第二話 エイブラム
※中盤に非常に重い展開が含まれますが、最後は必ず幸せになります
翌日。
いつものように目が覚めた。太陽は雲に隠れているが、青空は見えている。
起き上がり、鏡を見る。
「……」
ダイヤモンドダストのように輝く髪。無機質な冷たい瞳。
神に与えられし、使命。
昨日の軍警を思い出す。
『うっ、あああぁぁあ!?!』
心の底から出された絶叫が、彼の絶望した表情が、頭から離れない。
鏡に指先が触れる。
「冷たい……」
初秋の朝は、寒かった。
「……もう、皆さんとは会えないな」
飴玉をくれたおばあさん。押し花の栞をくれたお兄さん。読み聞かせをした孤児院の子供達。
罪を犯した私は、そんな綺麗な人達に会う資格はない。
平和活動も、やめよう。活動したら、自ずと彼らに会うことになるから。
私は、別の道から世界を平和に導くのだ。
残った時間で、随筆を書いていた。
“私は罪を犯しました。人に罪悪感を植え付けるのです。ですが、神は私を救世主と呼びます。こんな穢れた救世主など、他にいましょうか。私の行動の向こうに、まだ人の笑顔は見えません。いつか、誰かを笑顔にできますように。”
そこには、まだ未来への希望があった。
……誰かの笑顔のため。誰も悲しませないため。
私は、戦う選択をした。
ふと、扉を叩く音がする。
ペンを置き、ぺたりぺたりと床を踏む。冷たいが、確かに歩いている。
扉を開けると、軍警がいた。ジュリオスじゃない。階級章に星が二つ付いているから、幹部だろう。
「お前が芽詩 アリアか?」
身長が高く、圧をかけるように近くにいるので、冷たい目が真下の私を見下ろす。
「……そうですが」
私は少し冷えた声で返事をする。まだ、敵だから。
「昨日、隊員の男が来ただろう。そいつの様子がおかしいのだ。お前、何か知っていることはあるか?」
「……おかしいと言うと、どういう風に?」
男は腕を組む。
「『アリア様の意に反することをするのは、神の意に反することだ。戦争をしてはいけない、我々は間違ったことをしている』……などとほざいていたな」
アリアは片手で額を抑えた。
「……私は、平和活動家でした」
「でした? 辞めたのか」
「はい、救世主になります」
「はっはっは!!! お前、面白いな。処されるぞ」
大きく笑ったと思ったら、声を低くして脅してくる。
「いえ、処されません。なぜなら、貴方も私の側に落ちるから」
「……何をするつもりだ?」
目をギラリと光らせ、不敵に笑う。
「後悔を教えます」
ただの啓蒙だ、これは。私は自分にそう言い聞かせ、罪悪感から目を背ける。
「ほう、やってみろ」
私はそっと手を組んだ。どうか、苦しみが少なくありますように。
「“神よ、なぜ私を生み給うた”」
一瞬の静寂。そして……
「ぐっ、ぬわああぁぁ!!!」
男は、例のごとく頭を抱え、天を仰いだ。
充血した目を最大限までかっぴらき、顔は限界まで青ざめている。禿げた頭に掴む髪はないが、頭にも血管が浮かんでいた。
人々を戦で殺してきたことに対する後悔が、彼の頭の中を駆け巡る。
「ワシは、ワシは今までなんてことを……!!!」
「……貴方の罪、お分かりいただけましたか?」
私は慈悲の目で、彼を見つめる。胸の中の罪悪感から、目を逸らして。
「あぁ、分かった……確かに、お前は救世主だ。ワシは確かに間違いを教えてもらった。お前に賛同しよう」
「お分かりいただけて、嬉しいです。貴方の名前は?」
「エイブラムだ」
「そうですか、いや……そう。あのね、エイブラム。私は……」
少し躊躇う。これを言ってしまえば、私は……。
でも、これを宣言すれば、平和に輪郭が宿るから。
一瞬目を閉じて、覚悟を目に宿す。
瞼を開く。迷いは無い。
「神の国を作る。手伝って、エイブラム」
私は確かに、建国を宣言した。




