪の少し鋭い眼つきの男性が私の父で、ふわふわの桜色の髪の女性が私の母か、そして、母の目の前に座る女性が姉か……なんだか父も母もかなりの年だな、それに姉も二十代後半……いや三十代前半……)
あちら側において四つの時に、自然災害によって両親を失った雪綱の目から見たこちら側の家族は、父は厳格そうな印象であり、母はおっとりとした印象を受け、長女はその眼付きから父と同じような、自他共に厳しい印象を受ける。
母と姉を見た雪綱は、二人に対し同じ印象を受ける……胸が大きいと。
「お母さまも大お姉さまもぉ、持つ者ぉ~」
言葉を発した瞬間幼い私は『パッ』っと小さくぷにぷにとした両手で覆い隠した。
(くっ、可愛い、可愛い……が、さっきから胸ばかりだな、幼い私!! 確かに胸は好きだが、あちら側の私は幼かった頃、ここまで胸に固執していないはず……はず……うん、していない……)
そう言った私の言葉を、優しい笑顔と共に私の頭を優しく無言で撫でながら部屋へと入り……
「おはようございます。お母さま、お父様、お姉様」
「おはよう、エイリアシア、エイレンシア、いつも悪いわね」
「いえ、お母様」
「さあ、わが娘よ、エイリアスを私に……さ~ぁ、おいで~エイリアス~」
そう言って父は私に手を伸ばし、私もこの場より退避しようと父へと手を伸ばし……伸ばしきる前に、私の手が止まる。
(……んッ、動かない……ふっ、くぅぅぅ……動かない…………動かない!! どうなって……)
雪綱は、伸ばした手が伸ばしきる前に、ピタリと動かなくなり手を、上下、左右、前後に必死に動かすも、一切動かないことに気が付いた。
ただ、動かないと言っても、手の感覚はあり、骨と皮膚の間の筋肉や脂肪の厚み程度は動く。ただ、腕そのものが、それ以上は動く事は無く腕全体が何かに包まれて動かないのだ。
それも硬いモノに包まれているわけでは無い、むしろ水の膜の様な柔らかな、何かに包み込まれており不思議な感覚だ。
やわらかいモノに包み込まれているのに動かない。
手を何かに包み込まれていると、分っていても何も見えないず、動かすことも出来ない……
そんな不思議な感覚に包まれていると認識したとたん、雪綱は、エイリアスは言い知れぬ恐怖に包み込まれ、エイリアスの目元には涙が見る見るうちに溜まってゆき今にも泣きそうだ。
「手が……手が動かないんよぉ、ひっく、ひっく……」
(なっ、泣くなぁ、幼い私ぃ、あっ、ううっ、ひっく、ひっく……)
これが、もし十五の雪綱であったなら、泣くことは遭っても、現状の分析を始めただろう。ただ、この体は、四つであり、体に精神が引っ張られていることが否が応にも理解出来てしまった。
雪綱もエイリアスも、もう限界に近く、今にも涙腺が完全に決壊しそうになっている。そんな時に……
「おやめなさい、エイリアシア、エイリアスが怯えているでしょう。それに、大着が過ぎますよ」
母がそう鋭く言うと、雪綱の手を包み込んでいた不思議な感覚は『フッ』っと消え、雪綱は手を『ギュっ、ギュっ』っと何度も何度も閉じては開き開いては閉じを繰り返し……勢いよくエイリアシアへと振り向いたエイリアスの瞳は『キラキラ』と輝いていた。
「お姉さま!! お姉さま!! 今のが、魔力放出なん? 魔力制御なん?」
「ふふふふふ、エイリアス、もう少し大きくなったらと言ったのだけれど、もう我慢出来なくなってしまったのかしら?」
「んッ!! エイリアスは、エイリアスは、もう我慢出来なくなってしまったんよ! だからねお姉さま! エイリアスに魔力放出と魔力制御を教えてほしいんよ!!」
(……同じことを何度も言うんじゃない!! 子供か!? それに、この人は何を……何を求めているかは分る、分るが分かるが……私はその様な歳ではない!!)
姉は、自らの頬を人差し指で『トントン』っと、軽く叩くと私に頬を突き出し要求してくる。
私が『もじもじ』と迷っていると、『トントン』『トントン』『トントン』っと段々と激しく要求してくる。
「やぁ~、エイリアスは、もう、そんなお歳ではないんよぉ~」
そう言うとエイリアスは、近付いて来るエイリアシアの頬を両手で押して抵抗するも……
「エイリアス~キスしてくれないとぉ、教えてあげないんよぉ~」
(!! ……いくら何でも大人げないぞ!! こんな幼い子供の真似をして焚き付けるなんて!!)
「!! まねはやぁ~~」
「ふふふふふ、エイリアス~、教えてほしいん? それとも、教えてほしくないん?」
(うぅぅぅ、……恥ずかしい、恥ずかしいが……仕方がない……)
「いっ、一回だけなんよぉ」
私は、仕方なし目をつむり恐る恐る姉の頬に小さく可愛らしい桜色の唇を近づけるける……
『ちゅっ』
(!! ……この変態!!大人気ないぞ!!だましたな!?)
「!! ……うぅぅ、やあぁぁぁ、おねえさまがぁおねえさまがぁ、えいりあすのぉ……えいりあすの……お口にキスしたんよぉ~」
「……もう、何をしているのですかエイリアシア……」
「……うぅぅぅ、お姉さま……これで、教えてくれるん?」
「ええ、もちろんよ、ふふふふふ、最近は寝る前の額へのキスすら嫌がるようになったから、正直お姉様は少し寂しかったのよ」
「それを言うなら私もよ。久しぶりに帰省したのに、エイリアシア……ずるいわよ」
「私もです」
「エイリアス、お父様の頬にも……」
「最近は、母の頬にもキスを嫌がる様になって、母はさみしいのですよ」
「膝の……膝の……」
「あら、私はこの子を寝かしつける時、いつもしてくれるわよ」
「「「!!!!」」」
頭上で飛び交う会話に会話に、エイリアスは戸惑いつつも、父のエイリアスへと伸びた手が、力なく下がり、何処と無しか暗く寂しげな様子の父に気が付き、雪綱とエイリアスは心を一つにし、小さく手を振る。
父は私の降る小さな手に気が付くと、一気に表情が明るくなり、机の淵で小さく……激しく、短い往復距離で手を小さく振るう父の手は、父の心情を分かりやすく表していた。
「さあ、そろそろ、お食事にしますよ。」
母のそんな一言に、みなのきがひきし待ったのか頭上で飛び交う会話が止まり、皆一斉に胸の前で手を合わせた。
「「「いただきます」」」
(!! ……今、いただきますって……言った……)
机の上には机の上には机の上には、スープ、パン、サラダ、の入った皿。
緑、赤、茶色、白色の飲料水の入った瓶が複数。それらすべては、どうやら自分で入れなければならないようで、周りに控えているメイド達は、言い付けがあるまで控えているようだ。
そして、さらに机の上には、黒い漆塗りの食器が三つと焼き物の食器が二つ。
漆器の三つの漆器の中には、白いご飯では無く五穀米に似た穀物の入った漆器。茶色い汁の入ったお椀の中には、白い正方形の物体と緑色の葉が浮かび、明かに味噌汁と酷似している。焼き物の小皿には半円状のしわしわの黄色い野菜と野菜の和え物。長方形の皿には秋刀魚に似た焼き魚と瑞々しい白い小山。
(……和食……? 漆塗の塗りの緻密さと螺鈿細工の感じから、ある程度予測はしていたが、これは……似すぎているな。文化的収斂進化か? それとも、まさか……すでに、すべて埋まっている? それか、……私と同じ様に転生して来た者…………ん~駄目だ情報が足りない……んッ?……これは!? 湯飲みに緑茶!? ……色々と混沌としているな……)
◇
「「「御馳走様でした」」」
食事を終えると……
「お姉様、お姉さま、教えてほしいんよ!!」
「はい、はい、お母様、お父様、お姉様、エイレンシア、私達はこれで……」
「ええ、お願いね。エイリアシア」
私は姉に抱きかかえられ食堂を後にすると、ふかふかの絨毯の敷かれた廊下を通り四分程で、再び先程の姉の部屋につれられた。
姉の部屋の中に入ると、姉は私を抱きかかえたまま椅子に座り……
「さぁ、エイリアス、お勉強の時間よ」