六話 司祭のはかりごと
「……どうぞ」
少しデコボコした金属のカップに紅茶を入れて、差し出す。
椅子に座ったネール。ベッドに腰掛けた例の行き倒れ――リオという名の青年。ミシャは二人に交互に視線を向けるが、ネールはリオを見て、リオは壁を睨むので視線は合わない。
「あのぅ……」
「はい」
「事情を、誰か……」
「魔女は何も知らなくていいんだよ、さっさとどっかいけ」
「……そこのバカはリオ・カーティス。私の、幼馴染というヤツですね」
ネールはまったく気にせず、勝手にリオの名前をミシャに語る。
何となく、二人の力関係がミシャには見えてきた。たぶん、それは指摘するまでもなく当人たちにもわかっている。だからこそ、リオはネールに不満そうな目をジトリと向けている。
「勝手に説明すんな。魔女に名前を知られたら呪われるんだぞ」
「え、無理ですよそんなの」
呪いというからには、おそらく【呪術式】のことなのだろう、とミシャは思う。これはかなり計画を立てて実行するもので、普通の【五色魔法式】と比べていろいろと面倒くさい。
たとえば普通だとそこらの石ころや土、水でも触媒にできるが、【呪術式】となるとそれ相応の触媒が必要だ。相手を特定しない場合はいらないが、標的の身体の一部も求められる。
一般的には髪の毛を使うが、体液のほうが望ましいと書物にはあった。
通常の魔素では、それこそちょっとした湖ほどの量が必要で、つまりは魔石を使うことが最低条件となる。術者にもそれ相応の能力も求められるし、生半可な魔法使いではダメなのだ。
さらに数日ほどかかる上に、種類によっては本当に悪魔と呼ばれる類の精霊に願い、力を貸してもらうので、それなりにしっかりとした『儀式場』も必要なのだ。
「……って仕組みなので、罵られたぐらいで呪ってたら破産しちゃいます。金縛りぐらいならパっとできるんですけどね。それなら触媒も手ごろで、黒の魔素だけでいいんですよ」
「お前、バカだろ。誰も呪い方なんて聞いてねぇし」
「だ、大丈夫ですよ! わたし、リオさんのこと嫌いじゃないですから!」
「そういう話でもねぇよ!」
「よかったですねリオ、失礼なあなたを嫌いじゃないそうですよ」
「お前も黙れ。むしろお前が黙れ。つーか、魔女に好かれてもうれしくない」
「じゃあ嫌われたいのですか」
「だから、そういう問題じゃねぇ……」
がっくりとリオは肩を落とす。
……何か間違ったことを言ったのだろうか、とミシャは首をかしげた。気軽には呪えないということと、罵られたけど覚悟はしていたから嫌ってはいない、と説明しただけなのだが。
難しいなぁ、とミシャは心の中でつぶやく。
やはり魔法使いの世界と、普通の人の世界にはズレがあるのだろうか。
これから普通の人の中で生活するなら、そのズレを把握し、慣れなければいけない。
「まぁ、とりあえず今後のことを話しましょうか」
「魔女を追い出す方法か?」
「アルテミシアさんは、ランドールで暮らしたいのでしょう? だったら、いい方法がないこともないです。いろいろと苦労するかもしれませんが、正攻法ですよ」
リオを完全に無視して、ネールは笑う。
はい、とミシャは答えた。せっかく選んだ新しい場所。ほかにいくアテもないし、ここで暮らせるなら多少の苦労も厭わない。それくらいの覚悟は決めて、故郷を飛び出している。
しかし、ネールが笑顔とともに告げた『正攻法』は、意外すぎるものだった。
「よろしい。ではまず、領主の館に行きましょうか」
「はい?」
「な……っ」
「私から話を通せば、きっと会ってくれるでしょう」
まるでちょっと散歩に行くぐらいのノリで、彼はそう言った。
○ ○ ○
山のふもとにミシャとリオはいた。
町に入る手はずを整える、とネールは一足先に山を下り、ミシャはリオを支えつつふもと彼を待っているのだ。リオは木陰にすわり、ミシャはその隣で読書をしていた。
「……それ、何の本だ?」
「薬学の本です。薬草の種類とか、その効能とか」
メルフェニカ王国についてすぐに、ミシャは本屋に入り、そこでメルフェニカに自生している薬草などがしたためられた、魔法使い用の書物を購入していた。
今読んでいるのがまさにその本で、ざっと目を通しただけでも故郷とだいぶ異なっていることがわかる。毒草との見分け方も載っているので、しっかり覚えないといけない。
万が一にも間違ったら大変だ。特に故郷で広く使われている薬草に、恐ろしいほどそっくりな毒草があるようなので、しばらくの間は本を片手に山をウロウロすることになるだろう。
ちなみに、リオに使ったものは故郷から持参したものだ。何があるかわからないので、他にもいくつかの薬草やハーブを持ってきている。……まぁ、ほとんど使ってしまったが。
「……にしても、遅いな」
「ですね」
ネールが町に戻ってから、どれくらい立っただろうか。空が若干赤みを帯び、夕方と呼んで差し支えなさそうな雰囲気が漂い始めている。何かあったのか、と心配になってきた。
立ち上がったミシャは遠くに目を凝らし、こちらに向かってくる人影に気づく。
まもなく、それがネールだとわかった。
「すいません、遅くなりました」
彼はなぜか数人の男女を伴っている。服装からして教会の関係者のようだ。彼らはリオを担ぐか何かするためなのだろうか。だがそれだと、あんなに人数は必要なさそうだが。
「少々手違いがありましてね、準備に手間取りまして」
「手違い……ですか?」
「えぇ。それで申し訳ないのですが……」
と、ネールが視線をそらす。それと同時に彼が連れてきた一団が、それぞれに縄やら何やらを手にミシャをぐるりと取り囲んだ。さすがのリオも、不穏な様子に驚きを見せる。
「あの、あの?」
「ちょっとの辛抱ですから……すみません」
頭を下げられても、とミシャが思う一方、一団は彼女の手首を後ろでまとめて縛った。さらにウエストの辺りをぐるぐると巻きつけ、手首はおろか腕も動かせない状態にされる。
縄にはところどころに銀色の飾りが通されていて、そこからぶら下がった金属片が場にそぐわない澄んだ音を奏でた。おそらくは、儀式的な何かのためのものなのだろう。
結構容赦なく縛られ、胸が押されて息苦しい。
無理に後ろに回された腕や肩も痛む。
「おい、ネール……お前、これ」
「ね、ネールさぁん、どういうことなんですかぁ……?」
「……」
親友の問いに答えない司祭。もちろん、今にも泣き出しそうな魔女の問いなど、答えるわけもなく。ケガをした足を引きずる親友に肩を貸し、一段の先頭に立ってゆっくりと歩き出す。
こうしてミシャは、罪人のような姿で町に向かうことになった。




