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営業マン
真夏の夕方。
湿った風が吹く中、分譲住宅の営業マンに声をかけられた。
「こんにちは。よかったら見学していきませんか」
この照りつける暑さの中、営業マンはまったく汗をかいていなかった。
断ろうとしたのに、なぜか足が止まる。営業マンの声が、胸の奥に直接響くようだった。
案内されたのは、駅から離れた古い住宅街。
夏なのに、そこだけ空気が重く、湿っている。
「こちらです。静かで、落ち着ける場所ですよ」
家は古いが、丁寧に手入れされていて、まるで誰かを迎える準備が整っているようだった。
玄関脇の木の幹に、蝉の抜け殻がひとつ、しがみつくように残っているのを見つけた。
「……誰も住んでないんですよね?」
営業マンは微笑んだ。
「ええ。あなたのために“用意された場所”ですから」
その言い方が妙に引っかかった。
玄関を開けると、ひんやりとした空気が流れ出てきた。真夏の外気とはまるで違う、地下のような冷たさ。
リビングには何もない。
家具も、生活感も、まったくない。
ただ、寝室だけは広く設計されており、今にも吸い込まれそうな静けさがあった。
「安らかに、眠れそうですか?」
営業マンが背後で言った。
その瞬間、ふと気づいた。
私も汗なんてかいてなかったのだ。
【解説】
主人公は既に死んでいる。
営業マンは、死者を墓場に導く案内人です。




