第十四話 ルナリスの湖
草木も眠る、丑三つ時。
白い天蓋付きベットで眠るアリアの元に、影が忍び寄る。
肩を揺さぶり、そっと起こす。
アリアの視界の中に、影に馴染むような黒髪が映る。
その口元は、黒い布で隠されて見えない。
「ん……カイウス?」
「しっ、静かに。……アリア様。今からお忍びで、ルナリスの湖を見に行きませんか」
「……ほんと? 行きたい」
寝起きのたどたどしい声で、アリアは小さく喜ぶ。
「冷えますから、このマントを」
「ありがとう……」
カイウスから、黒色のマントを受け取る。
微かな森の香りがする。
レーザとジュリオスとは違った、重すぎない、一人の人としての体温があった。
警備を掻い潜り、城の外に出る。
「背中に、どうぞ」
「ありがとう」
カイウスの背中に乗り、街の中を駆けて行く。
(速い……)
夜風を切り、迅速で走る。
彼の背中は温かくて、広かった。
ルナリスには、すぐ着いた。
湖には、銀に輝く月が写っている。
静謐な湖面。心が浄化されるようだ。
「お気に召しましたか」
「うん、綺麗……」
「良かったです」
鏡のような水面が、アリア様のくすんだ白髪を優しく銀色に染め直す。
ふと、カサリ、と音がする。
振り向いたが、それより速くカイウスが反応していた。
「チッ、警護が強ぇな」
暗殺者か。私は体を固める。
「カイウス、私が力で────────」
「なりません。貴方様に、これ以上奇跡は使わせません」
「っ……」
胸が締め付けられる。なに、この痛みは、喜びは?
カイウスは一瞬で暗殺者達を殺した。
彼は冷たい目で、その血を見下ろす。
「アリア様に近づこうなど、烏滸がましい。せいぜい闇に沈め。……アリア様、ご無事ですか?」
「うん、ありがとう……」
私は、少し憐れむ目で暗殺者達を見下ろした。
「……貴方がこれ以上、手を汚す必要はありません。その役目は、僕にお任せください」
「……」
「それとも、このままどこかに逃げてしまいますか」
「っ……! カイウス……それは……」
私は躊躇う。
「あまりにも、無責任だよ。私はそれを選べない。選びたいと思うことすら、許されない」
「……代わってほしければ、いつでもお申し付けを」
「うん……ありがとう」
瞬間、カイウスが森の方を見つめる。
「……まずいですね」
カイウスは冷や汗を垂らす。
「どうかした?」
「見られました。レーザさんでしょうか」
「っ……うそ……」
つまり、カイウスが私を外に出したことが、レーザにバレたのだ。カイウスはレーザに罰されるかもしれない。
「……アリア様。貴方に仕えられた喜び、僕は忘れません。ひとまず、城へ戻りましょう」
「うん……」
私はカイウスの背中に乗り、来た道を戻る。
部屋の中に入ると、影の中には赤があった。
「っ!! レーザさん……」
「よォ、カイウス。オマエ、主を外に出したな?」
「……えぇ、出しましたとも。アリア様を閉じ込めるのは、間違っています。彼女は過剰なストレスの中だ。少しは外の空気を吸っていただかなければ」
カイウスは冷静だった。フリをしていたのかもしれない。
「……危険に晒したら元も子もねぇだろ!! カイウス、テメェを牢屋にぶち込む」
「そんなっ、やめてよレーザ!!」
レーザは、目を真っ赤に光らせて、激高する。
私はレーザに駆け寄って、手を掴んだ。
レーザは苦しそうに、眉間を寄せる。
「どうして、そんなことするの」
「……主が、大事だから!! このままじゃ、主は傷つくばっかりだ……もう、見てらんねぇ!!」
「そんな……ねぇ、やめてよ……」
私は涙を零して、レーザに抱きつく。
レーザからは、少し土の香りがした。贖罪の農園にいるからか。
「……カイウス、行くぞ」
「………」
きっと、ここで戦ってしまえば、内分裂が起きる。抗えば、嘘で周りを囲われる。業苦卿たる彼の権力は強い。影のカイウスより、余っ程。
(万事休す、か……)
カイウスは目を瞑り、レーザに連行されていった。
「カイウス……!」
「アリア様……」
どちらからか伸ばした手は、届かない。
カチャリ。
残酷にも白い扉は閉じ、鍵は閉まった。




