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ランドールの魔女  作者: 若桜モドキ
二章 -困った人を助け隊-
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八話 巣立ちと親心

 厳かな雰囲気、澄んだ歌声と音色。

 ここは、ネールがいる教会――の外だ。

 ベンチなどが置かれ人々が憩う適度な広さの庭の、中央に立っている。

 本日のミシャの仕事は、教会の掃除だった。昨日ランドールは季節外れの強い風雨に見舞われしまい、ここに限らずあちこちで枝や葉っぱが散乱している。

 細々とした依頼をまわしてくれるネールへの、ちょっとした恩返しに来ているのだ。

 ホウキを手に、さっ、さっ、と、水に濡れて重い葉っぱをはき集める。ここはまだ草が植えられているのでマシな方で、街中の石畳などは張り付かれてさぞや大変だろう。

 他に数人の教会関係者と共に、散らかった庭を整える。風で倒れた草花も、あとで丁寧に起こして植えなおさなければいけないだろう。民家の中には屋根が傷んだところもあるという。


「アルテミシアさんのとこは、屋根とか大丈夫だったの?」

「あ、はい。畑がちょっと荒れちゃいましたけど」


 一緒に掃除をしている少女と、そんな会話を交わす。

 よく教会で手伝いをしているせいなのか、それなりに打ち解けてきた。少なくとも、遠巻きにされたりすることはない。まだまだぎこちないものの、世間話ぐらいは交わす。

 今、一緒に作業しているのはエミリア。

 ミシャより一つ年上の、暗い色合いの茶髪の少女だ。一番年齢が近く、ジュジュとも知り合いであることから、真っ先に話しかけてきて、仲良くなった。

 教会での交流は彼女が中心になっている。

 本当に、エミリアがいなかったら、とミシャは感謝しても仕切れない。


 そんな彼女の身体は、ずいぶんとふっくらしている。実は彼女、一年前に幼馴染の青年とめでたく結婚し、しかも現在妊娠中なのだそうだ。その左手薬指には、銀のリングが光る。

 十代も半ばを過ぎて、ミシャも少しだけ結婚を意識するようになっている。今すぐしたいわけではないけれど、したくないわけでもなく。しかし、相手は特に存在しないのだが。

 でも、ずっとランドールにいるのなら、ここの人と結婚するのだろう。

 そうなるとエミリアのように、この教会で式をあげるのか。


 掃除の手を止め、ミシャは教会を見上げる。

 白を基調にした清らかそうな佇まい。今日は賛美歌を歌う市民合唱団の練習日で、ネールが演奏するパイプオルガンの音色に合わせて、歌声が中からもれ聞こえてくる。

 心地よい音楽を聞きながらの作業は、そう苦にはならない。

 自然と身体が左右に揺れて、鼻歌まで流れていく。


 思い出すのは、少し前の――まだ、シェルシュタインの里にいた頃の話。

 弟子探しに出た師に付き添って訪れた水上都市。そこで出会った、歌姫と呼ばれる少女らの歌声。あれは実にすばらしいもので、彼女らが同じ人間だとは思えないほどだ。

 彼女らが扱うのは、現存する古魔法の一種『唱歌式』。文字通りにその歌声を使い、魔法式を紡ぎだすもの。古魔法によくある『血筋』で連なるもので、歌姫はみんな縁者なのだとか。

 これと似たようなものに『言霊式』があるが、こちらは歌わなくてよいという。まぁ、そこら辺の詳しい違いをミシャは知らない。後者など、扱える魔法使いの有無すら知らないのだ。

 長く生きた師ならば、実際にそれらを扱う魔法使いと出会っていそうだけれど。

「んー、もう一度行きたかったなぁ」

 海の遠いシェルシュタインの里ではあまりお目にかからない、生の魚介類。交易が盛んなので珍しいものもたくさん目に出来た。里では見かけない種族の人も、いろいろと。


 まぁ、何より先に思い出すのは料理だけど。

 師が呆れるほど、たくさん食べてしまったような気がする。


 だってすごくおいしかったんです、と言った、自分の声が頭の中によみがえった。まさにその通りで、全部おいしい料理が悪いのだ。おいしいからついつい食べてしまう、たくさん。

 踊り羊亭といい、世界にはどうしてこんなにおいしいものがあるのだろう。

 例の依頼の余波で料理にも目覚めそうだし、どうしてくれる。

「……今夜も、お店にいこう」

 お手ごろ値段でがっつり食べられる、あの店のとりこになりつつあった。



   ○   ○   ○



 一通り掃除を終えて教会の中に入ると、丁度練習も休憩に入ったところだった。

 紅茶や、簡単につまめる軽食が振舞われていて、ミシャもそれをごちそうになる。一口サイズに切り分けられたサンドイッチは数種類用意されていて、どれもこれも凄くおいしい。

 材料もそう高価なものは使っていないようだし、自分でも作れそうだ。

「……後で、レシピを聞いてみようかなぁ」

 ごくり、と紅茶を飲み干して、ミシャはつぶやく。

 作ったのはおそらく、教会の関係者だろう。

 エミリアに尋ねれば誰か分かりそうだ。


「お疲れ様です、アルテミシアさん」

 そこに、楽譜らしき紙の束を抱えているネールがやってくる。

 午後からも練習は続くらしい。その間、ずっと演奏し続ける彼も、それ相応に疲れているはずなのだが、そこに浮かんでいるのは実に穏やかな笑み。

 こういう機会でもないと弾けないので、と彼はオルガンを見る。

 ランドールには一つの大きな教会が大通りの傍にあって、地域ごとに幾つか小さい教会が点在している。ここは、その小さい教会の一つで、ネールを筆頭に若い世代で管理していた。

 彼がここに来た理由が、あの少し古くて小さいパイプオルガン。

「父の教会に大きいのがありましてね、私はそれを演奏するのが好きでした。だからここの新しい管理者を探す時、真っ先に立候補したのです。最初の頃は、父とはケンカばかりでした」

「反対、されていたんですか?」

「えぇ……手元で、いろいろ教えたかったようで。別に妹のように、このランドールを離れるわけではないのですけどね。今も、自宅住まいですし。いちいち大げさなんですよ、あの人」

 ふぅ、とネールはため息を零している。

 そこには呆れと、少しだけ嬉しそうな色がある笑みが浮かんでいた。

 心配されることへの窮屈さと、喜び。複雑な感情の中で、彼なりに一人で前に進もうとしているのだろう。ミシャにも覚えがある感情だ。嬉しいけどそれが、時々わずらわしい感じ。


 ミシャの師パメラも、基本的に過保護なところがある。

 というよりも、自分が気に入った相手を構い倒すというか。

 基本的に弟子は気に入った相手なので、それはそれは手取り足取り状態。魔法式に限らずありとあらゆる知識を――使い道を考えたくないが、異性をオトす効果的なテクなども聞いた。

 過保護ではないけれども、ともかく大事にされまくった記憶がある。

 それを原因に飛び出したわけではなかったが、おちこぼれでなかったら原因になっていてもおかしくなかっただろう。愛されているのはわかるが、加減というものがある。


「親って……そういうものなんですかね」

「……そうかも、しれませんね」

 二人で、それぞれの親を思い浮かべて苦笑する。

 こちらでの生活が落ち着いたら、シェルシュタインの里に帰ろうか。生活も落ち着いたところで思い出してしまったからなのか、急にあの懐かしい姿を目にしたくなった。



 とりあえず、旅費がないので――手紙を送ろう。

 優しい人々に支えられて、がんばっていることを伝えたいと思った。

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