十二話 これからの話
「――ってことがあったの」
「へぇ」
お昼過ぎの踊る羊亭。
一通り客がいなくなって、ヒマになったジュジュはミシャの席にいた。
「あー、そっか。あれティエリスか……」
「気づかなかったの?」
「年齢が離れてるから、あんまり頻繁には会わないのよね。リオみたいに、町の中歩き回る子でもないし。ネール兄さんならすぐに気づいたと思うけどね。たぶん」
付き合い長いし、というジュジュの言葉に、ミシャは確かにと思った。
並べてみると、あの兄弟は実に似ている。
目つきや年齢の差もあってそっくりというわけではないけど、こう、雰囲気のようなものが同じ感じがしたのだ。ミシャでさえそう思ったのだから、ネールなど一瞬で気づくだろう。
「で、どーすんの?」
「え?」
かららん、と冷たいコーヒーに浮かぶ氷を揺らし、ジュジュはにやりと笑う。その笑みに何ともいえない意味深さを感じ、ミシャはゆっくりと視線をそらせた。
ああいう風に笑う時、笑った相手はロクなことを考えていないことが多い。
「決まってるじゃないの。リオ兄さんのコトよ」
「う……」
やはり、そこに食いつかれた。
ジュジュの瞳はきらきらと輝いている。完全に面白がっている目だ。あわよくば、より面白くなるように、引っ掻き回したがっているような。……何にせよ、恐ろしい目をしている。
「それともネール兄さんの方がお好み?」
「な、なんでそうなるのかな……」
「じゃあリオ兄さん?」
「だっ……だから!」
違うの、と必死にミシャは訴えるも、ジュジュはまるで取り合ってはくれなかった。
ティエリスといいジュジュといい、強引な人は怖い。
○ ○ ○
夕暮れの中を、ミシャは歩く。
踊り羊亭に寄せられる依頼の多くは荒っぽいものだったが、幾つかミシャでも何とか出来そうなものが見つかった。薬の調達や、ランプなどに使う触媒の作成などだ。
どうやら、これらはミシャがここに住み始めてから、集まってきたものらしい。
――あのランドールに、いないはずの魔女がいる。
そんな噂が、静かに浸透しているそうだ。
今はまだ数が少ないが、そのうちすごいことになるかもしれない――とは、踊り羊亭の店主のコメント。覚悟を決めた方がいい、というニュアンスの言葉は、ミシャに重く圧し掛かる。
今のところ、町にいる魔法使いはミシャだけだ。
つまり、魔法式を使う薬品や道具を作れるのもミシャだけ。
責任重大である。
「……ゆっくりやればいいって、言うけど」
あんまり、ゆっくりもしていられないような気もする。噂というものは、ものすごく早く広まっていくのだと、師も言っていた。この世界である意味、最強に恐ろしいものなのだと。
とりあえず、頭の中でもう一度、今すぐ作れる『商品』を考える。
各種薬、ランプに使う火種。
今の工房だと、需要があるもので作れそうなのはその辺りだろうか。もっとも、火種は黒の魔素を勝ってこないといけないから、正確には『今すぐ』というわけではないのだが。
まぁ、くよくよしても仕方がないし意味もない。
出来ることを、出来る範囲でやって。
そして、前に進むしかない。
「あれ?」
家が遠くに見えたところで、ミシャはまたそれに気づいた。
――家の前に誰かが立っている。ここ数日、何度となく経験した光景だった。
けれど、今度は女の子。
ティエリスよりさらに幼そうな、青みのある濃い灰色の髪。ネールよりも色が濃い灰色の瞳がミシャを捉え、その可愛らしい顔にふわりとした笑みが浮かんだ。
「……アルテミシア、さん」
振り返った少女は、にっこりと笑って頭を下げる。
その姿が、師が弟子に求めた、水上都市の少女が被る。けれどその姿は、ミシャの記憶に残っている彼女とは違っていた。見た目の形もそうだけれど、何よりも表情が違う。
だけど、そこにいるのは間違いなく。
「ハーヴェル……?」
それは、ミシャの妹弟子となった少女。
長かった髪を短く切り、さらに明るい笑みを浮かべている。
――ハーヴェル・シルスが、そこにいた。




