第8話《大人編》同窓会は突然に
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「綾乃ーっ、こっちこっちー」
同窓会は地元唯一のホテル(とは名ばかりの、宴会場)で行われた。
小学校の同窓会だけれど、ほとんど中学と被っているから、実質は小中合同の同窓会だ。現に、なぜか小学校は別だったはずの顔や、中学から転校してきたはずの顔がちらほら見える。
幹事は桜庭さんと、当時委員長を務めていた諸岡くんだった。
「うっわ、綾乃がすっごく美人になってる。見違えたー」
「そんなことないってば。やっちゃんこそ、すごく綺麗」
やっちゃんこと安崎未来は、小学校からの友人だ。高校が別になって疎遠になったが、年賀状のやり取りは続いていて、今回声をかけてくれたのも彼女だった。
曰く、「ひとりじゃちょっと心細いから、一緒に行かない?」だそうだ。
小学校ではおでこを全開にして、赤いヘアピンで留めていた彼女だが、今は前髪を横に流し、さりげなく片耳にかけている。クールでエレガントな雰囲気だ。着ているニットのサーモンピンクも、彼女によく似合っている。
対する綾乃はぎりぎり野暮ったくならない程度のワンピース姿で、化粧もどこかおぼつかない。この日のために履き慣れようとしたヒールの靴も、あんまり足に馴染んでいない。
「ありがとー。ほんと、会うのは久々だよね。二年ぶりくらいだっけ?」
「三年以上は会ってないよ。やっちゃん、ひとり暮らしだったし」
遠くの大学に行った彼女は、手ごろなアパートを見つけ、さっさとひとり暮らしを始めていた。最初は大変だったようだが、慣れれば至極快適らしい。特に、趣味の本とゲームにつぎ込む事のできる環境が素晴らしすぎて、なかなか帰省する気になれないという。
綾乃はといえば、現在も親元で暮らしている。
生活に不自由はないけれど、このままでいいのか、とは思わなくもない。
「暮らすならひとりより、実家の方が断然楽よぉ。なんせお金がかからないし、家事も最低限しかしなくていいし。家に入れる額なんて、数万くらいで大丈夫だし?」
「確かに……」
綾乃は五万円入れているが、それだけで衣食住、すべて賄えるなら安いものだ。それに、両親は絶対に認めないけれど、綾乃が入れているお金をそのまま綾乃名義の貯金に回している節がある――。
恵まれた環境だとは思っている。
けれど、どこか息苦しいのはどうしてだろう?
「そういえば、上条くんって覚えてる?」
「えっ……」
「ほら、いたじゃん。めっちゃカッコ良かった子。確か、五年生のときに転校した」
固まった綾乃には構わず、やっちゃんは懐かしそうな顔になる。
「すっごいモテてたよねぇ。転校するって聞いたとき、びっくりしたもん。泣いてた女子もいたんじゃないかな。覚えてないけど、桜庭さんとか」
「そうだね……」
「今どんな風になってんだろうね。絶対イケメンだろうなぁ。芸能界とか入ってたりして」
綾乃が息を止め、動けなくなっている事など気づかずに、やっちゃんは上条くんの思い出を語る。楽しげな口調からすると、彼女にとっても「上条くん」は特別な思い出のようだった。
「すっごくモテてたけど、付き合った子はいないんだっけ。それとも、言わないだけなのかな。 桜庭さんとかすごかったよね、広岡さんとか」
「そうだね……」
「あたしもバレンタイン、チョコあげたかったな。綾乃はあげた?」
「……あげてないよ。そんなの」
「えー、もったいない。綾乃可愛いんだし、あげればよかったのに。そうそう、チョコといえばさぁ、うちの彼氏が……」
それで話題はやっちゃんの彼氏の話になってしまい、上条くんの話は終わってしまった。
やっちゃんの愚痴(兼、のろけ)に付き合いながら、綾乃はぼんやりと周囲を見た。
スーツとワンピース姿の華やかな群れ。にぎやかに笑いさざめく彼らに、当時の面影が重なる。あのころはランドセルを背負っていたみんなと、大人になって再会するのはなんだか不思議だ。
けれど、その中に上条くんの姿はない。
その事に少しの失望と、ほんのわずかな安堵を覚えた。
「あれ、村本じゃん」
声をかけられて振り向くと、見覚えのある顔が立っていた。
お読みいただきありがとうございます。大人編です。あと半分くらいです。