表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランドールの魔女  作者: 若桜モドキ
一章 -魔法使いが嫌いな町-
6/39

五話 目覚めの抵抗

 何かが動く気配で、ミシャの意識が覚醒していく。

「う……?」

 室内は明るく、かすかに鳥の鳴き声が聞こえた。うっすらと開けた視界には、自分ではない誰かの身体の一部が見える。どうやらベッドの端に、つっぷすようにして眠っていたらしい。

 寝起きでかすんだ頭で、例の行き倒れの青年の様子を見る。

 夜はあまりよくなかった顔色は、少しだけだがよくなっているように見えた。すやすやと寝息を立てている。この様子ならもう心配はなさそうだった。

「……よかったぁ」

 思わず呟き、慌てて口を手で押さえる。せっかく眠っているのだから、起こしたりしたら申し訳ない。こういう時は、じっくりと眠らせてあげるべきだろう。

 ゆっくりと立ち上がって、ミシャは小屋の外に出た。

 夜中に雨でも降ったのだろうか。地面がしっとりと濡れている。空気中の汚れが雨にぬぐわれて空気が綺麗だ。遠くの山の向こうから登りつつある朝日も、ずいぶん違って見える。

 空に雲はなく、今日はよく晴れそうだ。


「んー」


 大きく身体を伸ばしたミシャは、いつものように朝食の準備を始めた。

 もちろん青年を起こさないように気を使い、静かに。

 確か干した豆があった。今日はあれをじっくりと煮込んだスープにしよう。クタクタになるまで煮込んだらやわらかくなっておいしいし、ケガ人の弱った身体にも優しいだろう。

 いつものように鍋に水をいれ、豆をいれ、火の上におく。

 そして水を汲むために、バケツを抱えてそっと小屋を出た。昨日のアレで水をかなり使ってしまったし、今日も昨日ほどではないにせよいつもより使うことになるだろう。

 ケガの手当てなど経験は浅いが、彼は数日は動けないと思う。

「そろそろ目を覚ましてくれるといいなぁ」

 呟きつつ、帰路に着く。

 このときのミシャはまだ、この後の大騒動を知らない……。



   ○   ○   ○



 小屋に近づくと、何やら奇妙な音がしていた。

 何かを引きずるような――這うような、ズルズルという感じの音だ。

「……?」

 邪魔にならないところにバケツを置いて、扉をそっと開く。音は、やはり小屋の中から聞こえてきた。もしかすると、青年がようやく目を覚ましたのかもしれない。

 安堵の息を吐き、ミシャは笑顔で扉を開いた。


「あの、目が覚め――」

「俺をどうする気だこの魔女め!」


 出会い頭に罵られた。

 ミシャの笑顔がピシっと凍りつく。

 そこにはまだうまく動かない身体で必死に這う、あの青年の姿があった。軋むほど歯を食いしばり、戸口で固まってしまったミシャを、刺し殺さんばかりに睨みつける赤茶色の瞳。

 獣のように床に爪を立て、彼は出口を目指して這いずる。

 ミシャを魔女と罵ったということは、彼は町の住民なのだろう。

 改めて、町の人々が抱く魔法や、それを扱う者のイメージの悪さを痛感した。やっぱり自分はここにいちゃいけないような気がして、胸の奥のほうがチクリと痛む。


「――って、動かないでくださいっ」


 しばらくの思考停止から復帰したミシャは、すぐさま青年に駆け寄った。

 別に罵られてもかまわないが、彼を今、動かすことはできない。

「ケガは応急処置しかしてないんです! ヘタに動いたら開いちゃう!」

「うるさい! 魔女なんかに助けられるぐらいなら」

「死んだほうがマシとかいうなら、魔法で無理やり縛り付けますよ! あらかじめ言っておきますけど、わたし【呪術式】は完全に専門外ですから、どうなっても知りませんからねっ」

「こ……やっぱり魔女は邪悪だ! 悪魔だ!」

「あなたが暴れるからです!」

 必死に押さえつけて、動きを封じる。

 相手は幸いにも薬とケガのせいで、身体がうまく動かないケガ人だ。疲れたところに、睡魔を呼び起こす魔法をかければ、ひとまずおとなしくさせられる。

 本当はそんなことをしたくないけれど、彼の命を救うためにはやむをえない。

 ここから町までは結構ある。ミシャにはどうしても、こんな状態のケガ人が町にたどり着けるとは思えない。ケモノに襲われるか、遭難する可能性の方がずっと高いように感じる。

 確か、麻酔効果のある草をどこかに置いたはず。

 ミシャは青年を押さえつけつつ、部屋の中に視線をめぐらせて。

「は、な……せっ」

 その隙をつかれ、振り払われた。

 部屋の、ベッドがある方へ転がらされ、壁に身体をうちつけた。

「……ったぁ」

 痛む箇所をさすりながら、ミシャは青年の姿を探す。

 彼は開けっ放しだった戸口に、その指先をかけていた。

「もうっ、わからずや!」

 ミシャは作業台に駆け寄り、無造作に置かれていた草を掴む。次に、緑の魔素が入った小瓶をスカートのポケットから引っ張り出した。小瓶のふたを口で引っこ抜いて、草にまぶした。

 強引な手段だが、もう選んでいる時間はない。

 ミシャの様子に青年が振り返り、その顔に驚愕の色を浮かべた。

 ちょっと待ってくれ、とかいう声が聞こえるけれど、ミシャはあえて無視をして。

「ケガ人はおとなしくベッドで、寝てればいいんです……っ」

 寝かしつけたら手足を拘束しよう。治るまで、この小屋から一歩も出さない。徹底的に直してからたたき出してやる。……そんな感情を込めて、ミシャは手の中の草を握り締めた。

 後はこれを投げて、魔法を使うだけだ。

「お、おい……マジかよ! この鬼畜! 魔女! 悪魔!」

 身体をひねって草を握る右腕を後ろに振り、おろおろする青年に狙いを定め――。



「やれやれ、あなたは子供ですか、リオ」



 投げつける前に、聞き覚えがある落ち着いた青年の声がした。強引に腕を止めたのでかすかに身体に痛みが走り、変な体制のままミシャはまた固まってしまう。

 もしミシャの記憶が確かなら、今の声は間違いなく……。

「聞き覚えのある、実に情けない声が聞こえると思ったらあなたですか」

 呆れが滲む声とため息。枝を踏む乾いた音。


 そこには、荷物を抱えてこちらに向かってくる、ネールの姿があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ