70. 腫れ物と厄介者
イルビス皇国まで追いかけて来たのに、まだちゃんと話せていない。
編入したその日に見つけた。クラスは違ったけれど、廊下を歩き去っていくヴィアがいた。すぐに見つけることができて、彼女が学院に通えていることにほっとした。何かに巻き込まれているんじゃないか、どこかに閉じ込められているんじゃないかと心配していたんだ。
『ヴィアっ!』
ピクリと肩を震わせた彼女が、次の瞬間こちらを振り返るものだと信じて疑わなかった。
ヴィアならきっとすごく驚いて、でも喜んでくれるって思うでしょう?けれど、彼女は何事もなかったかのように歩き去ってしまった。ただ、呆気にとられているうちに姿は見えなくなっていた。
——なんで? どうして?
何一つわからないまま声をかけ続けた。なるべく人目が少ない時を狙ってみたり、逆に人目の多いところの方が無視しづらいんじゃないかと試してみたり。けれどまともに相手にしてもらえなかった。1週間が経つ頃には変なヤツだと少し目立っていたし、自分でも頭おかしいことしてるんじゃないかって思う時がある。
ロドニア家に直接面会を申し込む手紙も送ってみた。もちろんこちらも返事はなかった。ヴィアの手に渡っているのかすら怪しい。いや、渡っていないと思いたい。ヴィアに破り捨てられていたらと思うと、心が痛くてたまらない。
僕を本心から嫌っているのだとしたら、僕の行動は相当キモいだろうと思えて怖くもある。それでも、ヴィアが理由もなく人を避けたりしないことを知っている。酷いことしたグスタフ君のことだってすぐに許してしまう子だもの。だからヴィアが人を遠ざけようとするならば、それは相手を守るためなんじゃないかと思うんだ。
何から僕を遠ざけようとしているんだろう?
塩対応にもめげずに彼女が通る道で待ち構えたり、正面に割り込んだり、いろいろ続けた。そしたらある日やっと会話らしい会話をしてくれたんだけど……なんて言われたと思う?
『もう、声をかけないでください』
だって。
『どうして? ヴィア。何が——『気安く、呼ばないで』』
『・・・え』
『バルクでは同じ平民でクラスメイトでしたが、ここはイルビスです。同郷の者が恋しい気持ちはわかりますが、馴れ馴れしくされては……迷惑です』
『そんな・・・』
おい! という声と共に強い力で引っ張られて、強制的に会話は終了した。引っ張った相手に気を取られているうちに、彼女は去ってしまっていた。
『ロドニア家の令嬢にこんなにしつこくちょっかいかけるなんて、何を考えているんだ!?』
『ロドニア?・・なんだっていうんです?』
『はっ、正気か?……あ。そうか、留学生、だもんな』
『どういうことですか?ロドニア家に、何か?』
『そ、れは。……とにかく、あの家の者に絡むのはやめるんだ。絶対に。』
忠告するのは今回だけだ。周りを、よく見てみろよ。
ロドニア家について教えてくれる気はないらしい。それでも面倒事だと思いながら忠告してくれた彼に従って、引き下がった。
かなり注目を集めていた。厄介者を見るような目を向ける者、どこか怯えている者、睨みつけてくる者。何も知らない癖に余計なことをするなと、非難の声が聞こえてくるようだった。元から彼女に付き纏うウザい奴だと思われていたのだけれど、彼女にはっきりと拒絶されたことで完全な厄介者になったわけだ。
学院でのヴィアに対する扱いは異常だと思う。腫れ物に触るように、崇めるように、恐れるように、人それぞれ向ける態度は違えど皆一歩引いた姿勢で接している。彼女が廊下を歩けば自然に道がひらけて、声を掛ければ皆が真剣に耳を傾けるのだろう。話している姿は滅多に見ないけれど。
ヴィアはお喋りということはないけれど、決して無口ではなかった。それなのに今の彼女はとても無口な人と思われているようだ。太陽みたいな笑顔も、萎れた植物みたいにしょんぼりした顔もない。何かを憂うような、ぼんやりと心が遠くにあるような表情。
そうしていると超然として見えて、この異常な扱いが当然のことのようにに思えてくるのがなんとも嫌だった。
おかしな態度を取るのは生徒だけではなかった。教師でさえもヴィアの機微を伺うような素振りをみせる。どうしてそんな風に扱うのかわからない。ただ貴族というだけなら他にも同じような生徒はたくさんいる。
何か、僕の知らないことがあるのに——なんの収穫もないまま時間だけが過ぎていく。
持ってきた便箋ばかりが減っていた。バルクを発つ前に連絡を欠かさないことに決めていた。ユディ、リーデちゃん、グスタフ君、シモン兄さんと姉さん、それからヴィオルカ様。3日おきにこの中の誰かに手紙が届くようにしている。
ヴィオルカ様が送り先に入っているのは、留学をするにあたっての貢献役を引き受けてくれたからだ。
魔術師として名の知れたシェイナ伯爵からの貢献は心強いけれど、シモン兄さんも友人たちも貢献を申し出てくれていたから初めは丁重にお断りした。けれどヴィオルカ様がわざわざ訪ねて来て是非にとおっしゃったので、お願いすることにした。
特に親しくもないヴィオルカ様が後ろ盾をする理由があるとすれば、それはヴィアかエヴァちゃんなんだろうけれど、実際のところ僕は2人と彼女がどんな関係なのかよく知らない。
ヴィオルカ様に貢献を申し出てくれた理由を聞いても少し考え込んだ上に、
『あの方に差し上げたものが使えなくなったようだから・・・』
という、要領を得ない返事が返ってきた。けれど彼女が真面目な顔をしていたから、納得できる理由じゃないとは言えなかった。
僕から見たらヴィオルカ様はよくわからない方だ。家柄としてはグスタフ君やリーデちゃんも同じくらいに雲の上の世界の人なんだけれど、彼女はなんというか・・・異様に整った容姿に、醸し出されている独特の雰囲気、魔術師としての知名度も相まって、どうにも掴みどころがないように感じてしまう。大人の余裕みたいなものもあるのかも。
だからたぶん、他の返事を聞いていたとしてもやっぱり「どうして貴方が?」という気持ちになったのだと思う。
けど、エヴァちゃんも彼女は大丈夫だと言い切るのだから信用して大丈夫なんだろう。
自ら申し出てくださっただけあって、留学に必要なあれこれについてはこちらが遠慮するくらい手厚く援助してくださった。
決めごとの手紙を今回はグスタフ君に向けて郵送し、部屋に戻ればもうやることは終わる。
せっかくの休みが来ても一緒に出掛ける友人はできないまま。空は晴れ晴れとしているのに、予定は真っ新で気分が上がることもない。友人ってどうやったらできるんだっけ? 変な方向で目立ってしまっているし、今更ここで友人を得るのは絶望的だ。お世話になっている研究所での扱いが普通なのは唯一の救いだった。
今の僕にとって居場所と呼べるのは寮の自室か研究室だけ。休みの日に研究所へ行く気にもならないし、かと言って引きこもっていると、いらないことばかり考えそうで街へ出た。しばらくここで暮らすのだから街のことは色々知っておいた方がいいと思うんだ。
イルビスの街の中心部はバルクに比べると直線的で質実な印象を受ける。中心を真っ直ぐに伸びる大通り。その大通りの突き当たりに道を堰き止めるように佇む教会が一際目を引く。あんまり目立つものだから、なんとなくそっぽを向きたくなる。
何度来ても自然と視界に映り込んでくる教会は、今日も異質な存在感でこちらを見下ろしている。
この国では親の助けが望めない子供でも教会の施しで暮らせると聞いたけれど、僕にはやっぱり不思議に思えて仕方なかった。教会を目にする度に引っかかっていたことだけれど、知らないふりをしていた。他所の国の人間が軽々しく踏み込んでいいことではないように思えて。でも今日は特にすることもない、ただの訪問者として教会の中に入るくらいはいいんじゃないだろうか?
自然と足が向くように設計された街で、その通り教会に向かうのは誘導されているようであまり良い気分ではなかった。教会を嫌っているということではない。むしろバルクの教会にはお世話になったことが何度もあって、感謝もしている。けど、盲目的に神様を信じてはいない。
僕にとっての教会は信仰の場ではなく相互扶助の場であり、行き場のない子供たちのことを少しだけ助けてくれるところだ。それでも、今日は神に祈りを捧げよう。
無事イルビスに辿り着けたこと
ヴィアを見つけることができたことに、感謝をします
どうか彼女が幸せに過ごせますように
外観に違わず荘厳な聖堂の端で静かに目を伏せ、まるで信心深い者のように祈った。
けれども神はすべてを救ってくれはしない。忘れてはいけない、幸せになりたければ自分の手を伸ばすべきだということを。




