第110話 祝宴と喧騒、歳月は人を待たず
酒場の一角で、テーブルに所狭しと料理と酒が並べられていく。
普段の水代わりに飲む薄く雑味の多い酒と違い、教会で作られる高品質な麦酒や葡萄酒、蜂蜜酒など各々好みの酒が揃っている。
卓を囲むのは俺達【嵐角の羅針】と【猪勇道】。
沼大蛇『ムキヤバダサルパ』との死闘から三日。
怪我の療養や魔素材の買取りを待ち、今日こうして宴会を開くことになった。
「死の影が見えた戦いでしたが、私達は勝利を掴み取り、大きな糧を得ました! 勝利と固い結束に、溢れる酒を!」
ニムさんの祝杯の言葉が終わり、俺達は杯をぶつけ合う。
こぼれる酒に笑顔、死闘から全員が五体満足で生還し、強まった結束と手に入れた大金。
ぐいっ、と杯を傾け、並んだ料理へ手を伸ばす。
俺の中に生の実感が湧き上がり、残っていた恐怖も胸に沁みていく。
「しかしよ、ニムの能力はほんと凄えな。強化に呪いに、バルの足まで治しちまうんだからよ」
「だな。ニムさんには助けられたよ。じゃなきゃ治癒金をどう工面するか途方に暮れるところだった」
肉をかじりながらグルーが言い、俺も同意する。
黒槍鷺に貫かれ、ちぎれかけた俺の右足。
今はしっかりと繋がっていて、傷跡は残っているが体調も万全。
あの時リウもラロも意識を失っていて、足を繋ぐほどの治癒を行ったのはニムさんだ。
「『恩讐写還』……他者の能力を模倣するなんて、滅多にない能力だよ」
身体強化、外傷を悪化させる呪い、そして治癒、初めて聞いた時は耳を疑った。
俺達が口々に称賛すると、ニムさんは照れくさそうに謙遜の言葉を口にした。
「それほど便利なものでもありませんよ。私の身に起こった能力しか写せませんし、本物より劣化する上に消耗が激しいですから」
一見すると万能に思える模倣能力『恩讐写還』だが、やはりどんな能力にも欠点が存在する。
本来なら自他を強化できる『旺強賦活』はニムさんしか強化できなくなり。
シードゥ達が戦った異常個体の能力『腐朽牙壊』も、かすり傷すら重症へ悪化させるはずが追い打ち程度にとどまる。
そしてニムさんの足を再生した『除患平癒』も、俺の足を繋げただけで倒れてしまうほどの消耗になっていた。
「それでも凄えことには変わりねえよな。色々とできて羨ましいぜ」
「多芸多才。これほど冒険者に向いた能力もあるまい」
「よく言うぜ……お前らの能力だって大概反則だろ!」
グルーとレギンにつっこみを入れるシードゥ。
どっと笑いが起こり、活気づいていく席。
探索と戦闘だけでは、冒険者など続けられない。
疲れと傷を癒やすように、祝宴は遅くまで続いていく。
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日が昇り、窓から差し込む朝日に目を覚ます。
同室のグルーとカリーを起こさないよう着替えを済ませ、寮から走り出した。
目覚め始めた国都を軽く走り抜け、顔見知りに挨拶を交わしていく。
寮に戻る頃には体が温まり、眠気もすっかり吹き飛んでいた。
まだ眠そうにしているグルーとカリーを叩き起こし、朝食へと向かう。
これが俺の朝の習慣。
「だぁッ! めんどくせぇな! こんなチマチマ食えるかよ!」
授業中、テーブルに置かれた料理を前にグルーが叫んだ。
三ツ星となった俺達の授業は、戦闘の知識よりも礼儀作法などが多くなっていた。
優秀な者は貴族や豪商と付き合う機会も増えるため、学園の恥とならないよう徹底的に叩き込まれている。
「グルー君、授業中は静かに。バル君、授業の妨げにならないようしっかり手綱を握っておいてください」
三ツ星生になっても、ササ先生は相変わらずグルーの抑えを俺に任せてくる。
だが去年とは違う点が一つ。
「ぐ、グルー君はいつも頬張ってるからね……でも姿勢はいいし、慣れればきっと様になるよ!」
ラロが励ましの言葉をかける。
進級してからは、治癒を学ぶ二組とこうして合同で授業を受ける機会が増えていた。
ちなみにレギン、というか貴族出身者は逆に別授業になることが多く、法や政治、地理に歴史といった高度なことを学んでいるらしい。
「半年後には晩餐舞踏会があるんだ。最低限、見栄えだけでも取り繕ってくれないとチームが困ることになるぞ」
「わかってらぁ……最悪その日は休むことにするぜ……」
「そ、そんなの駄目だよ。せっかく支援者や引退後の仕事が見つかるかもしれないのに」
晩餐舞踏会とは毎年行われる催し物で、貴族や豪商、そして新進気鋭の者達が招かれる。
そこで支援金を募ったり、顔を売ったり職を得たりと、冒険者として活動していくなら逃せない機会だ。
「作法はあとでレギンにも教えてもらうとしよう。まあ……お前の強面じゃ、どっちにしろ避けられるかもな」
「じゃあ意味ねえじゃねえか! 俺は今すぐ鍛錬に行くぜ!」
「グルー君、バル君! 授業中は静かにするように!」
その後もグルーはササ先生に注意され続け、俺は道連れで居残り指導に付き合わされてしまう。
夕方、訓練所に足を運ぶと、カリーやラロ、レギンにムンゴが雑談まじりに訓練をしていた。
俺とグルーも愚痴をこぼしながら、その鍛錬へ合流する。
いつもの賑やかな日々と、少しずつ変わり始めている日常。
止まることなく進む時間に、俺はかすかな不安と期待を抱きながら明日に向かい歩んでいく。




