013 絡み酒
ファスナの裏通りに沿って屋根づたいに渡りながら、先ほどの強盗犯の名前に二重線を入れる。……まだ五人以上いるな。
「……しかし、絶対にこれお嬢様には内緒にしなきゃな。」
まだ幼い彼女には汚い大人の世界など、まだ知らない方が幸せだろうからな。
リストを仕舞い、次のターゲットの捜索に入る。
領主から頂いたこの装備はかなり優秀だ。足音や気配をある程度消す【静寂】や相手に気付かれない場合一撃キルを可能にする【始末】など、強力なスキルを付与してくる。
他にも効果があるようだが、今一よく解っていない。早く鑑定系のスキルを持ちたいものだな。
あの強盗犯を始末した場所から少し離れた場所で屋根から路地に降りる。あまり、屋根にいると怪しまれるからな。
フードを目深く被り直し、路地をゆく。
ここらは非合法商品らしき物品を取引する商店街のようだ。店のショーウィンドウに飾られた人間の頭蓋骨、燭台のように飾られた人間の手、悪魔崇拝を思わせる禍々しい置物など、見ているだけで不快になるものが多かった。
「……おい、お前はウチのグループの人間じゃねーな。ここは《悪魔の血》がシマを張ってる場所だ。」
商品を物色していると、背後から声を掛けられた。首を回して後ろを見ると、屈強な肉体をしたスキンヘッドの男が立っていた。背中に担いでいる人一人分はある巨大なハンマーを見るからにアタッカータイプの職業構成だろう。
真正面から相手しても、勝てる見込みは小さいだろう。
「ああ、申し訳ない。最近この場所に来たばかりでな。」
「……ふん、お前は村に食いぶちが無くてここに来た口って訳ではなさそうだがな? 何者だ?」
このフェイスベールは声を変える効果がある。今の私の声は、執事の時の私よりも若干若い声に設定してある。しかし、この男にはかなり怪しまれてしまっているな。……ああ、今も背後に何人か移動する気配があったな。答え次第では私の頭が潰されるだろう。
「あー、なんだ。私はとある者からある人物の殺しの依頼を受けてやって来た。」
悩んだ結果、出来る暗殺者を装うことにした。実際やろうとしてることは変わらないがな。暗殺者ならこんな裏通りにいるイメージがあるから誤魔化せるだろ。
「……なんだよただの賞金稼ぎか。ここには賞金首クラスのワルはいねぇよ。道にでも迷ったのかぁ?」
なんか思ってたのと違う誤解してくれたが、丁度良いので合わせることにする。
「いや、今日この街に着いたばかりでな、安くて旨い穴場的な酒場があれば、と裏通りをふらふらしてたらいつの間にか入ってはいけない場所に来てしまったようだ。すまないな、直ぐに引き返すよ。」
踵を返して、元来た道を戻ろうとすると肩を捕まれた。あれ? 私詰んだ?
「お前…………酒はいける口か?」
「え? あ、はい。」
なんとか誤魔化せたようだ。
「お、そうか。なら俺らの取って置きの店に案内してやるぜ。」
「しかし、ここは君たちのシマなんだろう? いいのか?」
「いいさ、いいさ。シマだからこそ店に売り上げを上げさせてやらなきゃな。」
そういうものか。とりあえず、警戒はかなり解いてくれたみたいだ。
「じゃあ、頼む。」
「お、そうと決まればさっそく行くぞ。お前さん名前は?」
「……ランスキーとでも呼んでくれ。」
あの有名な殺し屋であるバクシー・シーゲルの仲間であった男の名前を借りさせてもらった。ゲームだから許して欲しい。
「ランスキーか。俺はダナーだ。よろしくな。」
「ああ、こちらこそよろしくダナー。」
「そう言えば、あの商店街はなんだったんだ?」
ダナーに案内してもらいながらここの裏通り街について聞いてみた。
「あれは、俺達みたいな、後ろ暗い生き方しか出来なくなった奴らの物品を購入してくれたり、通常のルートでは絶対に手に入らないモノを扱っている。ただし、会員制だからお前にはまだ売ってくれないだろうな。買いたきゃ他の会員から紹介状を貰わなきゃならん。」
なるほど、某インチキキツネみたいな商売をやっているということか。
「それに、あそこに置いてある品物はいわく付きな代物が多い。触っただけで呪われてしまうものだってあるからな。」
「それは恐ろしいな。」
「だから、あそこの店では売るだけにするのが吉さ。……っと、ついたぞ。」
ダナーが指さした先には、寂れた一軒家があった。ウエスタン映画にあるような両開きの半ドアから漏れだす光からは楽しそうな笑い声と良い香りを届けてくる。
「なかなか良さそうだな。」
「だろ? さっそく中で一杯やろうぜ。」
ダナーにつれられて、中に入る。
中は煙草と酒の匂いがこもり、幾人かの男女が丸テーブルに腰掛け、カードゲームに興じていた。
「よおダナー。今日ははやいな。」
ダナーにカウンター席にいたバーテンダーの男が話しかける。
「ああ、親父さん。今日はちょっと新顔が来たんで飲みに来たんだ。」
「まーた、理由つけて飲みに来たのか。まあ、すわれや、いつものだろ。……で、お前さんは?」
「……バーボンを。」
値段が一番高い酒でも500リアだったので、ウイスキーを頼んだ。
「あいよ。」
出されたグラスを掴みながら舐めるように飲む。ふむ、麦の香りが少し弱いな。
「お前、強い酒が好きなんだなぁ。」
「そんなことはないさ。」
「そうか。そういや、何でまたこのファスナに?」
プレイヤーの初期リスポーン地点だからなんだが、そうも言いづらいな。
「……住んでた村がなくなった。そして、いろいろあってこの街に着いた。」
適当に合わせておくか。
「ふーん、村がなくなるたぁ難儀だったな。 」
「かもな。」
「そうか。」
その後もあてもない話をしばらく続け、そろそろ酔いが廻ってきた。
「オイオイ! いいねぇ! お姉ちゃん俺と今夜どうよ!?」
「やめろダナー! 飲み過ぎだっての!!」
「お前ももっと飲めよ!」
「嫌だっての!」
ダナーが盛大に酔いつぶれ、店の女の子達にセクハラまがいのことを始めたのだ。一応、《新世界オンライン》はR20指定のゲームなので女の子とそういうことも出来る。
だけどこんな酔っぱらいのハゲに抱かれたい女などこの酒場にはいないだろ。
「ナハハハ!! そんなに嫌か! そーだ、ランスキー! こいつをやる! だからもっと飲め!」
ダナーが懐から小さな紙きれを取り出すと、私に放ってきた。
表示をみると【勢力図のメモ】とあった。
こんなことで情報があつまるのかよ。
「……ほらぁ、飲め!」
「ん? ちょっ! グボッ!!」
ダナーからついに強引に酒を口に流し込まれた。アルハラしてきたよこのハゲ! もうやだ! お嬢様の元に帰りたい。
「ランスキ~。うーい。」
「ああもう! しつこい!」
「ハハハ、君たちいいコンビだねぇ。」
バーテンダーが茶化す。
「コンビ? コンビかぁ……いいなぁ。」
ダナーは満更でもない表情でこちらを見た。
《住民:ダナーがコンビを申請しています。承諾しますか?》
こんなやつお断りだっての! NOだ! NO!
「えー、せっかくいい感じなのに?」
「俺は嫌だっての!」
その後、酒場は裏社会の新入りであるランスキーとギャンググループ《悪魔の血》の幹部であるダナーの酒乱による混沌に満ちた醜態に大盛り上がりしたそうな。
最近忙しくてなかなか書けない(T_T)




