一話 迷子の師匠、知りませんか?
ランドールの中心部から少し外れたところに、広い公園がある。ここは常に花に彩られた美しい場所で、人々の憩いの場であると同時にカップルの定番デートコースだった。
もちろん一人で歩くのにも適していて、リオもよくこの場所を歩く。
彼は、いずれ領主となることを定められた存在だ。
遊びまわっているけれど、そのことを忘れたわけではない。そのことを忘れないため、彼はこの美しい庭園をよく見回っている。ここを、自分が守らなければいけないのだと。
一度、この町は炎に沈んだ。
跡形もなく、すべてが消えてしまった。
そこから長い年月を重ね、ようやくこんな庭園を造れるまでになり。それを維持管理し、常に美しく保ち続けることが叶うようになり。これを、平和と呼ぶのだろうとリオは思う。
守らなければならない。
ここを、自分が。
かつて先祖が、すさんだ人々の心を癒すべく作り出したもの。
書物によるとその先祖――彼女は、弟を支えたすばらしい姉だったそうだ。魔法嫌いが加速する街を憂いていたという話だが、なぜそうだったのかは記録には何も残されていない。
何を思って、彼女は魔法を拒絶することに反対したのか。
かつての街の中心地だったという、この場所をあえてこんな庭園にしたのか。
伝わらない物語を、今を生きるリオが知ることはできない。
だから、わかる範囲でやっていくしかない。
この場所を守ること。そして――魔法を拒絶しないこと。
「それでも、魔女はまだ受け入れられない、けどな」
思うのは黒い髪の、魔女の姿。彼女の努力でだいぶ認められてきているが、街の老人などは露骨に彼女を嫌っているものも少なくはない。早く追い出せ、という嘆願は毎日届く。
けれど、それは無理なことだ。
メルフェニカ王国は、現在主要な街に魔法師か魔女を赴任させている。もちろん、ランドールだってその例からはもれない。ただ、住民の意思をたてに、断固拒否していただけのこと。
しかし、その代役のような形で彼女――アルテミシアはここで暮らし始めた。
姉弟子が宮廷魔女で、書類上は彼女の推薦で宮廷魔女見習い、という感じだという。修行をかねてこの地に赴任していて、何人も彼女に害を与えることは許されていない。
赴任してくるものは、言うならば『客人』なのだから。
――だから、そういう書類内容にしたんだろうな、その魔女は。
見たことのないミレアナなる魔女に、リオはかすかな恐怖すら覚える。アルテミシアの話を聞く限りは、おっとりとしたお姉さんという感じのようだ。だが中身はかなり違うはずだ。
そのうち会うことになるのだろうか。
考えるだけで、気分が滅入った。
思わずリオは深く、そして長くため息をつく。
「あの……」
そこに、一人の少年が近寄ってきた。見たところ、旅人か旅行客らしい。荷物を持っていないところからして、おそらくすでに宿にそれらを置いて、ここを紹介されてきたのだろう。
他に観光できるところはあったか、とリオが思案する中。
「うちのお師匠、知りませんか?」
これくらいなんですが、と黒髪の彼が示した、お師匠の大きさ。
それはあまりにも、びっくりするほど小さいものだった。




