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ランドールの魔女  作者: 若桜モドキ
二章 -困った人を助け隊-
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九話 自宅前の行き倒れ

 時刻は夕暮れ。

 買い物をさっと済ませたミシャは、家に向かって歩いていた。

 だがその表情や足取りは、ぐったりと疲れ果てている。


「うー、節々が……」


 張り切って掃除をした結果、ミシャは全身を蝕む痛みに襲われていた。里を飛び出してからはほとんど経験していない、絵に描いたような『筋肉痛』である。

 その日のうちに来るのは若い証拠、などと言われたが。

「そもそも、来なくていいと思……いたた」

 少し動くとぴきん、と痛みが走る。

 これでも、里では書物を運んだり整理をしたり、長い距離を往復していたので、ちょっとやそっとの労働ではこんな風にはならなかった。やはり、なまってしまっているのだろうか。

 そういえば、材料もほとんどを店などで買うばかりだし、畑だって思ったほど大きく広げてもいない。かといって、魔女としての作業をしているかと思えば、そうでもない。

 これは由々しき問題だ。


「わたしは、魔女」


 そう、アルテミシア・シェルシュタインは、魔女だ。

 世界がもたらすありとあらゆるものを使って、神の真似事のようなモノを紡ぐ。それが、背負う名前に似合わないほど弱くとも、一人でがんばるためにここに来た。

 町の人々との交流も、確かに大事だけど。

 けれどミシャは、魔女だった。

 魔女にしかなれない。

「酒場で、それっぽいお仕事探そう」

 もうそろそろ、大丈夫じゃないかと思う。

 魔女の魔法式を必要とする依頼を、請け負っても大丈夫な気がしている。もちろん、いきなり本番はしない。ただ、どんな依頼が来るのか、をチェックしてもいいと思う。

 そもそも、今までチェックしていないのがおかしかった。

 予想では旅の間に必要になる、薬の類だろうか。薬にもいろいろあって、切り傷擦り傷から火傷や虫刺されまで、幅広くカバーする薬を筆頭に、腹痛や頭痛、乗り物酔いなどさまざま。

 ミシャは、頭の中にあるテーブルに、記憶している手持ちの材料を並べた。

 魔素に関しては、偶然知り合った商人から買い付けてある。彼はまさかランドールに魔女がいるなんてと驚いていたが、がんばれと応援して、少し値段をおまけしてくれた。

 青と赤と緑の大瓶が、それぞれ三つ。

 料理にも使うようなハーブが数種類と、薬効のある草が幾つか。

 とりあえず、汎用性の高い薬ぐらいならば、それなりの量を作れそうだ。たぶん、一番需要があるのはそれだろうから、明日にでも踊り羊亭のマスターと話をしてみよう。

 他に何か――と、ミシャが考えていると、家の前に人影を見つける。


「え?」


 荷物を抱えて駆け寄ると、それは子供だった。たしか前に、家の前で見かけたあの不思議な男の子のように見える。ぴくりとも動かない子供は、家の壁に寄りかかっていた。

 息もあるし、熱もない。

 ――眠っているだけ、のようだ。

「人騒がせな……」

 てっきり何かあったのかと思ったミシャは、ほっと息を吐く。

 とりあえず荷物を抱えて家の中に入り、それを置いてから再び外に出た。軽く揺さぶっても置きそうにない子供を、よいしょ、と抱きかかえる。……思ったより、結構重い。

 どうにか抱えて運んで、ベッドに寝かせた。

 人の気も知らないですやすやと寝息を立てる子供は、もぞりと寝返りを打つ。

 しかし、この子はどこの家の子なのか。どこか――たとえば教会辺りに、起こして連れて行った方がいいのだろうか。しかし外は薄暗くなっていて、出歩くには少々危ない感じだ。

 ランドールは基本的に治安が安定している。だがまったく犯罪がないわけではなく、酔っ払いのケンカを筆頭に、数日に一回ぐらいはいろいろと事件が起きている。

 何年か前に旅人による誘拐騒動もあったとかで、夜間の外出は何度か注意された。

 しばらく考えて、結局は起きるまで寝かしておくことにする。

 心地よさそうに眠っているのを、起こすのもかわいそうだ。


「……なんか、よく人を拾うような気がするなぁ」

 以前拾った口の悪い時期領主を思わせる茶髪を眺め、ミシャはつぶやいた。



   ○   ○   ○



 さて、子供は置いといて、ミシャは夕食作りに取り掛かる。

 少し肌寒いのと、作り置いてあった特製調味料がそろそろ怪しいので、今日は調味料をたくさん使う煮込み料理にしようと思う。野菜と塩漬けの肉を使った、具沢山のスープだ。

 ランドールに来て、初めて覚えたこの辺りの家庭料理。

 いろんな野菜をじっくり焦がさぬよう炒めてペーストにしたものを、まずは一度油で軽く温めるように炒める。そこに水を入れて、綺麗に溶かす。ついでにハーブもいくつか入れる。

 沸騰するまでの間に、根菜を適当に一口サイズに切り分けて、鍋の中へ。

 塩漬けの肉は別の鍋でぐつぐつ煮込んで塩を抜いて、これも適当な大きさに切る。基本的には材料をすべて煮込むだけの、実に簡単なものだ。まぁ、家庭料理はそういうものだろう。

 野菜が一通りに煮えると、さっと味を見て、場合によっては塩などを入れる。

 家によっては、ここでニンニクなどの香辛料も入れるそうだが、ミシャはシンプルに。

 味が調えば後は煮込むだけ。

 時々、焦げないようにぐるんぐるんと、鍋の中身をかき混ぜて。

 煮詰まってとろみが出る頃には、薄暗かった外はすっかり夜の姿を晒していた。


 家の中に、よい香りがしてきたところで。

「う……」

 かたん、と扉を開閉する音がした。

 おたまを手に振り返ると、眠そうに目元をこする例の子供。

「あ、やっと起きたの? ダメでしょ、あんなところで寝てたら」

「……ん」

 子供はふらふらとミシャに近づき、ぎゅっと抱きついてくる。どうやら、寝起きで寝ぼけているようだった。見たところ少年といっていいのかも怪しい、おそらく一桁年齢の子供だ。

 そんな年代の子供からすると、ミシャでも充分に大人なのだろう。

「ねぇ、ぼうや。名前は」

「ティエリス……」

「そう、ティエリス君ね」

「ティーでいいよ、ミシャおねえちゃん」

「……わたしのこと、知ってるの?」

「うん」

 ぎゅう、と腕に力がこもる。ティエリスはにっこりと笑顔を浮かべて、赤茶色の瞳をきらきらさせながらミシャを見上げた。どうやら、寝ぼけてはいなかったらしい。

 服装はなかなか上等そうなもので、貴族かお金持ちのお坊ちゃんなのだろうか。

 しかしそんな身分の子供が、なぜ自分を訪ねるのかがわからない。

 さすがに名前ぐらいは、知られているだろうと思うけれども。


「あのね、魔女のミシャおねえちゃんに、たのみたい『おしごと』があるの」

「お仕事?」

 うん、とティエリスは笑う。

 おねがい、と幼い子供に甘えられるのは、何ともくすぐったい感じがする。そう思った頃にはもう、この不思議な男の子の『お仕事』を断るという選択肢は、跡形もなく消えていた。

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