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48. それぞれの願い

 王都の方角から煙が立ち昇る。


 経験したことのない事態に恐怖が生徒達の間に広がってゆく。呆然と立ち尽くして空を眺めてしまうのも無理はない。そんな彼らに声をかけて注意を引き戻す。敵は目の前にもいるのだから。

 国境付近が危ないという情報は魔王軍の陽動で、王都への襲撃が本命だったのだろう。


(騎士団も、魔術師団も精鋭は国境に派遣されているこんな時に…)


 学院まで狙うとは随分と用意周到だ。未来の騎士や魔術師を未熟な内に潰しておこうという算段か。魔族がこんな回りくどいことをするとは考えもつかなかった。彼らの思惑通り、王都が手薄になったところを叩かれることになった。

 多勢に無勢で途方に暮れたい気持ちだけれど、不安で一杯の生徒たちの為にもしっかりしなければと思う。


「リゲル先生…」


 リーディエさんの表情は強張っている。危険な魔族との戦闘に巻き込もうとしている彼女に、正直に状況を告げる。


「正直に言って、最悪な状況よ。私の実力だとさっきのような大きな魔法はあと数回が限界だしね。」


 すぐに応援が来ないということは、別の場所でも戦闘になっているのかもしれない。確実に倒すためにさっきは強力な魔法を使ってしまった。時間稼ぎに使った魔法も負担の大きいものだった。

 世間一般から見れば魔法量はかなり多いと言えるけれど、相手が魔族となると幾らあっても足りないくらいだ。どれだけ魔族が現れるかわからない以上、魔力はなるべく温存しておきたい。

 

 リーディエさんは自分の契約相手に声をかける。ゾエの精霊様が協力してくれると心強いのだけれど…精霊様にとってはリーディエさんの安全が第一のはず。聞かされた経緯も考えると、リーディエさんを連れて無理やり戦場を離脱することも考えられる。


「シア様……」

「1人で戦わせたりしないわ。でも、本当に無理だと思ったら連れて逃げるわよ?」

「ありがとう! シア。」

「〜〜〜! ずるいわ、ディエ。」


 普段畏まった口調のリーディエさんから呼び捨てにされて、照れる精霊様。彼女のこんな表情を見れるのはかなりレアだ。リーディエさんもなかなかやるな、と心の中で拍手を送る。2人が抜けてしまうと本当に絶望的だったので、ホッとした。


 精霊様の協力のあることだし、戦闘は私が隙を作ってリーディエさんが止めを刺す方針にする。天才とはいえ魔族との経験がない彼女にメインを任せるより、経験がある自分が相手をして彼女に仕留めてもらう方が無難だ。

 小さな魔法を時折混ぜながら剣撃で魔族を翻弄し隙を作ると、すかさず光魔法を纏った剣でリーディエさんが敵を貫く。


 ゾエの精霊様が王都に結界を張ってくださったおかげで新たな敵の侵入は防げているけれど、すでに入っているものはどうしようもない。それにこの規模の結界がどのくらい持つのかもわからない。

 

 この手で守れるものは限られている。


 自分が力を尽くしたところで、大軍の前では無力だと分かってる。それでも、この学院の生徒だけでも守ってみせる! 誰かの為じゃなくて、自分のために。——あの日の後悔を繰り返したりしない。




 同じ頃、学院の地下を目指していた一行も魔獣に遭遇していた。


 リゲル先生たちが引きつけてくれているおかげで魔族がいないのが救いだが、数は多い。対するこちらは、戦闘に自信のない者の集まり。

 比較的魔法に長けたAクラスの子達が魔法で障壁を作ってくれている。それを力づくで突破しようと魔獣達が勢いよく突進してくる。 ガン!ガン!と、障壁に打つかる度に振動が伝わり恐怖を煽ってゆく。


「ユディ、上!」

「——!」

「次は斜め右前!」


 大きな攻撃に対してエヴァが的確に指示を出す。ユディは植物魔法で蔓を伸ばし、障壁を補強するように支えて衝撃をやり過ごす。彼女のふわふわした雰囲気も今は鳴りを潜めて、緊張した表情で必死に魔法を操っている。リゲル先生に任されたことを必死でやる。それが、みんなで生き延びることに繋がると信じて。

 アレシュ君も精霊さん達に協力してもらって飛んでくる攻撃を弾いたり、周囲の状況を教えてもらっている。


「まだ後ろから攻めてきているみたいだ!」

「そんな——」

 

 襲ってくる敵に対して何人かの生徒は攻撃魔法で応戦するけれど、如何せん数が多い。防ぎきれない小石や土が飛んできて生徒たちを小さく傷つけ、みんなどんどん疲弊してゆく。


「こんなことなら、さっさと告白しとくんだった…。彼女も出来ずに死ぬとか、マジ無いわ…」

「まだ死んで無いでしょ!しっかり守りなさいよ。…私だってこんな所で死ぬなんて…グスン。」

「お、おい。泣くなよ…」

「私、王宮で働くのが夢だったのに……」

「俺は————」


 終わりの見えない状況に心まですり減ってゆく。ヴィアの頰や手も飛んできた小石で傷ついていた。


 ——リーデちゃんたちは大丈夫だろうか? 王都はどうなってしまうのか? 自分たちは生きて学院の地下まで辿りつけるのか? 辿り着いた後は…?


 ポロリと涙が溢れて……。それに気づいたエヴァがそっと指の腹で涙を拭ってくれる。彼女はヴィアの頬や体についた傷を見つけると、すっと目を細める。


「怖いよ。どうなっちゃうのかな?このままじゃ——」


 涙が、止まらない。エヴァだって不安だろうに、彼女にぎゅっと縋り付いてしまう。


「大丈夫よ。ヴィアのことは絶対に守るから。」

「でも、でも…」


(リーデちゃんやグスタフ君、リゲル先生は?…王都の人は?)


 そう続けそうになって言い淀む。彼女にそれを言ってどうするの? エヴァをだって怖いはずなのに、私は困らせるようなことばかり……

 今はみんなで地下に辿りつくことさえ危うい状況だというのに。エーファにもらったブレスレットは危険を知らせるように光っているけれど、危険と分かってもどうにもできない。


「ヴィア、みんな助けたい?」

「………。」


(助けたい…助けたいよ。でも…)


「教えて?どうしたいか。」


 そっと両手で私の顔を包み込んだエヴァ。何かを決意したかのような雰囲気にたじろいでしまう。最近様子が時々おかしいけれど、今もそんな感じで……


「ヴィアが願うなら——」

「エ、ヴァ?どうしたの?」

「ねぇ、ヴィア。 誰を助けたい? 魔王軍を、どうして欲しい?」


 ドクンドクンと心臓がうるさく音を立てている。これはなんか——答えたらイケナイやつだ、と思う。

 エヴァは苛立ってる。こんな風にみんな傷つけられて冷静じゃなくなってる。だけどエヴァの声は妙に内に響いて、絡め取られてしまったかのような錯覚に陥る——


(——彼女に答えないと——)


「あ、……」

「うん?」

「……助けたい。ここのみんなも、リーデちゃんやグスタフ君、リゲル先生たちも。王都の人が傷つくのも嫌なの……」

「うん——そうね。」


 叶いっこない願いを思ったまま口にする。けれど、エヴァは優しく微笑んで肯定してくれる。

 ヴィアを抱きしめて何度か頭を撫でると、彼女の綺麗な顔が近づいてきて——頬の傷を労わるように滲んだ血を舐めとられる。ちろりと当たる舌のざらついた感触が少し擽ったくて、恥ずかしさで頰が赤くなる。


 近づいた彼女からは、王都で一緒に買った石鹸の優しい匂いがした——

 

 恍惚とした表情でヴィアの血に舌を這わせたエヴァ。傷口が綺麗になるとそこへ口付けて治癒魔法をかける。そのままおでこをくっ付けると、ヴィアの瞳を覗き込む。

 そして、小さな子供が母親に告白をするときのように純粋で……教会で懺悔する敬虔な信徒のように切実で……そしてどこか物悲しさを含んだ穏やかな表情で、言葉を紡ぐ——


「ヴィア、大好きよ。ヴィアが私を嫌いになっても……貴方のこと、必ず守るわ」


 ——ちゅっ。


 額に柔らかい感覚がした途端、ぶわりと目の前で魔力が爆発するような感覚が走って、眩しさにぎゅっと目を瞑る。

 前にも似たようなことがあった。あの時は目を開けたらエーファが居なくなってた。エヴァと、出会えた時でもある。また何か起こったのではと不安になって、恐る恐る目を開く——




(———!!!)


 ——懐かしい銀の髪。 深い、紫の瞳。


 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヴィアちゃんの為に怒るエヴァちゃん尊いですね [一言] 更新楽しみにしています
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