第3話 願いごとの危険性
『なんでも願いを叶える本』。
その響きがちょっぴり危険だと知っているのは、綾乃だけじゃないだろう。
似たような話は、前に読んだ事がある。ソロモン王やアラジンや、昔話の主人公の前に現れる魔法使い――魔物や魔神というのだったか――は、いつも何かの代償を求める。大切なものと引き換えでなくては、彼らは願いを叶えてくれない。だから無視するのが一番なのだが、できれば三つの願いのうちの二つ目までは叶えてから、あるいはひとつの願いを無限に増やして、などと、約束の抜け穴を探してしまう。
綾乃も一時期悩んでいたが、結局、願い事を長い文章で言うのがいいと落ち着いた。
つまり、「長生きしたい」だとそれだけだが、
「健康で、幸せで、怪我や病気もせず、お金にも困らず、事故や事件にも巻き込まれず、家族も友達も幸せで、犬や猫や鳥や魚、それ以外のありったけの動物や植物、その他、ありとあらゆる他のみんなも幸せで、戦争も起こらず、災害もなく、世界中が平和なまま、とにかくずっと長生きしたい」でも一文だ。
それなら綾乃だけでなく、家族や友達、たくさんの人を幸せにできる。
北斗さんもそうすればいいのにと思ったが、物語の話だ。いくらなんでも子供っぽくて、口に出すのはやめておいた。
「お兄さんは、どんなお願い事をするんですか?」
「そうだな。俺だったら、好きな子と一緒に帰りたいって言うかもしれない」
「好きな子?」
「うん。今みたいに、こうやって、二人っきりで、一緒におしゃべりしながら帰るんだ。楽しかっただろうな」
その言い方は、なんだか失敗してしまったように聞こえた。
ひょっとして、北斗さんは振られてしまったのだろうか。
こんなに格好いいのに?
「あの、お兄さん――北斗さん」
「うん?」
「ええと……なんでもないです」
ごめんなさいと言おうと思ったが、謝るのは何か変だ。かといって、他の話題も思いつかない。口ごもった綾乃に、北斗さんは笑ってくれた。
「ありがとう。気を遣わせてごめん」
「……どういたしまして」
「大丈夫だよ。その願いは、ちゃんと叶ったから」
「そうなんですか?」
ほっと胸をなで下ろす。そんな様子を、北斗さんは楽しげな顔で見ていた。
「こんなに小さかったんだなあ」
「え?」
「小学五年生って、もっとずっと大人だと思ってた」
こんなに、と綾乃の頭の上に手のひらをかざし、それを水平に持ってくる。
綾乃の背はクラスでも小さい方だったから、大きい子と比べると、頭ひとつ分くらいの違いがある。
そろえた指は、北斗さんの胸の少し下に収まった。
「隼人、今、手紙が出せないんだ」
ふいに北斗さんが口を開いた。