不安
既に十月と言うのに未だ暑さは居座り、太陽はジリジリと街を焼いている。
絶望の始業式から二ヶ月も経つと学生たちも本来の日常へと戻り、ぞろぞろと登校するのも日常の一部となしている。
「ねえ咲っち! 知ってる?」
「いきなり何?」
学校へ向かう通学路で待ち合わせをしている天草裕子は西条咲に会うなり、開口一番に言った。
辺りを窺い、声を潜めて咲の耳元で、
「隣のクラスの男子が一人、行方不明になってるって噂」
楽しげに笑う姿は見た目よりも幼い印象を受ける。
「ああ、その噂なら知ってるよ。確か――C組の人だっけ? 一人暮らしだったみたいね」
「なんだー、もう知ってるのかー。つまらないなぁ」
裕子はあからさまにがっかりした顔をする。
「ちょっと、人がいなくなってるんだから……」
咲は裕子を戒めるが、それでも裕子のがっかりとした表情は変わらなかった。
「でもなんでいなくなっちゃったんだろうね。その男子生徒はバリバリの体育会系で悩みとは無縁のような人だったらしいし――」
「それはわからないんじゃない?」
咲が裕子の言葉を遮る。
「いくら、体育会系の人でも悩みが無いって言うのは……ねぇ? 誰にだって悩みってあるじゃない? だから、その人も何か悩みがあったのかもしれないよ」
裕子も咲の言葉に少し考える表情となる。
「まあ、私も悩みが無いかって言われたら素直に首は縦には振れないかも……」
「でしょ? だから、いなくなった人のことは知らないんだし、あまり口出しはしないほうがいいよ」
「うん、反省ー」
それからは二人とも会話することなく、学校へともくもくと歩いていたが、またも口火を切ったのは裕子だった。
「それにしても、わたしたちの学校って何か事件多くない?」
「うーん…… 言われてみればそうかも……」
裕子はその小柄な体格からは想像もできないほど活発で、休み時間となるとよくクラスから姿を消している。そして、授業開始ギリギリでようやく帰ってくる。そして、放課後に咲に休み時間に仕入れてきた噂を話してくれるのだ。
だから、咲もある程度の噂は知っているのだ。
裕子は指折り数える。
「ほら、覚えてる? 夏休みの肝試しで男子が霊に憑りつかれちゃったって話」
「うん、その事件が起きてから二、三日で裕子がわたしに教えてくれたんだよね。憑りつかれたかどうかはともかく、その人はまだ入院してるみたい……」
「最近だと、〝図書室の幽霊〟の噂も事件の一つだね」
「それは本当の意味での噂じゃない? 事件って言わないような気もするけど?」
「いやいや、その幽霊を見てる人はけっこう多いみたいだよ。一度に見るのは一人だったり二人だったりするけど、見たって人は十数人はいるんじゃないかな」
十人以上が見てると知り驚く咲。あくまで噂でしか聞いたことがなかったから、それほどの人数が見てるとは思わなかったのだ。
「そして、今回の行方不明か…… うわぁ…… これ絶対学校が呪われてるパターンだね……」
「呪いだなんて…… きっと、今年は良くないことが立て続けに起きているだけだよ」
「他にもまだまだあるよ。三年生の人で不登校の人がいるみたいだけど、その人も行方不明だとか」
三年生と言う言葉を聞いて、咲の眉がピクリと動く。
「あれ? その話なら私も聞いたことあるけど、不登校じゃなくて転校だって話だよ。重い病気で治療が困難らしいけど、海外なら治療できるとかって……って、わたしが噂に口出ししないようにって言ったのに、つい言っちゃったじゃない。さ、こんな話は終わりにして早く、学校行こう!」
そう言うやいなや咲は早足に歩きだした。
「ちょっと待ってよー」
裕子もその後を追いかけていく。
早足に歩く咲だが、その心情には一つの不安があった。それはまだほんの小さな不安で、学校に着いたら消えてしまう程度の不安。だが、それは一時的に咲の意識から消えるだけで、また何か事件があったら浮かんでくるような、心の中に根付いた染みでもあった。