第十話 帝国会談
白狼隊と影狼隊、そして四卿と共に、ルナリスへと向かう。白亜の塔で、皇帝と落ち合う。
湖は視界が開けているから、潜んでいる影狼隊も、帝国の伏兵を見つけやすい。
日の登りきった頃、塔の最上階に、彼は来た。
「サニエル殿。今日は来てくれてありがとう。私はアリアージュの救世主、芽詩アリアだ」
私はそう言って握手を求める。
サニエルは一瞬の間を置いて、私の手を力強く握った。
「……いかにも、我は皇帝サニエル。本日は会談を開いてくれたこと、感謝しよう。有意義な時間を過ごせることを願う」
「えぇ。私もだ」
目を合わせる。榛色の瞳が、私のアイスグレーの瞳を射抜く。
口元の金色の髭が厳つく、佇まいも相まって、油断ならない人物という印象を受ける。
「ルナリスのワインは美味しいんだ。ぜひ味わってほしい」
「うむ。頂こう」
ジュリオスがワインボトルを手にし、音もなく注ぐ。
その所作の美しさ、隙のなさに、サニエルは目を細める。
(ほう……アリアージュにはこのような麒麟児が控えておるか)
アリアは白い椅子に深く座り、無言で微笑んで、その様を見守る。
注ぎ終わった頃、アリアはワインに力を一滴零した。
サニエルはワインを口に含む。
「……ふむ」
そこはかとなく香る、罪の味。今まで踏みにじってきた涙や、流した血の味が混じっているようだ。
「サニエル殿、どうかな?我が国アリアージュでは、『後ろ暗い者は、水すらも苦く感じる』と言い伝えられているが……」
そっと微笑む。
サニエルは僅かに眉間に皺を寄せた。
だが、すぐ皺を広げる。
「……そうだな。美味いぞ、このワインは」
「! そう。それは良かった」
ふむ、中々食わせ者である。
私は彼を見つめ続ける。
「……なんだ?」
「……いえ。苦くないのだな、と思っただけ」
「……どういう意味だ」
「……サニエル殿は……自分の罪について考えたことはあるかな」
空気がピリつく。火花が舞うようだ。
私は無言で、力を少し彼に行使した。
「っぐ、ぬ……」
流石に皇帝である。少し唸り、僅かに体を縮こめるだけだ。
彼が苦しむ最中、私は神の言葉を代弁するように話す。
「私は、あまねく罪から、人々を救いたい。それは、貴方にも同じことだ。サニエル殿」
少し婉曲的だが、戦争をするという罪から人々を救うこととそれは、同じことである。
「っ、ぐ……」
サニエルは唸る。顔は赤く、血管が浮き出る。握った拳から、手汗が垂れている。
「貴方の罪、私に預けてはくれないかな?」
私は、慈愛の目で微笑んだ。
「……我に何をした?」
サニエルは苦しみながら、私を睨みつける。流石に疑うか。
「私は何もしていない。何かを感じたのなら、それは神のお導きだ」
「……神などおらん」
「そう思う? 貴方は思わないの、“神よ、なぜ私を生み給うた”と……」
私は今一度能力を行使した。今度は、全力で。
「っぐ、あぁっ……!」
「苦しい? 貴方が握り潰した命が、見捨てた人々が、貴方を苦しめるんだ……」
この囁きは、彼には悪魔の声に聞こえるだろうか。
「……だから、楽になろう、サニエル殿」
私は毒を塗ったナイフを静かに取り出し、彼の首を刺した。
サニエルは、全身を真っ青にして、震えて死んだ。
「!! アリア様」
ジュリオスが心配するように私に駆け寄る。
「……いいの。私が背負うって決めたから」
「ですが、ですが……!」
私が罪を背負うことを、彼は良しとしないんだろう。
私は首を振った。
「……彼だけは、殺さないといけなかった。ジュリオス、帰ろう」
「……はい、アリア様」
ジュリオスは涙を流して、私の背中に手を添えた。
ジュリオスは手を挙げる。すると、影狼隊が動き、目撃者を一人残らず速やかに始末してしまった。
沢山の血が流れた。私はそれを見届けた。憐れむような目を、少し細めてしまった。
もう、あの白百合のように、純潔ではいられない。私の白い服も、血で汚れていた。
確かな絶望が、心中に巣食い、私を蝕んだ。




