ベナマス一行とベルヘルト(2)
翌日……
「ベルヘルト殿。対象の人物であるシシリーを確認しました。念のためですが、“黒套のリージョ”のファンである……髪はセミロングで店の明かりの影響かもしれませんが、やや赤みがかっている茶色で合っておりますか?」
「その通りです。そのシシリーです。しかし、まだ“黒套のリージョ”が良いとか訳の分からない事を言っているのですか。そんな者より私の方が財力も、立場も、見た目も、全てが格上だと言うのに……私の元に来た暁には、しっかりと人を見る目を養ってもらわなくてはなりませんね」
この使者はどう考えても見た目は上回る事は無いだろうと、相当ふくよかになっているベルヘルトを見ながら思っている。
「それで、シシリーを連れてくるのに何人赤が必要になりますか?」
「実は、正直このお話をお伺いした際にはそこまで楽な仕事であるはずがないと思っていたのですが、現場を確認させて頂いたところ確かに難しくない環境でしたので、当初のお約束通りに4名でお願いします」
ベルヘルトとしては組合の下っ端、雑用を行わせているような立場の者であれば四人程度行方不明になっても問題にならず、仮に少々騒がれても自分の力でどうにでもなると思っているし、事実そのように処理してきた。
「わかりました。では、明日……いいえ、明後日朝までには4名準備しておきます。確認ですが、性別、年齢は特に指定なしで、通常通りに動く事が出来れば問題ないと言う事で宜しいですね?」
「作戦実行時に魔獣の視線を向ける囮ですので、しっかりと動ける者であれば問題ありません」
この使者も侵攻する予定のダンジョンの情報は教えられており、そこから判断した結果囮は数名程度で十分だと言う判断に至っているので、ここで無理な交渉をする事は無い。
使者の男はベルヘルトの屋敷を出ると、国家に所属している軍人数人にシシリーを攫って来るように指示を出した。
“龍と高ランカーの集い”―――この名前になる前の“龍の集い”の開店直後の状態であれば、幼龍の眷属が他の人々に発見されるリスクを負った上でハルミュレ達が無事に過ごせるかを確認する為に監視していたのだが、今は本当に赤の紋章を負わされた女性だけの集団となっているので、彼女達の身を守るものは何一つない。
唯一の例外は、この店に来てくれる客だろうか……つまり防御としてはペラペラの紙よりも薄いと言う状況なので、軍人は難なく二階の部屋に侵入して誰にも気が付かれる事無くシシリーのいる部屋の扉を開ける。
侵入前に気配を察知していたので、この部屋には何とかダンジョン町からの覚えを悪くならないようするにはどうするのか、日々悩んでいたシシリーとアロッサーラがいるのだが、既に二人は薬で眠らされている。
「こいつはどうする?」
今回の標的ではないアロッサーラを指し示す軍人の一人。
「こいつが目覚めて騒ぎ出すのも面倒だ。赤に落として囮に追加すればよいだろう」
この判断で二人とも“龍と高ランカーの集い”の二階にある部屋から誰にも気が付かれずに拉致される。
「おぉ、確かにシシリーですな。では、こちらが報酬です」
明後日明朝までに準備すると言っていた赤の紋章だが、思いのほか簡単に身寄りのない小間使いの立場である使用人四人を選別できたので、既に彼等の項には赤い紋章が刻み込まれている。
「騒がれると厄介なので、今主の設定は私にしています。移譲しますので逃亡されると厄介ですから主としてお二方の何れかに改めて設定しておけばよいでしょう」
涙ぐみながらもこの言葉を発するベルヘルトの事を睨みつけている四人だが、既に主となっているベルヘルトの命令である“騒ぐな、暴れるな”を破る事は出来ない。
「承知した」
その言葉でベルヘルトと軍人の男は自らの血液を項の紋章に垂らす。
ベルヘルトは準備した四人との契約が切れた事は分かるし、軍人も主になった事が理解できるために、契約は成立して去って行く。
残されたのは未だに意識がないシシリーのその姿を汚い笑みで見つめているベルヘルト、去って行ったのは軍人2名と赤の紋章に落とされた錬金術師組合の四人、そして未だ意識のないアロッサーラだ。
互いにシシリーとアロッサーラが赤の紋章を持っているとは今の所は気が付いていないが、その事実を知るのはそう時間はかからないだろう。
「グフフフ、待ちに待ったシシリーですね。ですが……どうしましょうか。もう逃げられないのですから、本当に私の事を理解して自ら心を開いてくれた方が良いに決まっていますね。懐の大きい男だと言う事を見せるためにも、そうしましょうか。私の魅力にかかれば、誰しもが虜になる事は間違いありませんからね」
自己陶酔とも言える考えだが、この考えのおかげでシシリーがこの場で惨たらしい目にあう事は無かったのだが、シシリーを逃げられない個室に運ぶべく抱えようとしたときに、項にある紋章に気が付いてしまう。
「!?誰が……あのベナマス王国の軍人が?……ないですね。そう簡単に奴隷契約ができる者はいませんから。とりあえず、登録できるか試しましょうか」
直前に契約破棄の為に針で刺して少し滲んでいる血液を、シシリーの項にある紋章に着ける。
仮に他の主が設定されていれば何も起こらないのだが、確実に自らが主になった感覚があったのだ。
「ハハハハハ、これであれば個室に押し込める必要はありませんね。となれば、私の本当の魅力に気が付ける機会も増えます。良い事だらけではないですか!こうなればもうポーションなど、どうでも良くなりますね」




