49. 再会
唖然と目の前の人物を見つめる。
さっきまで目の前にいたはずのエヴァの姿はそこになく、代わりに佇むのは、すらりとした背に長い銀の髪が揺れる美しい人。
彫像のように整った顔立ちの彼女が、深い紫の瞳でこちらを見下ろしていた。
「……ヴィア。」
あの時と変わらぬ声音で名を呼ばれ、懐かしさが込み上げてくる。
彼女は確かめるようにオリヴィアの頭を撫でる。頬に残る涙の後に目を止めると少し不快そうに顔を歪め、指の腹で優しく拭き取るように撫ぜる。
(…ああ。エーファだ!)
ストンとその事実が胸の中に落ちる。
(でも…エヴァはどこに行ったの?)
何がどうなっているのか? と不安になって彼女を見遣る。オリヴィアの不安に答える代わりに、エーファは頭をぽんぽんとするともう一方の手を襲い来る魔獣に向ける。
そのまま目を向けることもなく一振りすると、強力な風に押しやられるように魔獣達は吹っ飛んで行った。
「「「——!!」」」
ボロボロになりながら魔獣に立ち向かっていた皆は、急に飛んで行った敵に驚く。突然現れた絶世の美女。彼女の振るった力に戸惑う面々。
さっきのを見ていなければ。あるいは彼女の美貌が人間の範囲に収まっていたら、ただ天使のように美しいその姿に見惚れていられた……。けれど目の前の女性は明らかに普通の人間ではなかった。
驚異的な力を持った謎の存在をどう受け止めるべきか。そのまま唖然と固まる周囲を置き去りに、エーファはヴィアを抱き抱えて歩き始めた。
オリヴィアも驚いていた。
一緒に過ごした間に何となく普通の人間じゃないとは思っていた。ヴィオルカさんから強いって聞いてもいたけれど、実際に彼女が力を振るう姿は見たことが無かったから。
すたすた歩き出したけれど、これからどうするのか?
「エーファ?」
「助けに、行くんでしょう?」
こくり、と頷いてそのまま借りて来た猫のように彼女の腕の中に収まる。
——リーデちゃん達や、王都の人達が傷付くのも嫌。
そう願ったオリヴィアの言葉を彼女は知ってる。
(やっぱりエヴァとエーファは同じ人ってことだよね。でも、エーファはエーファでエヴァとは似てないし……。エヴァにはもう会えないのかな…)
モヤモヤと考える。
時折エヴァと重ねて見てしまうくらい「エーファに会いたい」と思っていたのだけれど、いざ会うと何を話せばいいかわからない。
あの頃の彼女はほとんど喋れなかった。私、エーファのことほとんど何も知らないんだった。
同性でも見惚れる整いすぎた顔を眺めると、『どうしたの?』と顔を近付けられる。そうすると余計にドキドキしてしまうからすぐに目を逸らす。
(うーん、うーん…)
どうしたものか? と腕の中で大人しく考えていると、いつの間にかリーデちゃん達の元へとたどり着いていた。
そこら中に転がる魔獣と魔族の亡骸。
グスタフ君達生徒は、陣形を壊さないように魔獣を堰き止め、リゲル先生は肩で息をしながらも鋭い眼光を魔族に向けて攻撃を捌いていた。リーデちゃんは戦う先生達をじっと見つめ、魔族に隙ができる瞬間を伺っている。
時々横から飛んで来る攻撃はルクシア様が防いでいるけれど、王都を覆う結界を張った彼女も余裕は無さそうに見える。
幸い生徒に死者は出ていないようだけれど、傷を負っている生徒はいる。負傷したら無理せず退避するよう指示されていたけれど、魔獣が多くて逃げるに逃げれない状態になっているようだった。
そこはまさしく戦場で——初めて見る凄惨な光景にオリヴィアはぎゅうっとエーファの腕を握る。
何を話せばいいか?なんて、さっきまでの自分はずいぶん呑気なことを考えていた…
エーファはオリヴィアを抱えたまま魔族と魔獣に肉薄すると、あっという間に全て倒してしまう。驚愕する彼らの視線には目もくれず王都の方へ目を向けると、そっと地面にオリヴィアを下ろす。
「ここで待っていて。」
思わず彼女の服の裾を掴むとエーファは立ち止まる。そしてヴィアの頭を撫でながら呟く。
「ヴィアを、こんなに泣かせるなんてね……」
「エー、ファ?」
彼女の言葉にゾクリとするものを感じて呼びかける。
「怖かったら目を瞑ってるといい。すぐ終わるから。」
こちらを見つめる目は優しいのに、漂う空気がどこか空恐ろしい。引き止める事も出来ず言われるがまま頷いて彼女を見送る。
そこから先は戦闘などではなかった。一方的な蹂躙。どこからともなく取り出した剣で魔族を切り裂き、魔法で魔獣たちを一掃し。
殺やられるために存在していたかのように魔王軍は為す術無く殲滅されていった。
あっさりと敵を退けてエーファはヴィアの元へと戻って来る。けれど、彼女が魔王軍を蹂躙する様子を目撃していた皆は、近づく彼女に警戒を強める。
皆、彼女の放つ強大な気配に呼吸が浅くなり、緊張で地面に足が縫い付けられたかのような錯覚に陥った。
少しでもその気になれば簡単に自分の命は消されてしまうのだと、まざまざと見せつけられているように感じて、嫌な汗がだらりと背中を伝ってゆく。
戦慄したのはオリヴィアも同じで…
「エー、ファ…」
「もう、大丈夫よ。」
ガタガタと足の震えが止まらなくて、声まで震えてしまっている。自然と涙が溢れて来て。怖いのか悲しいのか無事に戻ってきてくれて安心なのか、ごちゃまぜな感情に自分でも訳がわからない。泣きたくなどないのに。
エーファはオリヴィアのお願いを叶えただけ。
それなのに、こんな風になったんじゃあんまりだって思う。だけど、どうにもならなくて。
彼女は震えるオリヴィアの頬に手を伸ばしかけて、けれどそのまま下ろしてしまう。
「もう、怖いのはいなくなったから…」
怯えるヴィアの様子に、困ったようにそう言うと背を向けて歩き去ってゆく。
『…大好きよ。ヴィアが私を嫌いになっても…』
(こうなる事、彼女は予想してたんだ…)
歩み去る背中は淋しそうで、でももう諦めてしまっている。さっきまで恐ろしい存在感を放っていた彼女が、急に遠くに感じる。
——最後の怖いのもいなくなるから、だからもう大丈夫。
そう言われているよう。
(このまま行かせてしまったら2度と会えない。今、引き止めないと。)
感情はぐしゃぐしゃで、よくわからないまま興奮している。けれど、震える足を無理やり動かして彼女を追いかける。
がむしゃらに進むことだけ考えて動かした体はエーファに思い切り突っ込んで行った。
「あっ——!」
——ボフン。
半分頭突きのように突っ込んだ体を彼女は苦もなく抱きとめてくれた。少し戸惑った表情で、ヴィアを真っ直ぐ立たせると、手を引っ込めてしまう。そんな仕草が悲しくてぎゅっと彼女に抱きついた。
「行っちゃ、やだ!」
「ヴィア?」
もっと他に言うことがあったはずだけど、随分子供っぽい言葉を口にしてしまう。
「でも、こんなに震えてる…」
「やだ!…いなくなったらダメ。」
やだやだ!と言いながらがっしりとしがみ付く。前の時みたいに勝手にいなくなってしまわないように。情けないことにまだ震えているけれど。
そうしていると、やがて彼女は小さくふふっと笑い出す。
どうしたのか? と顔を上げるとさっきの冷たい雰囲気も戸惑ったような気配も消えて、柔らかい表情を浮かべていた。
元々天使様みたいに綺麗な顔は、柔らかい表情を載せたことで一層美しくなっていて。そのままポカーンと見つめていると頭を撫でられる。
周りの人たちの顔色を確認するとオリヴィアと視線を合わせるように屈む彼女。
「ヴィアは一緒にいたい?」
「うん。エーファは、違うの?」
こんな風に思っているのは、離れがたいのは自分だけなのかと不安になる。
「――違わないよ。」




