十話 少女の旅立ち
ランドールの町の入り口に、ミシャ達はいた。
今日は、ハルが帰る日なのだ。
「元気でね、ハル」
「はい!」
姉妹は実にいい笑顔だが、兄に抱きついたままでいるティエリスの表情は暗い。むしろ悲壮感すら漂っている。今生の別れではないはずだが、彼にとってはそれに等しいのだろうか。
「おい、ティー。いつまで俺に隠れてるんだよ」
「……だって」
「だってじゃねぇよ。ほら、あの子が好きなら最後ぐらい、かっこいいところ見せろ」
男だろ、と言われたティエリスが、おずおず、といった様子で前に出た。視線はうつむいたままで、唇も硬く結ばれているが。それでも、ゆっくりとその硬さが緩んでいく。
ハルは、じっと黙ってティエリスを見ていた。
彼をせかすでもなく、ただ待っている。
「……い、つか。ここに、また、来る?」
「来てほしいなら、来ます」
「じゃあ……来てほしい。いつでも、いいけど、早く」
そこで、沈黙が流れはじめる。
ティエリスはうつむいたままだし、ハルもなんだか気まずそうに視線を下げている。ミシャ達はそれを見て、しかし何もいえないまま見守ることしかできなかった。
「面倒なお子様です」
そこで、カレンがため息混じりにそういうと。
「煮え切らない男よりは、うちの兄さんなどをオススメしますよ。妹がいうのも何ですが、見た目もいいですし将来も安泰。少なくとも勢い任せの求婚はできるくせに、ここぞというタイミングでの好きの一言もいえないヘタレさんよりは、ずっとずっといい伴侶候補かと」
「だ、ダメ! ハルはボクのなんだから!」
「じゃあ、はっきり言いなさい」
もう言ったようなもんじゃねぇか、とつぶやくリオ。モノ扱いはどうかなぁ、とミシャはぼんやり思ったが、言葉はともかく確かに『言ってしまった』に等しい。
そのことで、踏ん切りがついたのだろう。
「ハル……ボクは、ハルが好きです」
顔をあげ、ティエリスはまっすぐに彼女を見て。
「だからいつか、また……来てくれたら、ボクは」
「お返事は……卒業、したら。また、アルテミシアさんをたずねに、来るから」
「……保留にするなんてやるじゃない」
ぼそぼそ、とジュジュが笑っている。確かに真っ赤になって俯いたハルは、ティエリスからの何度目かの告白への返事を、次の機会へと伸ばしたわけだが。しかし隠し切れない喜びの色は明らかで、あんな表情ではもうほとんど返事をしたに等しいと言える。
しかし、それに気づくほどティエリスに余裕はなく。
ランドールにきた時と同じように、彼女は黒いドラゴンと共に去っていった。
必ず――七年後、またやってくると約束して。
○ ○ ○
すっかり黒い影が見えなくなり、ミシャ達はとりあえず『踊り羊亭』に向かった。今日はカレンというかネールのおごりで、夕飯をそこでご馳走になるのだ。
本当ならばハルも参加するはずだったが、あのドラゴンに乗っていくとなると断念せざるを得なかったのだ。ティエリスが落ち込んでいたのも、主にそこに理由がある。
「本当なら、もっと一緒だったのに」
「向こうには向こうの事情があるんだよ、いい加減に元気出せ」
「そうよー。暗い顔のティーは嫌いですぅ、とか言われちゃうぞー?」
リオとジュジュに励まされて、もうじきティエリスは笑顔にもどるだろう。問題は、ミシャの背後にぴったりとついて、ついでににらんでいるらしい視線を感じるカレンのことだ。
あの日、魔法を使って彼女を救ったことを、どうも根に持っているらしい。
恐る恐る振り返ると、案の定、ミシャをにらむカレンがいる。
だが、彼女が告げた言葉は、予想とは違っていた。
「……まぁ、認めてやらないこともないですよ」
ぼそ、とカレンが言う。
「魔法はやはり禁ずるべき力ですが、時と場合によっては、まぁ、存在を認めてもいいぐらいには有用なものです。せいぜい、これからもがんばればいいと思うですよ」
「お前な……」
「カレン、もう少し素直になったらどうですか」
二人に責められたカレンは、なぜかミシャをにらんだ。まるで、彼女がいるから怒られているとでもいいたそうに。まぁ……それはある意味、見方によっては間違っていないが。
しかしかなりひねくれた解釈の末であるし、これは完全なる八つ当たり。
その反応に二人がさらに怒るのは、当然の流れだった。
「あーあ、ったく、あの子はホント素直じゃないんだから……」
気にしちゃダメよ、とジュジュが苦笑する。その間も、兄とその友人に、あれやこれやとしかられて反発する妹という構図は、だんだんにぎやかになっていった。
さっきまでの、なんとも甘酸っぱい余韻などどこにもない。
しかしこの賑やかさのほうが、ミシャは心地よい。
ここに来たころなどは、考えられなかった時間でもある。
「うーん、少しは前進……かな」
そんなことを、ぽつりとつぶやいて笑った。




