十一話 ボクのおねえちゃんになってよ
クッキーは三種類作った。
普通のと、チョコと、数種類のナッツを砕いて混ぜたもの。
小さめにしたのと材料が許す限りに作ったので、かなりの量になってしまった。
だが、これだけあれば家族四人、充分にいきわたるに違いない。
ほとんど使われないオーブンを使って、こんがりおいしく焼き上げて。朝市で見つけた雑貨屋で手に入れてきたラッピング用の紙袋に詰めて、最後にリボンできゅっと口をふさげば。
「かわいい! 売ってるお菓子みたい!」
出来たものを手に、ティエリスは目を輝かせる。淡いピンクで統一したラッピングは、おそらく気に入ってもらえる……はずだ。肝心なのは中身。いろいろ作ってみたが、どうだろう。
少しの不安を抱え、ミシャはティエリスを伴って家を出る。
やれるだけのことはやった。
後は、成り行きに任せるしかないだろう。
「だいじょーぶだよ、だってミシャおねえちゃんと一緒につくったんだもん」
完成したものを手に、ミシャとティエリスは歩いていた。
これから、ティエリスの家まで、彼を送っていくのだ。目当てのものを手に入れて、彼はずいぶんとご機嫌で、家を出てからずっとミシャの手を握って離そうとしない。
かわいいなぁ、とほっこりしていると、前方から誰かが走ってくるのが見えた。
実に見覚えのある姿に、ミシャは足を止める。
そしてティエリスは、なぜか怯えるようにさっと背後に隠れてしまった。
「あれ、どうし――」
「ティエリス!」
走ってきたその青年は、ミシャとその背後にいるティエリスを怒鳴る。
びくん、と背後にいるティエリスの身体が震えたのがわかった。ミシャだって、ティエリスがいなかったら震えて、いや脱兎のごとくこの場から逃げ出したかもしれない。
余所行きの格好で、いつもの口調。
実にアンバランスが状態で彼――リオは、目の前に立っている。浮かんでいる笑みは若干ゆがんでいて、むしろ普通に怒っているよりも凄みがあるように思えた。
明らかに怒っているその様子に、ミシャは必死に浮かべた笑みを凍らされてしまう。
ミシャの前に現れる彼は、だいたい不機嫌そうにしていることが多かった。
――が、ここまで、明確に怒っていたことは、なかったはずだ。
ましてや領主の息子らしい格好など、あの悪夢の一日以降初めて見たかもしれない。見た目だけはどこかの王子様のような姿なのに、口調も雰囲気も荒々しかった。
「こ、こんにちは、リオさん」
「ご機嫌麗しゅう――なんて、言える状態に見えるかよ」
「う……」
「ったく、やっと見つけたと思ったら、何でお前と一緒なんだ」
ちらりと彼が視線を向けるのは、ミシャに隠れたティエリスだった。
まさか、とミシャは二人を交互に見比べる。
茶髪に赤茶色の瞳。
ティエリスの言った家族構成、成人済みの年の離れた兄。
思い出せば、ジュジュも言っていたではないか。見たことがあるような、と。リオの身内ならばあったことがあるかもしれないし、これだけ似ていれば見覚えがある気もするだろう。
あの日に見た領主夫人――二人の母親は、確かに丈夫そうには見えなかった。
線が細いというか、病弱だったといわれたら納得するような女性だった。
というか、彼女の調子が悪いのは。
今、ここにいる『魔女』のせい……ではないのだろうか。
どうしよう、と焦りだしたミシャを他所に、兄弟のにらみ合いは続く。
「ティー、ティエリス。言い訳は父上にちゃんとしろよ、自分で。屋敷中が大騒ぎで、今もランドール中を探し回ってるんだぞ。最悪、そこの魔女がまた厄介なことになりかねない」
「……だって」
「あぁ?」
「ママのために、ミシャおねえちゃんとがんばった、だけ……だもん」
「……母上のため?」
「えっと、元気がないから、お菓子を作ってプレゼントしようって、ことになりまして」
これがそうです、と差し出す。
それを見た瞬間にリオが浮かべた表情は、あっけにとられたというか、いろいろと力が抜けたというか、あきれ果てたというか。とりあえず、怒りだけはどこかに飛んでくれたらしい。
「……まぁいい。来いよ」
ため息混じりに背を向ける彼に、ミシャは黙って付いていく。ティエリスは少し緊張した面持ちで、さっきよりも強く、どこか縋るようにミシャの手を握っていた。
ミシャは、屋敷に着いたら帰るつもりだったのだが。
「母上がお前も一緒にお茶したい、って言ってるんだけど」
という、夫人の申し出に答え、少しだけ長居することになった。
○ ○ ○
結論から言うと、領主夫人にしてリオとティエリスの母親は、確かに気分的に少し落ち込んでいたらしい。長男はともかく、幼い次男にも気づかれていたなんて、と彼女は苦笑した。
原因はリオのこと。
次の領主となる身分でありながら粗暴な態度と服装で町に出て、以前ミシャが彼を拾った時のように危ない目にもあったり。ともかく、心配してもしたりないほどなのだそうだ。
加えて二十一にもなるというのに、未だ浮いた話の一つもない。
縁談は片っ端から断り、お見合いまでこぎつけても笑顔で相手を振る。
もうどうすればいいのかわからなくて、困っていたそうだ。
部外者ながら、そんな事情を聞かされたミシャは、思わずリオを見てしまう。我関せずといった様子で紅茶とクッキーを味わう、しかし誰の目にもはっきりと分かる元凶を。
「な、なんだよ……」
「知ってますか、リオさん。こういうのって『おやふこーもの』って言うんですよ」
「ま、まだ二十一だぞ。別にいいだろ。父上だってピンピンしてるし。領主になる勉強とかもちゃんとやってる。今のうちしか出歩けないんだから、少しぐらいは許されても」
「その結果がこれですか」
「う……」
言い返せなくなったリオは、乱暴にクッキーを口に放り込む。
そんな息子を、夫人は少し驚いた様子で見ていた。
彼女の視線はそのまま、ミシャに向けられる。
「あの、何か?」
「いいえ。ただ、リオがそんな風になるのは、ずいぶん珍しいことだから」
くすくすと笑う夫人。
母親の言葉に、リオは複雑そうな表情をする。怒りたいし訂正したい、でも母親が笑っているからどうにもこうにも言い憎い。おそらく、そんなところだろうか。
「ミシャおねえちゃんに、もう一つお願いがあるんだけどいいかな?」
自作のクッキーにご満悦だった、ティエリスが笑う。
「あのね、おねえちゃんに、ボクの『おねえちゃん』になってほしいの。おねえちゃん、ずっとランドールに住むんでしょ? だったら、このお屋敷に引っ越してくればいいと思うよ」
「へ?」
「ティー、お前ふざけたこと言ってると――」
「ほんとはね、ボクがおねえちゃんと結婚したいんだ。だけどボク、まだ子供だからおねえちゃんと結婚はダメだと思う。だから兄様に譲ってあげるの。ねぇ、兄様と結婚してあげて!」
「……え、あの」
そんないきなり言われても、とミシャはうつむく。
確かにリオは、ああ見えてちゃんとしたところのある人だとは、思う。ティエリスもかわいいと思う。だけど、だからってそのまま即結婚というのは、何か違うような気がした。
そもそも、結婚に憧れこそあるけれど、意識はない。
いきなりその話題を振られても、困ってしまう。ましてやそんな話題を振ってくるのがずっと年下のティエリスで、相手があのリオとなれば……平常心も落ち着きも、根こそぎ消えた。
うつむいたまま顔を上げられないミシャ。
その近くではリオが、怒りで顔を赤くして弟を見下ろしていた。
「いい度胸だな、ティー。お望み通り、あとでたっぷり泣かせてやる」
「あのね、そんなこと言ってると、司祭様におねえちゃん、とられちゃうよ?」
「ね……ネールは、関係ないだろうがっ」
「ネールも、いい子ですものねぇ」
「お願いですから、どうか母上は少し黙っていてください」
のんきなコメントを寄せる母親に、リオは引きつった笑みを向ける。
一度、深く深呼吸をして、彼は未だうつむいているミシャをびしりと指差して。
「だいたい、こいつの意思はどうなんだ! あのな、結婚なんてものは、片方の事情でどうこうしていいもんじゃねーんだよ。つか、片方の身内の事情で振り回すものじゃねぇ!」
「おねえちゃん、兄様のこと嫌いじゃないよね?」
「えっと……あのその、あの」
再び話題の舞台へと引っ張り上げられ、ミシャはうろたえる。
本人を前にして、好きとか嫌いとか言えるわけがない。そして、どっちを口にした場合でもリオが怒るのは火を見るより明らかで、余計に彼女は明確な言葉を告げられなくなる。
「じゃあ、兄様と結婚して、ボクの『おねえちゃん』になって! こんなに真っ赤になって否定するんだから、きっと兄様もね、ミシャおねえちゃんのことが好きなんだよっ」
「あらあら」
「ほら、ママも喜んでる!」
「もうお前は黙れ! 母上も笑ってないで、このバカを何とかしてください。んで、お前は真っ赤になってないで何とかいえ! 何で俺一人がこんなに焦って……あぁ、もう何でだよ!」
リオ一人が騒ぐばかりのこの『お茶会』は、もうしばらく続く。
思わぬ話題に巻き込まれたミシャだったけれど、なぜかそんなに悪い気はしなかった。




